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19 mm差って書くんだ

「ミリッサ、て名前なんだー」


 話しながら激しく瞬きするヤタブーの癖。なんとなく覚えている。

 しかし、声は。

 力なく、かすれ気味の声。

 こんな声だっただろうか。

 記憶の扉はまだ開かない。


「そう。mm差って書くんだ。競馬好きだろ。なのでミリサ、ミリッサ。さすがにハナサとかクビサってのも、ね。響きがかわいいだろ」



 個人情報がオープンになることを極端に嫌う世の中になって、本名が他人に悟られることはまずない。よほどの公的書類や融資や登記などの際以外はすべて通称でこと足りる時代になった。

 場面によって、あるいは交流のグループごとに通称を使い分ける者もいるし、たびたび変更することも可能。

 役所への届けも非常に簡便。ひとり、三つまで登録可能だ。

 ヨウドウも、ジンやアイボリーも、本名ではもちろんない。

 好き勝手につけた名前。

 結果的に、当て字の多い少し手の込んだ、捻った名が多くなる。

 大学でも、学生名簿に本名の記載はないし、本人に聞くこともない。



 ヤタブーは、高校時代の綽名。

 今の公式な通称なのだろうか。


「ヤタブーでいいよ。それも登録してるから」


 それだけのことを言うのに、肩で息をしている。


「しんどいんか? 寝てなくていいのか?」

「大丈夫。いつも、こんな調子だから」



 ココミクが自分のこと、つまり大学在学時のことを話題にしてくれた。

 ようやく、自分が紅焔で教え始めたのはヨウドウから誘われたから、とほぼ現在形の話になり、緊張もほぐれてきた。

 ジンも話題に加わることができ、話に参加し始めた。


 部員はいま何人で。

 活動内容は。

 ヨウドウ先生も応援してくださって。

 授業準備室のガリさんも準部員で。

 先輩が部長されてた頃、学校からの補助、いくらありました?


 そして。

 ミリッサ先生の授業は楽しくて。

 大学内の女子トイレ、今年改修されて、とてもきれいに。

 男女共学化の話、毎年出るそうなんですけど、学長が絶対反対で。

 大学内に新しい学食、ていうか、カフェみたいのが新規オープンして。

 そこのメニューがダメダメで。



 そんな話をしていたときである。

 ココミクに連絡が入った。


 さっと顔が厳しくなった。

「はい。すぐ行きます」

 と、立ち上がる。


「先生。すみません。ペンタゴンで事故があって」


 そうか。

 ならば、我々も、このあたりでお暇を。


 ヤタブーはまだ話していたそうなそぶりを見せたが、また来てくださいね、と立ち上がった。

 途端によろけそうになり、ジンが腕を支えた。

 さほど引き留められることもなく、コロシヤ商店街まで戻ってきた。



「事故って?」

「それが……」

 ココミクの口が重い。


 かしわ屋に駆け込んだ者がいる。

 声が聞こえてきた。

 狐庭台で首つりがあった!

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