14 来てくださったんですね!
ココミクとはすぐに会えた。
外からやってくるものと思っていたが、鉄柵の内側から声をかけられた。
「ヨウドウ先生! こっちです! お久しぶりです! あ、えっ、ミリッサ先生も来てくださったんですね!」
紺色の事務服姿のココミク。
何年かぶりに会った丸い顔は変わらない。
切れ長の目を見開いて喜んでくれている。
ただ、化粧けもなく、疲れが表情に滲んでいるような気がした。
そう見えるのは、こんな陰気なところだからだろうか。
だが声はまさに、ココミクのあの声。
懐かしさがこみ上げてくる。
「ご案内しながらお話ししようと思っていましたので」
そうだったのか。
待ち合わせ場所をこの入口にしたのだから、そんな流れもあるかもしれないとは思っていたが、正直、気乗りはしない。
が、
「実は、ここ、うちの家族が経営してるんです」
「へえ! 知らなかった」
となれば、嫌でも入らなければいけないのだろう。
少々後悔じみた気持ちがあるが、しかたがない。
ヨウドウは張り切っている。
「あ、紹介するよ。こちらジンとアイボリー。紅焔の四回生。ジンは競馬サークルの今の部長。アイボリーは俺の娘」
「はじめまして!」
「よろしくお願いします!」
「へえ! そうなのね! サークルの。R&Hかぁ、懐かしい! こちらこそ、よろしくね」
「君の後継者、何代目になるかな」
「そうね。六代目? かな。あの頃は楽しかったなー」
語尾にまた疲れが滲んだ。
その変化にジンが気づかなかったはずがない。
「先輩、あの、お話の邪魔はしませんから、どんなところかちょっと見に来ただけですから」
と言ったが、言葉足らずだったと思い直したのだろう。
「それじゃ、私たちはこれで失礼します」
と、アイボリーを目で誘ってから、ぺこりと頭を下げた。
「あら、いいのよ。話って、大したことじゃないし。お二人とも、一緒に見ていってちょうだい」
そう宣言してから、ココミクがこちらを向いた。
「え、と、ミリッサ先生はどうして今日、ここに?」
「ヨウドウに誘われたんだ。実は、君のお父さん、お母さんと、高校の同級生。ヨウドウと同じクラス」
「え! あ、そうだったんですか! うわ! めちゃくちゃ奇遇ですね! 知らなかった!」
ジンとアイボリーが、どうしようか、とモジモジしている。
ペンタゴンを見て回って、取り合えず願い事をして、一緒に食事、というジンの目論見通りにはなりそうなのだが、ココミクとはどうやら馬が合わないらしい。
ココミクが場をリードすることになり、ジンらにとっては気詰まりなだけかもしれない。
女の子同士、その距離感は一瞬にして決まる。
中年男にそれを理解するのは難しい。
追い打ちをかけるようにココミクが言い出した。
「まず、ここを見ていただけます? 今後の経営の方向性とか、ご意見があればぜひお聞きしたいと思ってまして。その後、うちで母と会っていただいて、お食事を、と思ってます」
実家に行くとは聞いているが、一緒に食事、は聞いていない。
てっきり、外で食事、だと思っていたが。
翠剣とヤタブー、つまり新壁翠剣と薮田恵。同じクラスだったが、親しいというほどではなかった。
だが、思い出はある。
クラスのレクレーションとして、犬鳴山へデイキャンプに行った時のこと、阿倍野のカラオケに行った時のことなど。
ヨウドウは親しかったのだろうか。
級友として以上に。
もう、記憶はない。
「もちろんミリッサ先生も。母と会っていただきたいです」
「でも、食事は外でしよう。な、ヨウドウ。申し訳ないけど、遠慮するよ」
「ええっ! ヨウドウ先生とそうお約束したんですけど。もう、準備してますし」
ヨウドウめ。
最初からそのつもりだったのか。
自分一人だと気後れすると、誘いやがったな。
家で食事か……。
母と、ということは、いるのはヤタブーだけか?
くどいかもしれないが、聞いておきたい。
「お父さんは?」
「帰ってきてないと思います」
「今日のこと、君の発案? それとも、お母さんのお誘いってこと?」
「え? 私ですよ。母のことは、せっかく来ていただくんだから、会っていただいてもいいかなって、私が」
それなら。
誘いに乗ってもいいかもしれない。
この子を教えた者として、そしてサークルの顧問として、ヤタブーに挨拶すればいいだけのこと。
ココミクは押しが強い。
だからこそ、女子大では珍しい競馬サークルの創設を大学と掛け合い、できたばかりのサークルの骨格を部長として作り上げたのだ。
結局、押し切られる形になった。
まずこのペンタゴンをさっと見て回る。
その後、全員でココミクの実家に向かう。
ということになった。




