45 首を絞められ、たくさん殺され
世間でささやかれている話題。
ゾンビの存在。
実は、ゾンビではない。
れっきとした人。
人には大分類がある。
普通の人と、普通と少し違う人。
少し違う人とは、平たく言えば、死んだ後も意識の消えない人。
肉体が滅んでも、意識とそれに連なる精神は生き続け、次の寄る辺となる人を探して住み着く。
寄る辺となった人は、新たに生じた他人の意識と共存せざるをえない。
そんな人をPHと呼ぶ。
パーフェクトヒューマン。
世の中にかなりの数がいる。
いわば何人分もの知識や経験を内包したその人物は、時には天才芸術家として、時には有能な政治家や経営者として、時には科学界のフロンティアとして、己が持つ複数の意識や経験を社会に役立てている。
当然、太古の昔から、PHの秘密が公然と語られたことはない。
しかし、PHにも、その成熟度に違いがある。
未成熟なPHは、意識がまだら。
極端な例は、なんの前触れもなく、自分の意識が突然、他人の意識に切り替わる。二重人格者。
おおむね九回死に、意識の注入つまり乗り移りを経験すると、まだらな意識を生むことはなくなり、完全一体となった意識を作れるようになる。
ただ、困ったことに、まだ完全意識を作れないグループ、つまり未熟なPHが、自分の未熟さを許せず、完全意識が作れる完成度の高いグループに争いを挑んでいる。
ルアリアン。
つまり、完成度の高いPHのグループ。
カニ。
つまり、まだ完成度の低いグループ。
その抗争である。
人数はカニの方が圧倒的に多い。
そして、その分布は大きく偏っている。
ここ京阪神に。
ルアリアンの拠点。
京都競馬場地下、コアYD。
カニの拠点。
大阪梅田の地下街のさらに深部、コアUD。
PHは互いをPHとして認識でき、双方、二つの拠点を訪れている。あるいは、そこで何らかの役割を担っている。
一般人は、PHという存在も、そんな拠点の存在も知らないだけ。
だが、俺は知っている。
俺自身、PHだったからだ。
ただ、俺はなぜかマニフェスト、つまり侵入した意識が目覚めることがなかった。
俺の周りのPH。
ルアリアン。
ハルニナは総帥。
メイメイは前総帥で、今はハルニナの親衛隊長。
対してカニ。
ルリイアはPHではなくなっているが、アイボリーはまだカニのまま。
と、ここまでは判明している。
PHとしてマニフェストしなかった俺は、一般人と同じ。
誰がPHであるか、わからない。
ハルニナかメイメイ、あるいはアイボリーに聞かなければいけない。
教えてくれるかどうかは別問題だが。
「抗争は激化の一途です」
メイメイは、こともなげに言う。
カニの攻撃の最大のターゲットは総帥のハルニナで、次がメイメイ。
つまり、いつ何時、刺客に首を絞められてもおかしくない状況。
なのに、護衛もつけず、出かけていく。
現に、今もそうだ。
駅から歩いてここへ来ている。
さすがルアリアンの前総帥、現在は総帥の親衛隊長。肝が据わっている。
「被害は甚大。首を絞められてたくさん殺されてます」
カニの攻撃は、首を絞めて殺し、肉体ともども抹殺する。全くの人殺し。
対するルアリアンの報復は、パクチー汁を飲ませる。説得し、聞き入れなければ強引に。
パクチーはコアYD地下の畑で栽培され、特殊な方法で煎じ薬用飲料に生まれ変わる。
これを飲めば、入り込んだ他人の意識だけが抹消され、アンマニフェストする。カニはPHでなくなり、錯乱期間はあるものの一般人に戻るわけだ。
「ルアリアンの死者は現時点で三十九人。対してパクチー汁を飲んだカニは、先生やルリイア含めて、約七百」
「そこまで行ったか」
「まあ、そうなんですけど、七百のうち、百八十人くらいは、自分からパクチー飲みたいって言ってきた人。実際の戦果は五百少々」
「三十九対五百か」
「三十九は殺されてる。対して五百はまだらな意識から解放されて生き生きしてる」
「バランスが取れてない?」
「そうです。なので、私たち、方針転換しました」




