11 お館様の眷属だったりして
「ミリッサ、知らないんですか? 上町ペンタゴン」
ジンは大学内では必ず先生と呼ぶが、一歩大学を出れば、あるいはサークル内では、ミリッサと呼び捨てにする。
それがこのご時世の定番。
いわゆるジェンダー平等、ジェネレーション平等、エクスペリエンス平等のひとつの表現。
ミリミリとあだ名はまだいいが、ジンからお兄ちゃんと呼ばれた時には、さすがにそれはやめろと言ったものだ。
呼び捨てにされても、それでいいと思っている。
お返しというわけではないが、こちらも学生を呼び捨てにする。
おい、オマエ、などと言ったりもする。
社会ではもちろん、大学ではなおさら、それはご法度だが、気にしていない。
呼び捨てにして反発の出ない関係を作ること、これが重要だし、それが自分の授業スタイル、だと思っている。
そんな関係を学生と作れてこそ、いい授業ができるというもの。
だからこそ、最優秀授業の表彰を受けることができたのだと自負さえしている。
「知らんぞ」
「ミリッサさあ、世の中の流行りに疎くない? 最近じゃないよ、何年も前から。めちゃくちゃ有名」
「悪かったな。何が有名なんだ?」
ジン曰く。
パワースポットであると同時に、霊験新たかなのだという。
「タレントとかスポーツ選手なんかも、いっぱい参詣してる」
「参詣、ってことは神社?」
「ううん。よく知らないけど、大きな岩があるんだって。その岩が洞窟みたいになってて、そこで一晩過ごすと、願いが叶ったりするんだって」
胡散臭い。
とは思ったが、ふうん、とだけ言った。
世の中、何が起きるかわからない。
現に自分自身、この一年、とんでもない経験をした。
妖怪が実在していることを知ったばかりでなく、その妖怪の国に行き、日本妖怪の棟梁、お館様にも会ったのだ。
九尾の狐は伝説の生き物ではなかった。
月隠の白君と呼ばれる凛として優しい、強大な力を持つ狐の妖怪と言葉まで交わしたのだ。
山海のご馳走がふるまわれ、地下洞窟の硫黄温泉に浸かり、数多妖怪の知り合いさえできた。
実は、ジンもアイボリーもその場を経験している。
ヨウドウでさえ。
今もまだその記憶は鮮明だし、その時のことは話題になる。
その場に居合わせた者の間では。
だから、どんなに胡散臭かろうと、嘘っぱち、と頭ごなしに決めつけてはいけない。
案の定、
「あれかな。ペンタゴン、お館様の眷属だったりして」
と、ジンも言う。
「パワースポットって、案外、そういうもの、んっと、妖怪の住処だったりして。今度、ランに会ったら聞いてみよ」
「だな」
ミャー・ラン。
彼女こそ、妖怪。
妖七人衆の一人。
ジンやアイボリーと同じ紅焔の学生でサークル部員だったが、今は「本業」が忙しいと、三回生のまま休学している。
本業とは、妖怪界の警察署長的な役割だという。
このところ、サークル活動の京都競馬場にも顔を見せていない。
ランという名を聞くと、今でも胸に波が立つ。
心を撫でるような癒しの波であり、危険が伴う白波でもある。
今週、顔を出してくれるなら、楽しみにしよう。




