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9 いいじゃないか 会えばいい

「子供なんだ」

「は?」

「翠剣とヤタブーの娘、ココミクが」

「おりょ。そうなのか、知らなんだ」


 翠剣かヤタブーと親しくしておれば、その娘が教え子だと知ったかもしれないが、学生が自ら両親を話題にすることはない。


「オマエ、知ってたのか?」


 ヨウドウは大学の学生部職員、部長職。

 だから知っていたのだろう。


「いや、履歴書に両親を書く欄、ないぞ。ココミクが言ってきたんだ。昨日まで、俺も知らなかった」

「昨日? ふうん」

「で、会いたいというんだ」

「いいじゃないか。会えばいい」


 どうも、ヨウドウ、歯切れが悪い。

 女子大の職員が、たとえ卒業したとはいえ、学生と二人きりで会うのはまずい、と考えているのだろう。


「どうせ、久しぶりに先生、食事とかしません? てことだろ」

「そうなんだろうが、なにか、話もあるらしい」

「会社のこととか?」

「さあ。どこに就職したのか、知らん」

「はあー」


 どうもまどろっこしい。


「ココミクが言うんだ」

「だから、何を」



 ヨウドウがアイスコーヒーをストローでかき混ぜ、氷が触れ合う心地よい音をたてた。


「母親、薮田恵だな、から、俺が高校時代の同級生だと聞いたことがあるらしい。それで、大学生活で困ったことがあれば、俺を頼ればいいと言ってたらしい」

「ふーん。いいじゃないか」

「でも、実際はそんな話、聞いたのも昨日だし、在学中もあいさつ以上はなかった。ココミクって名前聞いても、誰かわからなかった」


 やれやれ。


 ジンとアイボリーも、どうでもよくなったのだろう。

 ひそひそと、スマホで何かを見せあっている。


 隣でふんぞり返ったヨウドウの話を聞いているのが面倒になってきた。

 さっさと用件か、結論を言ってくれ。


「ヤタブーは知らなかったんだな。ミリッサがここで教鞭をとるようになったことを。もし知ってたら、昨日も、俺じゃなくオマエに話がしたいって、言ってきたはずだ」

「ヤタブーが、か?」

「ココミクが、だ。オマエの授業を受けてたはずだし、サークルでもな。部長と顧問の関係だろ」

「ふうん。つまり、単なる食事の誘いじゃなく、別の話が、ってことか?」

「と思う」

「ま、だいたい分かった。で、ココミクと会うときに、付き合えってことだろ?」

「そういうこと」

「約束はもうしたのか? いつだ?」

「今から」


 はー。やれやれ。


 まあいい。

 どうせヨウドウと待ち合わせたのだ。

 そんなに簡単に帰れるはずもない。

 昔のように、三軒、四軒、と梯子はなくなったが、八時や九時に帰れはしない。

 今日水曜、明日木曜と、秋学期最初の授業。

 明日はデザイン演習を含む授業がある。課題の準備をしなくてはいけないが、例年のことだ。なんとかなるだろう。

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