69 そのテーマを避けるかのように
日曜。京都競馬場。
メインレースはオープン戦ポートアイランドステークス。
阪神から京都へ開催地は変わっても、レース名は変わっていない。
ビワイチを断念せざるを得なかった昨日の集中豪雨が嘘のように快晴。
今日は、ジンの提案したサークルの取り組みについて話し合う日。
だが、競馬の間、その話は出ない。
さすがに一昨日の狐掛風穴での出来事は、何かにつけ繰り返し話される。
草津のフードコートでしきりに状況は話された。
もう話しておくことはないかと思われたが、それでも、些細なことはまだあった。
死んでいた女のこと。
ジンをさらに一回り小さくしたほど小柄。
花柄の白っぽいブラウスにベストタイプのダウンジャケット。
デニムにオレンジ色のスニーカー。
持ち物は近くにはなかった。岩の隙間に落ち込んでいたのかもしれないが。
何か残されてあれば、警察はきっと見つけているだろう。
「年齢、いくつくらいなんだろうね」
「顔、見えなかったからね」
「うつ伏せでよかったかも」
「うん。上向いてたら、ぎょっとして腰抜かしてたかも」
「どこで殺されたのかな。やっぱり、あそこで?」
「と思うけど、だって、洞の中、デカい岩がゴロゴロ。外からあそこまで運べないよ。普通」
「だよね。それに、意味ないし。隠すつもりだったら、山の中に放置する方がよっぽど手っ取り早いし」
男の方は、誰もがほぼ同じ意見。
「背の小さい人だったとしか」
と言うだけだ。
「そもそも、今にして思えば、あの風穴の存在そのものが希薄よね」
「どういう意味?」
入場料がいるわけでもなく、獣除けの扉さえなかった。
もはや放置された状態。
付近の道路にサインさえなかったように思う。
「なのに、お供えの数々。それに女の人が一人で行ってた」
「一人かどうか、それはわからないけどね」
「あ、そか」
「知る人ぞ知る、パワースポット?」
「さあ」
「でも、興味あるのは狐の毒饅頭、かな」
「狐」「毒」
「めちゃ引力あるネーミング」
コロシヤ商店街の和菓子処ケンケン堂、狐の毒饅頭。
このフレーズは何度も出てくる。
ピンポン玉を圧し潰したほどの小さなきつね色の饅頭。
「帰ってから調べてみた。ネット販売はしてないんだけど、お店の写真とかは出てた。でね」
スズカはこの話に興味大。
完全に面白がっている。
古い古い老舗の饅頭屋さんなんだって。
なにしろ創業二百年。
店の看板にね、新選組の浪士が記念に付けた刀傷、残ってるんだって。
ほんとかね、それ。
味の方は、まあまあ。
甘すぎず、お上品な味、ってことかな。
そんなレビューが多かった。
でもさ、店の人が愛想いいって意見もあった。
話好きなおばさんで、店のことや商店街のこと、いろいろ話してくれるみたい。
ま、あれかな。
商店街のスポークスマン的な人。
そもそも、毒饅頭って、自分がネーミングしたんだって。
お店伝統のお菓子なんだけど、商品名変えてもご先祖のばちは当たらないと思うから、って。
伝統の名前は普通に、狐の饅頭。
きっとこのあたり、昔は狐がたくさんいたんでしょうねって。
そんな話もメイクデビューが終わるころには尽きて、話は女子大生らしい話に移っていった。
競馬場内のプチカジノ型遊園地ポーハーバー・ワイ。
アイボリーとメイメイはそこでアルバイトをしていたが、アイボリーは昨年暮れに辞めてしまっている。
メイメイの方は、辞めたとは聞いていない。
比較的自由はきくらしく、行ったり休んだり、どうにでもなると言っていた。
「ね、アイボリー、その遊園地のバイト、土曜日一日やって、バイト代どれくらい?」
とか、
「清掃員のバイトって、楽チンそう。いくらくらいあるのかな」
「あれ、バイトかなあ。パートじゃないの?」
「どう違うん?」
「そんなこと、自分で調べなさいよ」
「清掃だけじゃなく、競馬場って、たくさんのスタッフいるよね。パドックで馬のウンチ、掃除してる人とか、馬場の穴ぼこ、ポコンポコン直してる人とか。あれってどうなんだろ」
「そういやさ、無料のお茶サービス、茶葉、変わったと思わない?」
などと、話題はこの後のミーティングで話し合われるテーマを避けるかのように拡散していく。
もう、全員が肚をくくったのだろうか。
参加するにしろ、抜けるにしろ。
メンバーの意思次第。
後はジンの采配次第。




