41 湖、キラッキラ!
三人、いろいろな話をしながら縦一列になって歩く。
また、ジンが言い出した。
「ミリッサ、シュウって知ってる? 四年の」
「シュウがどうした?」
ジンやアイボリーとよく一緒にいる学生。
自分の授業も受講していたし、成績もよかったように記憶している。
「秋学期始まってから、学校に来てないんだ」
「ふうん」
さほど珍しいことでもない。
秋学期はまだ始まったばかりだし、単位取得のための必要出席数も最近どんどん緩くなっている。
「彼女の趣味、知ってるでしょ」
「ああ」
競走馬の写真を撮るのが趣味。
いわゆる「撮りウマ」というやつだ。
実際、シュウは競馬場に足しげく通っている。何度も姿を見ているし、立ち話しもよくする。
そういや、こんなことを言ってたな。
私、撮りウマじゃないです。それを言うなら撮り騎手って言ってくれますか。
追っかけているジョッキーがいるとか何とか。
中山競馬にでも行ってるんじゃないか。
「明日はどうするのかなって、電話したんだけど、出ないんだ」
心配することでもないじゃないか。
とは思ったが、ふと、守衛の話を思い出した。
学食のおばちゃん、イオの話。
行方しれず……。
シュウも?
まさか違うだろ。
そんなこと、立て続けに起きるようなことじゃない。
しかも若いんだ。
やりたいこと、行きたいところ、たくさんあるだろう。
ジンは、
「シュウの実家知らないし、連絡のつけようがないんだよね」
と、まだ言っている。
せっかくのビワイチ。
楽しい話題にしてくれないかな。
せめて流行っている歌とか映画とかゲームとか。
なんなら、就職先のことでもいいぞ。
もうすぐ最初の休憩ポイント。
琵琶湖最北端の浜。
きっと水はきれいなはず。
地元の人たちが管理されている東屋があることは調査済み。
使わせていただくつもり。
その前に、昼飯やおやつを買いに道の駅に立ち寄ろう。
「覚えてるかな。競馬場の清掃のおばさん」
と、またジン。
スタンド二階を、箒と塵取りを持って歩き回っている女性。
七十近いが、競馬場は紳士淑女の社交場という古き良き考えを大事に持っている。と、こっちが勝手に決めつけている人。
丁寧に化粧をし、髪のセットも完璧。フワリといい香りまでする、そんな女性。
ジンは、その女性と立ち話をする仲になっていた。
「ローズロズさんと会ったんだ。先週」
「うん。どうしてた?」
「元気そうだったけど」
少し話したという。
立ち話だし、おばさんは仕事しながらだから、ちょっとだけ。
警備のおじさんのことも聞いてみたんだ。
コールミーさんもお元気ですか、って。
そしたら、おばさん、顔を強張らせてさ。
さあね、って言うんだよ。
仲良さそうなのにね。
喧嘩でもしたのかな。
それに、最近、会ってないしね、って言うんだ。
仕事場で、っていう意味? それともプライベートで?
そこんとこ、わからなかったけど。
機嫌悪くしたのかな。
さっさと行っちゃうんだ。
なんかなあ、って感じ。
「ふうん」
としか言いようがない。
もっと、違う話題、ないんかい。
のんびり、一日かけて景色のいいところを好きなように歩く。
これがビワイチ。
歩きながらの会話は尽きることがない。
日常のこと、景色、そして競馬のこと。
今、嵌っていること、楽しかったこと。
小さな幸福の積み重ね。
他愛もないそんな話が似合う。
「親知らず、抜いたんだ」
「げ、聞いただけで奥歯、痛くなってきた」
「なんかこの辺、アオサギ多いね」
「あ、飛んだ。デカ!」
「空が青いね~」
「琵琶湖も青いね~」
「風、気持ちいいね~」
奥琵琶湖の湖岸沿い、緑と青の世界、手漕ぎボードサップ船団を眺めながら歩く。
うわ! ここ、絶景! 湖、キラッキラ!
竹生島! ほらあそこ! 長浜からの船だね!
あんなところに集落。わ、格好いい名前。月出、だって。
湖面が陽光を浴びて、プラチナをばら撒いたように輝いていた。
湖岸に近く、できれば水際を。
できるだけ旧道を。
遠回りを厭わず、寄り道しながら、きままに。
集落を通り抜け、可能なら挨拶をして。
人の所有地に入り込まず、迷惑をかけないように。
あ、お地蔵さん。
へえ、粉かけ地蔵だって。
説明、読みに行こ。




