16 頭に気をつけて
目の前を二つの黒い影が横切った。
あれ?
猫か?
イタチ?
違うな。
猫にしては大きすぎる。
犬?
野良?
二匹も?
犬にしては俊敏すぎる。
狐?
まさかな、こんな都心に。
アイボリーだけが足を止めたが、ほかの三人は、ずんずん歩いていく。
「今のなに?」
アイボリーも小首を傾げただけ。
まあ、なにか二頭の生き物が走った、ということにしておこう。
「着きました。ここです」
ココミクの案内で、囲いの中に入った。
「最近なんですけど、上町の石舞台、なんていう人がいるんですよ」
確かに、構造は飛鳥の石舞台古墳と似てなくもない。
台地の斜面から大きな岩が突き出ている。
突き出た岩の長さ十メートルほど。
岩はまた、左右の巨石で支えられている。
その隙間は北に向かって開かれていて、覗くと、鉄の梯子段が数段。
巨石の下部に入って行けるようだ。
さほど深くはない。大人の身長くらい。
中は暗くてよく見えないが、石敷きになっているようだ。
「石舞台って、豪族のお墓でしょ」
ココミクは、ここは違う、神様のお住まいなんだと、言いたげだ。
「だね。一緒にするのは、どうかと思うね」
「ですよね~」
形状が少し似てるからって、そんな言い方はやめてほしい、と顔に書いてある。
案内サインには、根本道場、と記載があった。
これ以外にもいくつか、小さめの同じような石室があるが、いずれも閉鎖中とのこと。
看板の横に、神社でよく見かけるおみくじを結ぶ柵。
おみくじの代わりに、小さな鈴がびっしりとぶら下がっていた。
「この中で一晩過ごすのかぁ。特別入場料一人四千四百円。こういうことなんですね」
と、ジンは感心しきりである。
「こりゃ、怖いわ。一人じゃ絶対無理。それに、ベッドとかあるのかな」
などと言いながら、鉄格子の先を覗き込んでいる。
アイボリーとヨウドウは近寄って来ない。少し離れたところから見ていた。
「うわ。真っ暗。まさか、ろうそくで一晩過ごすとか、怖わ、怖わ」
ジンは、ココミクに気を使わなくてもいいと見切ったのか、いつも通りの元気印になっている。
「ジンさん。大丈夫。さすがに、スタンドくらいは置いてあるわよ。十ワットの小さいものだし、お客様が使うかどうかも別問題だけど」
なるほど、この暗闇に身を置いてこそ、竜神様に願いをお聞き届けいただけると思う客も多いということか。
「今日はご予約をいただいてますけど、お客様が来られる前に少しだけ、ご覧になります?」
鍵を開けて、中に招じ入れてくれた。
真っ暗だった。
「すみません。照明がないので。ここ、気をつけてください。左に曲がります」
なにも、見えない。
「頭に気をつけてください。ここ、段があります」
細くて天井の低い折れ曲がった通路を抜けると、かなり奥行きがあり、人が立っても余裕のある空間に出た。
「ここでお休みになられますので、床は板敷にしてあります。あ、土足のままで」
ふむ。
足はそんな感触だ。
目は慣れてきたはずだが、依然として何も見えない。
「スマホで照らしても?」と、ジン。
「はい。どうぞ」
かろうじて、ものの輪郭が見えた。
床以外は、正面左右とも巨岩の表面そのもの。
岩と岩の隙間には、大小の石が埋められている。
人工的なものは板敷のみ。
家具など何もない。
床の隅にポツンと、自転車のハンドルに付けるようなごく小さなランプが置かれてあった。
「雨、漏ったりとかは?」
「ないですね。外から吹き込むこともないので、常に乾燥しています」
あら、もうこんな時間。
根本道場の視察はこれにて終了。




