68 死んだ人のお供えだよね
女の死体は、観音堂の左奥の隅、岩と岩の隙間の底、挟まるように横たわっていた。
もう双頭山登頂どころか、栗東トレセンどころではなくなった一行は、JR琵琶湖線草津駅のプラットホームにいた。
大阪方面の快速電車が来るまで後十分。
ようやく体の震えは収まりつつあるが、まだ顔色は最悪。
死体発見後、警察から事情を聴かれた学生たち。
もちろん自分に最も多くの時間がかけられたが、話せることは、あの男のことのみ。
男は、死体を発見したパニックの最中に姿が見えなくなった。
すぐ横をすり抜けて出て行ったに違いないが、まったく気づけなかった。
小柄で、クリッとした目をしていて。
髭を生やしていて。
白っぽい開襟シャツを着ていて。
という程度しか話せることはない。
なにしろ、暗闇の中、懐中電灯でチラ、と見ただけ。
その直後、死体を発見していなければ、記憶はもう少し残っていたかもしれないが、吹き飛んでしまっている。
ただ、どこかで見たことのある顔。そんな気がして仕方がなかった。
「明後日、競馬場部活、やります?」
「もちろんやるよ。こんなことがあったけど、引きこもっててもしかたないだろ」
ジンは健気にそう言うが、先ほどまで一番落ち込んでいたのはこの子だ。
皆をこんな目にあわせてしまったのは、自分が立案したハイキングのせいだと言って。
「それよりさ。駅、一旦出ない? 外でお茶とか。このまま、解散ってのもなんだかな、って」
と、もう元気な声を出している。
「たしかに」
と、アイボリーが相槌を打つ。
「ね、そうしよ。というか、どっか公園ででも、お弁当、食べる?」
「だね。結局、お弁当、持ったままだし」
移動した先は、ショッピングモールのフードコート。
お昼過ぎで混雑していたが、全員で一つのテーブルを確保することができた。
いそいそと各自の弁当を広げている。
冷たい飲み物を買ってきた者もいる。
サンドイッチや菓子パン、おにぎり、手作り弁当。
こういったものを目にすると、心が落ち着いてくる。
人間も動物。
食べるものを見ると、気持ちが穏やかになる。
「これ、はんぶんこ。ハイ」
「ウェーイ、ありがとー。じゃ、私はこれ、はんぶんこ」
「あ、それおいしそー。一口、ちょうだいー」
「いいよ。あ、ちょ、それ私の知ってる一口じゃない!」
「へへ、もーらいっ」
頬を緩めた学生たち。
顔に血の気が戻ってきた。
「警察官が言ってたよね。首絞められてたみたいって」
などと、その時の状況を振り返る余裕も出てきた。
「あそこで殺されたのかな」
「それとも自殺?」
「あ、あった。これ」
スズカが見せてくれたのは、スマホのマップ。
「えっ? コロシヤ商店街? なにそれ」
商店街の奥に、和菓子処ケンケン堂の文字。
「ええっ!」
と、ジンとアイボリー。
むろん、俺も仰天した。
ペンタゴンの近く、ココミクの家のある付近ではないか。
奇妙な感覚にとらわれた。
どういうことなのだろう。
そこの住民?
もしかすると、ココミクも知っている人?
なんだろう。
この変な繋がりは……。
「あのお饅頭、死んだ人のお供えだよね。スルメか他のものかもしれないけど」
「消費期限、見とけばよかったかも」
「その時、そんなこと、思いつく?」
「でも、今お供えしました、って感じじゃなかったけど」
「どうして?」
「蜘蛛の巣、張ってた」
「さすが、見るところ違うね。パドックでもそれくらい注意深く見たら?」
「今、それ、言う?」
「どっちにしろ、お饅頭が他のに比べて、一番新しそうだった」
のびのびと談笑する学生たち。
先ほどまでの不安げな顔はどこへやら。
目の前の物もみるみる口の中に消えていく。
「ハイ、これ貢物」
缶ビールが目の前に置かれた。
「私、入部間もない新人だから、優先出走権、あるかなって」
「ミカン! 新人と貢物、どんな関係があるん!」
「てか、私の分は?」
コロシヤ商店街、なんてどうでもいいこと。
詮索しても、意味はない、ということにしておこう。
ランはと見れば、談笑の輪には入らず、黙々とお手製の握り飯にかぶりついていた。
二つほくろは、まだ針の先のように小さいままだった。




