表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/254

33 めくるめく物語を、涙目になって

 ファンファーレが響き、第一レースが始まった。


「うお! いい感じかも!」

「四番アエテウレシイ! そのまま、そのまま! 逃げ切って!」

「ヤバい! 足が止まったよー!」

「粘るんじゃー!」

「こらー! ひっついてくるなー」


 体の小ささが敬遠されての八番人気、アエテウレシイは、かろうじて押し切った。鼻差凌ぎきって、先頭でゴールイン。


「ほらね! どうよ!」

 ジンの小さな体が飛び跳ねている。

「体が小さくても能力に関係なーし!」

「パドックを見る、というのはやっぱり大事だよねー」

 アイボリーは、新入生に聞かせるように言う。


 これは、サークルR&Hのモットーである。

 パドックで馬をよく見ろ。馬が教えてくれる。

 サークルの顧問に就いた時、なにか標語めいたものを、と考えたのがこれだ。

 数か月前のデータより、数日前の調教の出来より、今の馬を、というわけだ。


 とはいえ、調教師でもなく厩務員でもない学生が、パドックを周回する馬の姿を見て、今日の出来不出来がわかるはずもない。

 せいぜい、元気よく歩いてるな、とか、マッチョだな、とか、落ち着いてるな、とか、そんな程度だ。

 なんとなくよく見えて、でいい。

 とはいえ、それぞれの学生で予想手法は異なる。

 それもそれでいい。

 馬名で決めようが、調教師で決めようが馬番で決めようが。


 馬が教えてくれる、にはさらに意味がある。

 サークルの活動のもう一つの根幹。研究活動である。


 このサークルが大学からかろうじて承認された理由。

 かつてのレジェンド馬たちが紡いできた栄光の歴史、系譜、親から子へ引き継がれた夢、関係者たちの努力と挑戦、などを研究するというもの。

 研究と銘打ってはいるが、実際は、そのめくるめく物語を、涙目になってひも解くこと。まるで長大な叙事詩を読んで感動する、そんな活動。

 輝かしい経歴、敗北の歴史、度重なる怪我と不調、奇跡の復活、追い求めたもの、友情など。


 これらは競馬場に足を運んだからといって、またレースを見るだけではわからない。

 レースは一つの結果ではあるが、その前にも後ろにも、豊かな物語の草原が広がっている。

 こうしたことを知り、感じることがもう一つの競馬の純粋な楽しみ。

 ギャンブルやって、勝った負けたと楽しんでいるだけのサークルじゃないですよ、ということ。



「今、ボク、アエテウレシイの単勝。これもし、五百円買ってたら万馬券だった」


 もちろんこれも新入生に聞かせる言葉。

 

 サークルのルールとして、馬券はひとり一日最大三十六枚百円づつと決めてある。日に五千円もつぎ込むのはご法度。

 普段、サークルメンバーは最大の三千六百円を投入しているし、自分も同様だ。

 一レース三百円。

 これを減らして、重賞レースのみ五百円という配分はOK。


 当てればよいということではなく、あくまで今日一日競馬を楽しむというスタンスは譲れない。

 一レース数枚の勝馬投票券で的中を楽しむ、あるいはタラレバ話を楽しむことになる。



「さ、行くよ!」

 第二レースのパドックへ。

 今日一日、スタンドとパドックの間を十二往復。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ