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8 なんだ、その組み合わせ

 関西一円を大混乱させたこの騒動。

 妖怪が人間の前に再び姿を現した一大契機。

 晩秋の新月の夜は光の柱の消滅と共に、明けていった。



 話の発端は二カ月ほど前に遡る。


 残暑の喘ぎがようやく収まりつつつある九月。

 秋学期が始まって間もないある日の夕刻。




 店に入ると、すでにヨウドウが待っていた。

 前に座っているのは、栗毛色の髪を緩く編み込みにした小さな女の子と、内巻きワンカールボブの長身の女の子。

 後姿も見慣れた二人。


「あれ、オマエたち? どうした?」


 ジンとアイボリーがすまし顔で座っていた。


「よう。待ってたぞ」

「ミリッサ先生、お邪魔してます!」


 ヨウドウが話があるというので待ち合わせたのだが、なぜ、学生も一緒にいるのか。


「話って、この二人のことか?」

「いや。無理やり座りよった」

「ええっ! 無理やりって、ひど! 来い、って呼んだじゃん!」



 そもそも、アイボリーはヨウドウの娘である。

 大学内ではあまり知られていないし、二人もそんなそぶりは見せない。だが、競馬サークル内で知らない者はいない。


 ジンとアイボリー。

 俺の授業を受けている学生で、競馬サークルR&ラフの部員でもある。

 ジンはその部長。

 ヨウドウがいいのなら、こちらは構わない。



「ミリッサ、覚えてるかな」

 飲み物が運ばれてきてすぐ、ヨウドウが本題に入った。


「高校の同級生にいただろ。学生結婚したやつ」

「ああ。翠剣とヤタブーだろ」


 大阪市内の府立高校。

 ヨウドウとミリッサは三年七組、同窓生で親友である。

 同じクラスにいた新壁翠剣と薮田恵は、大学二年生の時、成人してすぐ結婚したと聞いている。

 二人とも同窓会に出てこないので、どうしているのか知らないし、この三十年、話題に上ることもほぼない。


「あいつらがどうした?」

「じゃ、これはどうだ? ココミク、覚えてるか?」


 当然である。

 競馬サークルの創設期のメンバーである。

 ココミクに嘆願されて俺は顧問としてサークルの面倒を見る、つまり責任を背負わされたのだ。


「今から話すのは個人情報だ」

「えっと、それって、席外せってことですかあ?」

 ジンがコーヒーフロートのストローを口から真上に突き立てて、口を尖らせた。


 お行儀が悪いぞ、ジン。


 この二人はココミクを知らないだろう。

 卒業して五、六年ほどになるだろうか。大大先輩にあたる。



 入試も含めて大学の入学要件が大幅に緩和された今日、入学時の年齢もバラバラになり、先輩後輩の交流はほとんどなくなった。

 体育会系運動部ならいざ知らず、ゼミであろうがサークルであろうが、もちろん同じ学科であろうが、現役大学生がOBと接する機会はまずない。

 現に、ココミクという名を聞いても、ジンもアイボリーも反応なし。



「いいや。そのままそのまま。ま、君らに関係ない話だから、さらっと聞き流すってことで」

「なんだ、ヨウドウ。そんなんなら最初から言うなよ。一緒に座っていいとか」

「うわ! ミリッサ先生、冷たいんだー」

「そうそう。ミリッサ、オマエのためにこの子らを呼んだんだぞ」

「そうですよ。私たち、あっちの窓際のほうが気持ちよかったのに」


 俺のため?

 意味が分からんぞ。


「待ち合わせたのか?」

「いや、たまたまだ」

「ややこしい奴ゃな」



 阪急御影駅からほど近い閑静な住宅街にある珈琲館。

 紅焔女子学院大学だけでなく、阪神間にある大学の学生たちに人気のある店らしい。

 店内は明るく清潔で、白っぽいフレンチ系のインテリア。

 艶系の調度品がゆったり並べられてある。

 ファンタジックな庭園が魅力でテラス席から埋まるのが普通だ。

 庭に出れば、六甲の山並みを望むこともできる。

 この季節、少しまだ生暖かい風も気持ちがいいだろう。

 ここ数年、夏が長い。ツクツクボウシが最後の力を振り絞って恋心を歌っていた。


 ヨウドウがこの店を指定してきたのは少々意外だった。

 どこか駅前の安居酒屋が似合う男だが、娘がジンと今日ここでお茶をすることを見越していたのかもしれない。

 まあいい。


「で、話は? 翠剣とヤタブー、ココミクがどうしたんだ? それになんだ、その組み合わせ」


 ヨウドウは、ちらりと学生らに目をやって、実はな、と身を寄せてきた。

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