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彼の前世は

 二階でいつも本を読んでいた。


 戦争が始まる前は教師になるのが夢だった。

子供の頃から何かとすぐに体調を崩してひと月まともに学校に通えないこともよくあった。

友達もほとんど作れなかった。

 その頃、僕のことを気にかけてくれていた恩師は戦争で亡くなった。

優しくて頼り甲斐があって、僕の憧れだった。

いつか自分もそうなりたいと願って、たくさん勉強をしたが戦争がそれを許さなかった。

 自分も戦争に行く年齢が来た頃、徴兵検査に引っかかり、戦地に行くことはなかった。

家族は何ひとつ僕に言わなかったが、近所の人からどれだけひどい扱いを受けていたか僕は知っていた。

家族にとっても、この村にとっても恥晒しだった。

体調が良い日は家の畑を手伝って、体調が悪い日は本を読んで過ごした。

恩師がいくつか僕にくれた大切な本だ。


あまり人目につかないようにと二階に追いやられた僕の部屋の窓からは十メートルくらい離れた向かいの家と畑が見える。

確か、お嫁をもらったが子供が産まれる前に旦那さんは戦死したと母から聞いた。


一度、窓からお嫁さんが赤ん坊を背負っているところを見かけたが、顔はよく見えず下を向いてあまり元気には見えなかった。


何より、姑にあたる人の怒鳴り声をよく聞いた。

近所でも有名な感情の起伏の激しい人らしい。

舅も同様に。


僕は月の光が綺麗な夜、家から抜け出して近所の小さな神社がある階段を登っていた。

空気が澄んだこの空間が好きだった。


五十段くらいはあるだろうか。小さい丘になっている。

十段くらい登ったところで赤ん坊の泣く声が聞こえる。一段一段登る度に大きくなる声に恐る恐る登って行った。


神社の本殿の前で赤ん坊をあやす女性がいた。

いや、女性と言うには少し早いかもしれない。

とても幼い横顔に見えた。

彼女自身も泣いているのが、離れていても分かる。

声をかけるべきでは無い気がして、気付かれないように僕は階段を降りていった。


見た瞬間は気付かなかったが、向かいの家のお嫁さんだということに帰り道気付いた。


そこから何度か彼女をそこで見かけるようになる。

僕は一度も勇気が出ずに声がかけれなかった。

それでも気になって毎日神社まで通うようになった。

なんでこんな夜にここにいるのだろう。

なんであんなに彼女は泣いているのだろう。

なんであんなに痩せているのだろう。

なんであんなにお世辞にも綺麗とは言えない格好なのだろう。

もしかして、相当酷い目に遭わされているのだろうか…


今日こそはと握り飯を二つ持って、神社に向かうといつもいるはずの姿は無かった。


初めて見かけた時からニ週間くらい過ぎた時だった。


翌朝、近所の川に赤ん坊と彼女の遺体が浮いていたと村中で大騒ぎになっていた。


姑、舅にいびられて、満足な食事も与えられず、小屋に閉じ込められ相当な虐待を受けていたようだった。

性的なこともあったのかもしれない。


彼女は痩せ細った身体と苦しんだ表情で亡くなっていたそうだ。

赤ん坊も痩せていて、川の岩にかろうじで引っかかって見つかったそうだ。


僕は彼女や子供のことを救える立場に居たのに何もできなかった。

あと少し声をかけるのが早ければこんなことにはならなかったのかもしれない。


きっと僕は君のことを好きになっていたのかもしれない。


部屋に戻って、窓を開けるといつもと変わらず向かいの家と畑が見える。

嫁が死んだと言うのに、葬式のひとつもあげてやらず、墓も立てない。


悔しいのか、怒りなのか、虚しさなのか、涙が後から後から溢れてきて止まらなかった。


それから一ヶ月後に舅が、二ヶ月後に姑が倒れて亡くなったと聞いた。

誰も祟りだとは言わなかった。

あと二ヶ月、君を支えれなかった自分の無力さに嫌気がさした。

僕はそれから寿命を全うするまで、君が子供と身投げした場所に毎日手を合わせに行った。

生涯、僕は病弱で独身の人生だった。


生まれ変わったら、今度はこんな思いをしなくてすむように…

君にさせなくてすむように…

世界一の男になりたいと思った。

君を照らす一筋の光になりたいと思った。


君が例えどんな姿だろうと、君が例えどんな性格だろうと、僕は必ず君を見つけだして君と生きたい。


今世はそう決めて生まれてきた。

辛い思いをした君が、今世のカルマを克服した時に生きていて良かったと思えるように。とびっきりロマンティックで、想像の何倍も超えるような一発逆転な人生になるように。

人生の後半は幸せと思える時間が多いように。

 僕は世界一の俳優になろう。誰もが羨むような夫婦になれるように。君が僕を見付けてここまで這い上がってくるまでは頑張ってるから。どんなに辛くても諦めずにここにいるから。前世では出来なかったけど、僕たちだけの方法で誰かを笑顔にできるように。



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