24 娘たちの悲鳴を誘う
翌木曜日二限。和の建築論。
二年生向けの授業で、初めて見る顔が教室に並んでいる。
もちろん、単位取得に失敗した三年生や、卒業を控えて単位数収集のため受講している四年生の顔もちらほら後方に見えている。
さほど人気のない授業。
受講生は多くない。
少子化が進み、各大学は努力を続けている。
学生たちが興味を持つ授業をいかに開講するか。
学生たちが選べるよう、いかに多くの魅力ある講師を集められるか。
ここ紅焔もその例に漏れず、新しい授業が生まれては消えるの繰り返し。
幸い、自分が受け持つ授業が不開講になったり消滅したりしたことはない。
むしろ、昨年、ヨウドウに恩を売られ、二コマも増やされてしまった。
毎年秋学期、三科目だけ、木曜日に集中させていたが、今期からは水曜と木曜、五コマも学校に通わねばならなくなっている。
さてと。
教室を見渡した。
例年十数人ばかり。
出欠をとるぞ。
と、その前に。
空調は効いているが、少々蒸し暑い。
今日、この教室を使うのはこの授業が初めて。
臭いも籠っている。
まずは、空気を入れ替えよう。
この教室を気に入っている。
五科目すべてこの教室を使う。
いろいろな教材も、教室内のストッカーにぎっしり詰め込んである。
持ち運ばなくてもいいのが便利。
しかも、なにしろ、気持ちがいい。
大学の校舎群の最東端。十二号館。
急斜面に建っていることで、教室はすべて地下にある。
地下とはいえ、暗くはない。むしろ、玄関が四階にあるという認識が正しい。
その最下階の奥。人通りのない静かな場所に1201教室はある。
両側に窓。
南側からは阪神間の街並みが眺望でき、遠く大阪湾の向こう、関西空港が見える。
北の窓にはすぐそばまで六甲の自然が迫る。
紅焔山と呼ばれる、ひときわ緑の多いエリアが窓いっぱいに広がっている。
窓を開けようものなら、鳥のさえずりが部屋を満たし、枯葉が舞い込んでくる。
雨の後など、近くの沢の水音まで聞こえてくる。
無数の虫が教室を飛び交い、娘たちの悲鳴を誘う。
初回授業が肝心。
学生たちに、この授業を続けて受講しようと思ってもらわなくては。
いつも通り、フランクに。
教科書は二の次。経験談を織り交ぜながら。
時には大いに脱線して。
特に、初顔合わせの二年生には、細心の注意を払って。
飽きさせないよう、教師に好感を持ってもらえるよう。
出席簿に並んだ名前を読み上げる。
二年生から。アイウエオ順。
立ってハイ、と答える学生はまずいない。ほとんどが、胡散臭そうな目で生返事。
声を出すだけまだましで、こちらを見もせずひょいと手を挙げるだけの子もいる。
二年生は全員出席。
その下に並ぶのは二つの名。三年生。
その一つめ、ピンクタグさん。
呼ぶとドアの外から、ハイ!
ガラと戸を開けて入ってきた二人連れ。
遅刻だぞ。
えええっ、だってバスが混んでて積み残しになっちゃって。
理由はどうでもいい。ち・こ・く。
ええっ、ちゃんと間に合って返事したもん!
教室に入っとらん!
ピンクタグとブルータグ。
双子の姉妹。
二人とも競馬サークルのメンバー。
この夏前から入ってくれた新人部員。
最後列の机に並んで座って小さく手を振ってきた。




