63 早速、調査開始するね
どこでランを待てばいいのだろう。
悩むことはない。
猫妖怪のラン。
こちらの居所など、たちどころにわかる。
それにしても、なぜ俺が。
なんの役にも立たないというのに。
お館様がそうしろとおっしゃった?
まさかな。
妖怪界の話。俺に用があるはずがない。
それとも、ラン流のデート?
それこそ、まさかだ。
お偉いさんも一緒なんだから。
根本道場の正面、誰も寝転んでいないスペースを見つけ、そこに座り込んだ。
見れば見るほど、異様な巨岩だ。
上町台地の上、こんな巨岩が元からここにあったとは思えない。
どこかから運んできて、引きずり上げたに違いない。
太古の昔。
生駒の石切場から、河内湖を船で?
引きずり上げるのは、人力で?
歴史にも残されていないそんな大昔に?
先日、根本道場と二の壷は見たが、他は見ていない。
閉鎖中だが何か得るものがあるかも。
見て回るか。
そんな時間はないな。
もう、九時。
周りの人は、一人であろうとカップルであろうと、黙って座り込んでいる。
もう早や、毛布に潜り込んでいる者もいる。
なんとなく、緊張感を伴う静寂。
森の芳香を含んだ湿った空気が肌に粘りつく、そんな感覚。
今、ここにいる人は、先週、自殺者が出たことを知らないのだろう。
報道もされなかったようだし、客もとても少なかった。
警察が規制線を敷いたことを目撃した人も多くはなかったかもしれない。
またそれが、自殺、と気づいた人はもっと少ないだろう。
それにしても、ココミクの話。
どうすればいい。
悩みの解消とまではいかずとも、なにか役にたってはあげたいのだが。
目の隅に動くものがあった。
人が二人、近づいてくる。
来たな。
前回と違い、完全に人の姿をしている。
いつものように黒づくめのラン。
夜に溶け込んでいる。
もう一人は、肩幅の異様に広い青年。
首が太い。ラグビー選手のような。
髪は今時珍しいロング。これを後ろで束ねている。
墨色の服装だが、どこか境界があいまいなような。
「お待たせ。紹介するね」
紹介された男は、流ちょうな日本語で、しかし、聞き取りにくい低い声で、コロナとでも呼んでくれ、と言った。
「じゃ、早速、調査開始するね」
「ああ、なんでもやってくれ。で、俺はどうすればいい?」
「なにも」
「ん?」
「もしもよ。私たちが見咎められるとか、ないとは思うけど、そうなったら臨機応変に対応して」
「なるほど」
「で、もしもよ、もっと可能性はないけど、ここに住み着いた何者かが、一般人に危害を加えるような場面になれば、いち早く避難させて」
「おいおい。そんなこと」
「ないよ。ないようにする。でも、万万が一ってこと」
と言うなり、ランとそのコロナとかいうやつの姿は掻き消えた。
困ったものだ。
またもや、妙なことに巻き込まれている。
ランの周りには厄介ごとが積み重なっている。
それに、調査とやらがいつ終わるのか知らないが、寝てもおれない、ということだ。
いつもながら、言葉の少ないラン。
もうちょっと説明をしてくれればいいものを。
いや待てよ。
ランの調査とやらが終わって、その結果を聞かせてもらえて、かつ、それが公表してもいい類のことなら、ココミクのいい土産になるのではないか。
そう期待して、待つことにしよう。
夜食として買っておいた一口チーズを取り出し、缶ビールの栓を引き開けた。
が、一缶も飲み終わらないうちに、ランが姿を現した。
コロナは出てこない。
「どうした。おわ」
言い終わらないうちに、ランが慌てて、しっ、という仕草をする。
そして、着いて来て、というように、踵を返した。
相変わらずだ。
説明もなく、人を連れまわす、悪い癖。
昨年、それで俺がどんな目にあったと思ってるんだ。
でも、しかたがないのだろう。
あれからずっと胸に下げたランのお守り。
熱が籠っているのを感じた。




