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17 ふっと、魚を焼く臭い

 狐庭台は夜の帳にすっぽりと覆われていた。

 ココミクは足早に庭園を巡っていく。

 立石がいくつか現れ、ごく小さな庭園灯が儚い光を園路に投げていた。



 先ほどから気になっていることがある。

 庭園灯の光がかろうじて届く範囲、そこここに毛布を敷いて座り込んでいる者がいる。

 すでに毛布を体に巻き付けて横になっている人も。


「あ、あれですね。一般入場のお客様です」


 巨岩の下で一晩を過ごすことができるのは、一人だけだという。

 カップルであろうと複数人での入場はお断り。

「一夜一人だけ、というのがいいと思いません?」


 特別入場であれ、一般入場であれ、チケットの有効期限は十二時間。

「良心的な金額でしょ。それで、あのお客様たちは、持ち込みの寝具やレンタルの毛布で一晩をああして過ごされるんです」

「なるほど」

「まあ、これも、クレームの一つなんですけどね。もろに地面の上で寝ることになるでしょ。せめて、デッキとかで平らにしろとか、ですね。ひどいのになると、自販機を置けっていう人もいるんですよ。ここに自販機、あり得ないですよね」

「誰もかれも、至れり尽くせり、が当たり前だと思ってるからな」

 防犯対策は、急な雨は、などと、気になることはあるが、無粋なことは言うまい。




 一行は、入ってきた受付ゲートに戻るのではなく、奥へ奥へと向かう。

 出口と書かれた矢印。

 なるほど、ここか。


 動物園の出口にあるような、鉄の回転ドア。

 出ることはできるが入ることはできない、昔ながらの懐かしさあふれる円筒形ドア。

 ガチャン、ガチャンと大きな音を立てて鉄格子のドアが回り、ジンを先頭に一人づつペンタゴンを出た。


「この音がうるさいって、苦情があるんですよー」

 と、ココミクが眉間に皺を寄せ、隣のマンションを見上げた。



 森を通り抜けた身としてはまばゆいほどの高級マンションの群れ。

 その一角を通り過ぎ、またJR環状線の方へ下っていく。

 徐々に下町っぽい街並みに変わっていく。



「うわ! 先生、見て!」


 見上げて驚いた。

「コロシヤ商店街!」

「なにこれ! なにこのネーミング!」


 ココミクが笑った。

「それですね。うちの祖父が言い出して。商店会の会長だったものですから」

「地図に載ってるかな」

「それにしても、思い切った名称だな」


 殺し屋かどうかは別にして、確かに、かなりのレトロ感。

 昭和初期?

 アーケードやそれらしい舗装こそないが、傘付き電球の街灯が立ち並び、それさえポツポツと消えて、さびれた感がいっぱいだ。

 近い将来はシャッター街か。

 店はといえば、開いている店はまるで昭和の風情。

 散髪屋、帽子屋、洋服屋、畳と書いた店、米屋、たばこ屋、八百屋、昆布屋、そして質屋、などなどが、ペンキの剥げた看板を出している。

 小さな間口で、ぽつりぽつりと営業しているが、そろそろ仕舞支度に取り掛かっている店も多い。

 ふっと魚を焼く臭いがしたかと思うと、フライ物を揚げる匂いがした。


「絶対に覚えてもらえる名前の商店街にしよう、って」

 戦後の闇市から出発した商店街ですから、町内の人も面白がって、そう決まったそうなんです。

「へえ。そうなんだ」



 何か手土産を。

 が、適当な店がない。

 しかたなく入った果物屋で、ラ・フランス八個パック。

「先生、気を使っていただかなくてもいいのに」


 エノキの大木が商店街のど真ん中に立っている。

 地蔵か稲荷か、小さな祠が祭られてあり、その隣、荒物屋の横の石畳の路地を入ると、これまた別世界。

 発泡スチロールの箱にネギやらプチトマトなどが細々と植えてあり、自転車が乱雑に置かれてある。

 その突き当り、ようやく目的地に着いたようだ。


「ここです。私の実家」


 三百坪ほどの敷地に木造平屋家屋。大邸宅だ。

 勝手口なのだろう。駐車スペースはない。

 確かに、薮田の表札。

 どう反応すればいいのか、迷う間もなく、ココミクがガラリと戸を開けた。


「すみません。こんなところから。玄関はぐるっと回らなきゃいけませんので」

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