18 なんてやつだ
「じゃ、俺はここで」
「えっ」
「おい。なに言ってるんだ」
ヨウドウが、これで帰ると言い出した。
裏口から庭を通り、広い玄関で向き合ったヤタブーこと薮田恵。
三十数年ぶりに会ったヤタブーは、高校時代の面影はなかった。
明らかにどこか体の具合が悪い。もしかすると心も。
というほどやつれ、まだ五十前だというのに、白髪さえ乱れていた。
化粧はしているが、鮮やかすぎる口紅の赤が、そのやつれた印象をより濃く見せていた。
「ええー? せっかくだから上がっていって」
「いや、ちょっと用があるので。代わりにミリッサを置いていくから」
「おい! 待て」
「翠剣によろしく」
「おいおい、本当に帰るのか?」
「後は頼む、な」
ヨウドウはアイボリーを連れてさっさと帰っていってしまった。
なんてやつだ。
ジンは、ココミクに強引に引き留められている。
仕方がない。
ここで全員帰ってしまっては、あまりに失礼。
夕食を用意してくれているというココミクに申し訳ない。
ジン。すまないけど、もうちょっと付き合ってくれよな。
昔の裕福な家にありがちな装飾品が並べられたリビング。レザー貼りのソファに落ち着いたものの、なんでこんなことに、という思いが拭えない。
それでも、高校時代の思い出、担任教師の消息や体育祭でのこと、食堂に飾られた絵のこと、購買のパンがどうのこうの、藤棚で撮った写真が、など話はそこそこ弾むが、時として苦しそうな顔を見せるヤタブー。
夫が帰ってきたら食事、なのだろうか。
それはいったいいつなのだろう。
が、違った。
「どうぞ! お待たせしました」
と、食堂に案内された。
ココミクはかいがいしく食事を運び、ジンにもたびたび話しかけ、場を保とうとするが、場違いなところに来てしまったという後悔が胸に居座り続ける。
もしかして。
ヤタブーはもう先が長くないのでは。
だからヨウドウに会わせておきたいと思ったのではないか。
高校時代のヨウドウとヤタブー、特別親しい関係ではなかったとは思うが、知らなかっただけ、あるいは忘れ去ってしまっただけ、なのではないか。
そう思い始めると、ますます気詰まりになり、話題にも張りがなくなってきた。
それにしてもヨウドウめ。
そういえば、翠剣は?
何時ごろ、帰ってくるんだ?
そもそも、帰ってくるのか?
ココミクもヤタブーも、父、夫である翠剣の話はおろか、名さえ口にしない。
なんとなく、翠剣はどうしてる、と聞くことさえためらわれた。




