22 記憶が解けかけて
「えっと、何て呼べばいい?」
ミリッサか、スマートな名だね。
僕は、エヌケイビーと呼んでくれ。
刑事らは二の壷に出たり入ったりしている。
大量に写真を撮り、何やら作業もしているが、エヌケイビーはお構いなしの大声になって、完全に同窓会モード。
部外者であるこちらが気を使う。
「そうかあ、ミリッサ君が娘を気にかけてくれてたんなら、親としては、感謝しなくちゃな」
茶色に染めた髪を七三に分け、左耳には銀のピアス。
高校時代はかわいい感じの男の子で、女子に人気があった。腹が出かかっていること以外、ほとんど変わっていない。
しかし、ヤタブーに感じたのと同じように違和感もある。
何しろ三十年ぶりだ。
記憶の扉が次々開いて来れば、違和感も消えていくのだろう。
「で、もちろん、うちのやつ、ヤタブーにも会ってくれたんだろ」
「ああ」
「そりゃよかった!」
「うん。食事、よばれながら。でも、この騒ぎで」
「そうかー。さぞ残念がっただろう」
「また、日を改めて来てくれって」
「うん、ぜひ、ぜひ、そうしてやってくれ。ぜひ!」
エヌケイビーは、前のめり、と思うほど、今日会えたことを喜んでくれる。
家族が仲がいいのか悪いのかわからないが、ここはこう言っておくところ。
「また、来るよ。その時は君も一緒に」
首吊りのあった現場での立ち話である。
家庭事情やヤタブーの体の具合など、聞ける場面ではない。
「ところで、君、今、何してる?」
当たり障りのない話題。
このペンタゴンの経営だけをしているわけではあるまい。
「僕か。ひと昔的な言葉でいえば、AI関係の会社をやってる。AIソリューションって、大げさな会社名だけど、従業員ゼロ」
「ほう。そりゃ忙しそうだな」
「おかげであまり家に帰れない。中崎町だから、そんなに遠くもないんだけどね」
「そうかあ。で、具体的にはどんなこと?」
たいして聞きたくもないが、聞くのがマナー。
嬉々として話してくれたが、ほぼ理解できない内容だった。
ただ、級友が充実した毎日を送っているようで、うれしくはなった。
こんなにハイテンションのやつだったかな。
それに、こんなに親しそうに話すやつだったかな。
小さな違和感。
と言うか、驚き。
同窓会に久しぶりに顔を出したやつによく持つ印象。
「声、変わってないな」
「そりゃあ。ミリッサ君も」
声の威力は絶大で、ああ、こんな声だったな、と記憶が解け出すと懐かしさもこみ上げてくる。
エヌケイビーも同じだったようで、よく来てくれた、懐かしいな、と何度も繰り返し、肩を叩かれた。
思い出す。高校時代。
エヌケイビーこと翠剣とのやり取りのいろいろ。
一緒に出かけたりするほどの仲ではなかったが、学校内でのこと、行事でのこと。
修学旅行の時の写真には、二人だけで写ったものもあるし、体育祭でハイタッチしている写真もあったはず。
そうだ。十キロのクロスカントリー大会では同着だったな。
まあまあ、仲もよかったのだ。
話せば話すほど、楽しいと思った。
ヨウドウと一緒なら、もっと。
もう少し話していれば、もっとたくさんの思い出も蘇ってくる。
友、という言葉を意識した。
しかし、そろそろ引き上げるべき時。
かわいそうに、ジンが立ち尽くしている。
「近々、また寄せてもらう」
「ああ、そうしてくれ」
「奥さんと一緒に、また会おう」




