15 土地の力、これを増幅する
ペンタゴンの内部は、神社の境内に似ていた。
違うのは、本殿拝殿といった建物の代わりに巨石が鎮座していること。
もらったパンフレットには、こう記されてあった。
飛鳥に都が遷るはるか以前、この地は海に突き出た半島で……。
難波津を眼下に望む台地の中央を、古代の人々は……。
交通の要衝であるこの海を鎮めるため、この地に竜神社が祭られ……。
京の都の時代には都人が詣で……。
大坂の陣の戦火を潜り抜け、江戸時代に入ると、庶民の間に霊験新たかな竜神さんとして親しまれ……。
かつて、一辺三丁、現代の約三百メートルにも及ぶ正五角形をした境内は、時代を経た今、かなり縮小されはしたものの、今なお、幽玄の趣を残し……。
なお、この地は、狐庭台と呼ばれている。
狐が多く生息し、彼らが遊ぶ穏やかな地、であったのだろう。
現在では、通称「上町ペンタゴン」と呼ばれている。
「ふうん。奈良時代よりもっと前からパワースポットとして人気あったんだ」
ジンがしきりに感心している。
ココミクに聞かせるサービスなのかもしれない。
が、森は薄気味悪さを感じる。
荒れている。見通しも悪い。
不吉な感じ。
さっき、ほかでもないアイボリーがそう感じたのだ。
用心に越したことはない。
森を巡りながら、ココミクが説明してくれる。
なんとなくなんですけど、ペンタゴンっていうのが違うなー、って思うんです。
実は、この名前、私の曽祖父が言い出したらしいんです。戦中の人だから、そんな名前を思いついたんでしょうね。その時すでに五角形じゃなかったのに。
それが最近になって定着しちゃって。
気がかりは、お客さんが減ってきたこと。
あまりに有名になりすぎたのかも、って思うんです。
行列ができるパワースポットって、なんだかな、という気がしますでしょ。
大々的に評判になってるパワースポットって、どうなん、っていう気もしますし。
宣伝なんてしてないですし、ご覧のとおり、昔の形のまま。
ほぼ放置状態がいいと思ってるんですけど、いろいろ、ネットでは悪評が書かれたりして。
よくあるやつです。
トイレが少ないとか、汚いとか。
休憩するベンチを設置せよとか。
虫が多いとか。蚊だらけとか。
売店もないとか。
もう、いろいろ。
テーマパークじゃないんだし、そもそも家族経営だし、弱ってるんです。
先生、どう思われます?
なぜか、ココミクはヨウドウにではなく、俺に聞いてくる。
確かに、この子を教えたのは俺だ。職員のヨウドウではない。
ヨウドウめ、これも読んでいやがったな。
そういえば。
ココミクの卒業設計。
都心のエアーポケット的鎮守の森の改修、というようなテーマだったと思う。
非常勤講師の身、学生たちの卒業設計や論文に関与することもないし目を通すことさえないが、ココミクから見せてもらった記憶がある。
なるほど、ここを念頭に置いた卒計だったのだな。
「君の卒業設計」
「あ、覚えてくださってたんですね!」
「あれは確か、現代人が親しめる環境づくり、みたいな方向性だったような……」
「うわ! うれしいです!」
「じゃ、その方向は?」
「いいえ。あれは、その、まだ、経営的なこと、何も知らなかったときのもので。お恥ずかしい限りですが、そんなうわべだけの改修なんて、意味がないと今は思ってます」
ふむ。
正しい見識だ。
ココミクらしい。
物事を真正面から捉えようとする。
ならば。
「本質、これが大事だよね。つまり、この土地の力、これを増幅する。決して、観光客の側から見た魅力に迎合、とかじゃなくてね」
完全に、その場の思い付き。
「観光客という言い方はふさわしくないかもだけど、よくあるだろ。歴史ある名所旧跡、いわば地域の宝が、いちげんさんの観光客向けの施設に変貌してしまってる例。看板や広告やらなにやらに埋め尽くされて、訳の分からんゆるキャラが跋扈してて、肝心の歴史を感じられなくなっている事例が」
と、そんなことを話していた時だ。




