33 めくるめく物語を、涙目になって
ファンファーレが響き、第一レースが始まった。
「うお! いい感じかも!」
「四番アエテウレシイ! そのまま、そのまま! 逃げ切って!」
「ヤバい! 足が止まったよー!」
「粘るんじゃー!」
「こらー! ひっついてくるなー」
体の小ささが敬遠されての八番人気、アエテウレシイは、かろうじて押し切った。鼻差凌ぎきって、先頭でゴールイン。
「ほらね! どうよ!」
ジンの小さな体が飛び跳ねている。
「体が小さくても能力に関係なーし!」
「パドックを見る、というのはやっぱり大事だよねー」
アイボリーは、新入生に聞かせるように言う。
これは、サークルR&Hのモットーである。
パドックで馬をよく見ろ。馬が教えてくれる。
サークルの顧問に就いた時、なにか標語めいたものを、と考えたのがこれだ。
数か月前のデータより、数日前の調教の出来より、今の馬を、というわけだ。
とはいえ、調教師でもなく厩務員でもない学生が、パドックを周回する馬の姿を見て、今日の出来不出来がわかるはずもない。
せいぜい、元気よく歩いてるな、とか、マッチョだな、とか、落ち着いてるな、とか、そんな程度だ。
なんとなくよく見えて、でいい。
とはいえ、それぞれの学生で予想手法は異なる。
それもそれでいい。
馬名で決めようが、調教師で決めようが馬番で決めようが。
馬が教えてくれる、にはさらに意味がある。
サークルの活動のもう一つの根幹。研究活動である。
このサークルが大学からかろうじて承認された理由。
かつてのレジェンド馬たちが紡いできた栄光の歴史、系譜、親から子へ引き継がれた夢、関係者たちの努力と挑戦、などを研究するというもの。
研究と銘打ってはいるが、実際は、そのめくるめく物語を、涙目になってひも解くこと。まるで長大な叙事詩を読んで感動する、そんな活動。
輝かしい経歴、敗北の歴史、度重なる怪我と不調、奇跡の復活、追い求めたもの、友情など。
これらは競馬場に足を運んだからといって、またレースを見るだけではわからない。
レースは一つの結果ではあるが、その前にも後ろにも、豊かな物語の草原が広がっている。
こうしたことを知り、感じることがもう一つの競馬の純粋な楽しみ。
ギャンブルやって、勝った負けたと楽しんでいるだけのサークルじゃないですよ、ということ。
「今、ボク、アエテウレシイの単勝。これもし、五百円買ってたら万馬券だった」
もちろんこれも新入生に聞かせる言葉。
サークルのルールとして、馬券はひとり一日最大三十六枚百円づつと決めてある。日に五千円もつぎ込むのはご法度。
普段、サークルメンバーは最大の三千六百円を投入しているし、自分も同様だ。
一レース三百円。
これを減らして、重賞レースのみ五百円という配分はOK。
当てればよいということではなく、あくまで今日一日競馬を楽しむというスタンスは譲れない。
一レース数枚の勝馬投票券で的中を楽しむ、あるいはタラレバ話を楽しむことになる。
「さ、行くよ!」
第二レースのパドックへ。
今日一日、スタンドとパドックの間を十二往復。




