12 行っちゃだめです
「どしたん?」
と、ジンが前を行くアイボリーに声を掛けた。
見れば、アイボリーがヨウドウの袖を引っ張っている。
行っちゃだめ、というように。
父に言っている。
「危険な感じがする」
「だから、何が?」
「危ないやつがいるような感じ」
要領を得ないが、アイボリーは何かを察知したようだ。
「ダメ。お父さん」
「んなこと、言っても」
「ミリッサ先生も、行っちゃだめです」
上町ペンタゴンはもうすぐそこ。
木々がうっそうと茂る一角。
高層マンションに囲まれた森の黒いシルエットが見えていた。
上町台地。
大阪市内を南北に走る丘陵。
北端の大阪城から南へ伸びている。
太古の昔から江戸時代ごろまではその山容を明確に見せていただろうが、今やビルが立ち並び、一見しただけではそこが細長い台地状になっていることはわからない。山の文字がつく地名や、何々坂という道が、その名残を示すのみ。
上町ペンタゴンは、難波宮跡と真田山の中間あたりの尾根部に位置する。
かつては、東は河内湖越しに生駒山が一望でき、西は難波津に沈む夕日がきれいなロケーションにあったはずだ。
今はビル群の隙間から、短冊状の空が見えるだけ。
「どうしたんだ?」
「だから、行くの、やめよ」
ヨウドウが困った顔で、娘と木々の暗がりを見比べている。
ジンの話によれば、上町ペンタゴンは自由に入れる神社のような場所ではないらしい。
入場料の必要な「庭」だそうだ。
営業中なのだろうか、その一角にめぐらされた塀には、提灯に見立てた明かりがぽつぽつと並んでいる。
向かう道は車が十分すれ違える広さで、商店や飲食店もある。自転車の子供が走り抜けていき、人通りのある比較的賑やかな道だ。街灯も暗くはなく、地域のメイン生活道路といったところだろう。
「アイボリー、何か、感じるん? ボクは何も感じないけど」
「うん」
そんなやり取りを通りの真ん中でしていた。
「パワースポットなんだろ。それはそれでいいんじゃないのか?」
「そうかもしれないけど。けど……」
クラクションを鳴らされて道の端によけ、しぶしぶアイボリーもついてくることになった。
「さ、行くよ」
ジンが先頭に立って歩きだす。
おのずと、ミリッサ・ジンペアが先に立ち、ヨウドウ・アイボリーペアが後ろから。
「なんだよ、アイボリーのやつ、変なこと言いだしてさ。でも、パワースポット、期待できるのかも」
ジンとアイボリーは、互いに親友と呼び合う仲。
しかしジンは、アイボリーの秘密を知らない。
父ヨウドウでさえ知らない。
俺も口外はしない。
「なんだろね」
と言うのみである。




