53 矢は何本も胸に刺さったまま
食事が終わって、洗い物も並んでした。
ようやくランの二つほくろも小豆大くらいには回復した。
「あ、しまった。これ、冷蔵庫に入れよと思ってたのに。ま、いっか。氷入れたら」
見せてくれた缶コーヒー。
「流行ってるやんか、これ。ちょっと好き」
飲料メーカーとアニメ制作企業のコラボ商品。
缶に妖怪猫のイラストと抽選用特設サイトのQRコード。
「これ当てたい。黒猫の妖怪腕時計。かわいいと思わへん?」
そんなキャラの存在も知らねば、ランが好きだってことも初耳。
でも、じゃ、ここは奮発して。
「よし、ケースで買ってこい。金は俺が払う」
「ハハ。無理して~」
ようやく本題に入れる。
いや、まじめな話が本題で、他愛もない話はその前座、という考えが「まったくわかってない人」ということなのだろう。
「ラン、あれから、上町ペンタゴンでの調査、進んでる?」
「まだ、ぜんぜん。ていうか」
お館様は鎮めの力が落ちてるって言うんだけど、私まだ、七十歳、妖の幼稚園児レベルだから、よくわからない。
太古の昔の力がどんなものだったのか。
物理的な現状、つまり山土が崩れて岩がむき出しになってるとか、変な妖怪が棲みついてたとか、お館様に報告はしたんやけど、それしきのことで力が失われることはない、なにか、ほかに理由があるはず、とおっしゃるねん。
「へえ。変な妖怪って?」
「二人、いてん。捕まえてしょっ引いた」
「ハハ。その表現」
「おかしい? ま、いいやん、そんなこと。でな、まだいるかもしれへんから時々見回ったり、監視役、置いたりしてる」
「お勤め、ご苦労様です。ランもいろいろ、忙しいわけだ」
「そう。見回り行くとこ、いっぱいあって」
今晩、また行ってこようと思ってるんやけど。
変な奴いたらしょっ引けばいいんやけど、他になに調べればええのか、いまいちよくわからへんねん。
「じゃ、わかる人を連れて行けば?」
そうやねんけど。
そやからマカミと一緒に行ってるんやけど。
「あ、それ。聞こうと思ってたんだ。マカミって、なんの妖怪?」
「山犬」
「あ、そうか。ハルニナに飛びかかろうとしたやつだな」
ハハハハハ!
まだ、言ってる。あの時のこと。
ミリッサも執念深いね。
「オオカミと猫。仲悪くないのか?」
マカミと私?
いいはずないやん。
ほら、あの祝言の時も、私の横に座ってたけど、覚えてる?
挨拶、なかったやろ。
「そういや」
「司会のイタチが気を利かしてくれててん」
ランと話していると、時間はゆっくり流れていくように感じる。
話す内容に現実味が薄いことが原因だが、せっかく来てくれたランにしばしの休息を、という気もある。
用件だけで済まさずに、尾ひれはひれをつけて話題を拡大し、思考をリフレッシュしてあげたい。
そして、俺も、会話を楽しんでいたい。
寄り添えるものなら、そうしたい。
ランだけではない。
ハルニナにもメイメイにも。
フウカにもアイボリーにも。
そしてジンにも。
彼女たちが望むのであれば。
いつからだろう。
こんな風に思うようになったのは。
きっと、あれだ。
あの日、フウカから聞かされた告白。
フウカから放たれた矢は、何本も胸に刺さったまま。
答えを出さない限り、抜けることはない。
きっと。




