21 パワースポットも形無し
翠剣が近づいてきた。
少し硬い表情だが、仄かに微笑んでいる。
数十年ぶりに知人とばったり出会った時の、少し照れくさいような、少し緊張するときのような顔だ。
「久しぶり。卒業以来か。三十年以上、会ってなかったな」
思い出話をしていい状況ではない。
かといって、事件のことは何も話せる段階ではない。
労いの言葉を掛けるしかない。
「大変なことになったな」
「お客さん全員に話を聞きたいらしい」
警察到着後すぐ、ペンタゴンは閉鎖され、中にいた客は全員足止めになっている。
ほとんどの客が今夜はここで過ごすつもりだったようで、苦情は出ていないという。
「首つり自殺とはな。パワースポットも形無し。商売、あがったりだぜ」
翠剣は不謹慎なことをさらっと言ってから、
「僕もいつ解放されるかわからないけど、もうちょっとだけ待っててくれる? 積もる話もしたいし」
と、笑みを見せた。
こんなに背の小さな奴だったかな。
顔も声も確かに翠剣。
だが、体つきは記憶から抜け落ちている。
「構わないけど、気を使わなくていいぞ。適当に帰るから。そっちはやること、いっぱいあるだろ」
「ないと思うけど。まあ、刑事が引き上げるまではここにいなくちゃいけないんだろうな」
「当たり前だ。娘に押し付けるわけにもいかんだろ」
「まあな。でも、今日はどうした? 見に来てくれたんか? たまたま?」
ココミクは今夜のことを父に言ってなかったらしい。
「いや、君の娘、ココミクに呼ばれて来たんだ」
「娘が? ん?」
「さっきまで、夕飯、よばれてたんだ。家で」
「え? そうなのか?」
何も知らないらしい。
紅焔女子学院大学の講師であると、改めて名乗った。
「へえ! そんなことが。なんとも! 娘がお世話になってたのか!」
「お世話なんてしてないけど、そうだよな。こんな偶然もあるんだな」
ジンを呼んだ。
先に帰ってて。
しかし、ジンはまだもう少しいます、との返事。
わかった。それなら、早々に切り上げよう。




