1 狼煙じゃ、見えないから、笛やけど
本当の一大事だった。
どんなことにも動じないランも、さすがにまくしたてる。
京都競馬場に人が!
しかも、二人!
どういうこと!
「警察は? 排除しないのか?」
「付近に誰もいないよ。警察も。だいたい、気づいてもない!」
「えっ」
「だって、周囲二キロは立ち入り禁止にした。警察であろうが自衛隊であろうが」
「ううむ」
「実質的に五キロ圏に人はいないはず。やったのに! よりによって、なんで競馬場に! まさに爆心地やん! なんで!」
うううむ。
「こうしてはいられない! 警察に通報するんだ。すぐに排除しろって!」
「チャンネルない! 警察に!」
「くそ。ならば、、、、外に繋がる連絡方法は!」
「ない! 連絡できるのは妖だけ」
「ハルニナを呼べ! あいつなら!」
「呼んだ。でも、いない! メイメイも、誰も!」
「くそ! どこ行ってやがる!」
「どうしたらいい?」
「俺に聞くな。お館様に」
「いない。もう、天王山に行った!」
「くそ」
合戦は二、三時間後に始まる。
それまでにどこか安全な場所に移動させねばならない。
もともと、避難命令を無視して、なぜか京都競馬場に来たやつだ。
簡単に従うとは思えない。
警察が強制的に排除させねば。
どうする。
どうする。
悩んでいる場合ではないかもしれない。
傍観できる状況でもない。
ランを助けねば。
落ち着け。
「ラン」
「はい!」
「何人だって?」
「二人。詳細は不明。目視で。子連れみたい!」
「子連れ! なんだあ!」
「わからない。接触してないから」
ふう!
なんてふざけたやつだ。
「もろとも、やってしまっていい?」
「死ぬだろ」
「間違いなく」
く!
仕方がない。
「ラン。俺の意見はこうだ。いや、訂正する。俺の言うことをよく聞け!」
ここで、責任逃れととられる言い方はしたくない。
肚をくくれ!
「近くにいる妖怪に排除させるしかない。安全なところに!」
「え、でも。でもでも。近くにいる妖、とんでもないやつばっかり。万一、、、、分かった、そうする!」
妖怪がその親子連れを拉致する。
待てよ……。
これは大きなリスクを伴う。
妖怪界にとっても、拉致されるやつらにとっても。
やっぱり、だめだ。
「人の姿をとれる奴、すぐに集めろ。俺と一緒に来てもらう!」
「えっ。ミリッサ!」
「ごちゃごちゃ言うな。俺が行って、話しする。それでだめなら、強硬手段だ。力づくで、担ぎ上げてでもこっちに連れてくる!」
「ミリッサ! 危険すぎる! もし、あいつら、暴徒だったら! 狂人だったら! でなくても、間に合わなかったら!」
「合戦か? やってしまえ! 俺だけでもあいだみちに駆けこむ。心配するな!」
「できない! あいだみちも、その時までには撤収させなきゃ! ダメ! ミリッサが行くのは!」
ランの金色の瞳が涙で濡れていた。
ランの涙は初めてではないが、こんな時にも妖怪は泣くことがあるのか。
だが、ランの涙を見て、妙に落ち着いてきた。
合戦の狼煙まで正確にあと何時間だ?
人の姿をとれる妖怪二、三名、ここに集合させるのに、どれくらいかかる?
競馬場前にあいだみちの口を開き、そこに到達できるまでの時間は?
ランよ、計算してくれ。
早く!
それから、事後になるかもしれないが、警察への連絡だ。
「狼煙じゃ夜、見えないから、笛やけどね」
「いいから、早く計算しろ!」




