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第18話 光がなくても②

 *分からなくなったら目次にある用語集を参考にお読みください



 私たちは車をガラス張りの巨大施設の前で停めた。車を降りると、自動で駐車場に向かっていった。私は視線を巨大な自動ドアへ移し、それを見て私はしばらく唖然としていると、彼女が私にロングコートを被せ、続けてこう言った。


「さあ、ぼうっとしてないで。風邪を引くからコートを着て行きますわよ!」


 私はハッとし、彼女の顔を見て思う。先ほどから彼女の名前を知らなかった。位の高そうな人に名前を尋ねるのは失礼だと思い、私は尋ねた。


「あの、失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「あら、ご息女さまでも私の名前を知らないの?てっきり知っているものだと思っていたけれど……まあいいわ。私、イヴァンカっていうの。以後、よろしくお願いしますわ」


「改めて、よろしくお願いします」


 私たちはドアを開け、イヴァンカさんが持っていたフレモで受付を済ませると、中に入っていった。中には白衣を着た研究員らしき人がたくさんいて、私の興味を引いたが、自分が逃走者であることを肝に銘じ、監視ドローンやカメラがどこで誰に見られているか気をつけながら、ロングコートのフードを被って顔を隠すように行動した。

 長い廊下を進んだ先に、重厚な金属製の扉が現れた。厳重な受付があり、この扉の向こうに重要な何かが存在することは容易に想像できた。期待と拭いきれない不安を胸に、私はイヴァンカさんが持っていたフレモをパネルにかざした。認証されると、重い扉が静かにスライドして開いた。


 ——!


 扉が開かれると、最初に目に飛び込んできたのは眩いばかりの白い光だった。私は一瞬目がくらんでしまったがしばらくすると目が慣れてきた。私が足を踏み入れたのは、壁一面が巨大なガラスで覆われた、異様に白く広々とした部屋だった。手前の空間では、研究員たちが奇妙な装置を操作している。それはフレモをまるで高性能な端末のように変形させ、画面に何やら熱心に打ち込んでいる。そして、ガラスの向こう側、部屋の奥には、何か見たこともない機械が動いている様子が見えた。その異様な光景に、私は恐怖を感じながらも、まるで引き寄せられるようにガラスの壁に近づく。


 「クッ!」


 その光景は私の目に焼き付いた。目の前に突如、アームのような機械が先端に鋭利な針を装着し、白い無機質なベッドに横たわる女性たちに、次々と何かを注入し始めた。ベッドは硬質で冷たく、女性たちは皆、仰向けに寝かされ、へそよりもかなり下の、下腹部あたりに針が深く突き刺さっている。

 一人目の女性への注入が終わると、機械はスムーズに動き、彼女はベッドごと運ばれていく。そして間髪入れず、次の女性が同じベッドにセットされ、再び針が下ろされる。人体への影響が少ないのかそのサイクルは驚くほど速く、まるで工場のベルトコンベヤーで商品が製造されていくかのようだった。約一分間隔で、無感情に、淡々と、作業していく。その不気味な光景に、私は息を呑んだ。同時に、底知れぬ好奇心と、恐怖で喉が詰まるような感覚がごちゃ混ぜになりながらもその光景は私に奇妙な引力をもたらし、目を奪われ、釘付けになってしまった。

 しばらくして、部屋に一人のピクシーカットの女性が入ってきた。彼女は私たち、つまりガラス張りの部屋を見学している側を、明らかに意識している。まるでこれから運命に立ち向かうかのように、強い決意を宿した眼差しでこちらを見ていた。私が思わずガラスに顔を近づけ、彼女を見つめ返すと、目が合った。


 ——……!


その刹那、彼女の動きが硬直した。彼女の瞳には、恐怖と諦め、そして僅かな希望のようなものが入り混じっていた。震えているのに、なぜだろうか、その姿から言いようのない暖かさと、心の奥底から込み上げてくる共鳴のようなものを感じた。私は胸の奥が締め付けられるような感覚を覚え、恐る恐る後ろにいるイヴァンカさんに声をかけた。


「イヴァンカさん、あれは一体……何をしているんですか?」


 イヴァンカは、私の視線の先、レーン式の “生産ライン” を一瞥し、淡々と答えた。


「あれは、子宮の中に受精卵を体内に入れ込んでいるんですわ」  


 ——……え?  


 受精卵を、子宮に? なぜ、そんなことをする必要があるのか——私の思考は完全に停止した。まるで頭の中に白い霧がかかったように、目の前の光景が現実のものとして認識できない。私はただ茫然と、ベルトコンベヤーに乗せられ、機械的に処理されていく人々の流れを見つめるしかなかった。

 次の瞬間、さらに理解を超えた事態が私の認識を襲う。


 運ばれてくるのは、女性だけではなかった。髭もじゃの男性も、まるで無感情な操り人形のように、ベルトコンベヤーの上を流れていく。その瞬間だった。つぶらな二つの目が私の胸を刺した。


 ——‼


 私の心臓は止まりかけた。思わず後ずさり、足元がぐらつき、今にも腰が抜けそうになった。



「——一体、どういうことなんですか? これは……」


 混乱の淵に突き落とされた私に、エヴァンカも明確な答えを与えられないようだった。彼女もまた、戸惑いを隠せない表情で押し黙り、しばらく考え込んだ後、諦めたように、近くに立っていた男性研究員に助けを求めた。


「ちょっと、この状況詳しく説明してくれない?」


 研究員は、私を一瞥することもなくガラス窓に近づくとベルトコンベヤーを指し示し、無機質な声で説明を始めた。


「ご息女様ここは、インベスターを量産する工場ですよ。様々な男性と、様々な女性の遺伝子を掛け合わせた受精卵に、薬剤を投与するんです。多胎妊娠をするためのね。それを、市場価値のある妊娠機能のある人に効率と数だけを求めて産み出す。そうして、次世代のインベスターを量産している、というわけです」


 研究員の言葉はまるでただの文字列を読むかのように平板で、感情の起伏が一切感じられない。その抑揚のなさに、私の体温は急速に奪われ、心臓まで凍り付くような錯覚に陥った。量産、と彼は言った。まるで工場で部品を組み立てるかのように、人間を “生産” する事実に心臓が砕けそうになった。


 ——インベスター……を生み出す……施設……? 男性の遺伝子と、女性の遺伝子……?


 先ほどの研究員の言葉が、まるで反響のように頭の中で反射する。理解しようとすればするほど、それは常識とかけ離れた、異質な情報として私を混沌の渦へと引きずり込む。効率的に子供を生産する、流れ作業のような光景。ベルトコンベヤーに乗せられ、尊厳を無視して子宮に受精卵を打ち込まれていく人々。女性だけでなく、男性も。彼らは一体、何のために、誰によって、この世に生み出されようとしているのだろうか?


「——それは、一体……どういう……目的で、こんなことを……?」


 喉の奥から絞り出すように、私は研究員に問い質した。しかし、彼は顔色一つ変えず、まるでマニュアルを読み上げるかのように、説明を繰り返す。


「インベスターは、ジャダム財閥の未来を担う、特別な存在ですよ。ジャダム様の卓越した経営を受け継ぎ、ランダムに男性と女性の遺伝子を組み合わせることで、市場の動向に適応した、多種多様な子供たちを効率的に生み出すんです。彼らは幼少期から市場の需要に最適化された英才教育を受け、時代が求める優秀な人材へと成長し、会社の中枢でサラリーマンとして活躍し、ジャダム家一族の繁栄を経済面から支えることが期待されています」


「会社の中枢……で、ジャダム家の家族の生活を支える……?」


「ええ、人間はどれほど高い目的意識・知識を持って教育しても、この流動的な時代、社会の市場原理によって求められる能力が変化してしまう可能性があります。ですから、常にその時代に合致した人材を育成し、会社の利益を最大化できる人材を大量に供給し続ける必要があるのです」


 自分の行っていることを正当化し、誇示するような研究員の言葉は、私の背筋を凍りつかせた。ジャダムとは、いったい何者なのだろうか? 彼は遺伝子を “利用” することで、次の社会における絶対的な支配権を確立しようとしているのだろうか? そして、目の前でベルトコンベヤーに乗せられている人々は、彼の野望を実現するための部品、消耗品に過ぎないというのか⁉

 言いようのない嫌悪感と、胃の奥底からせり上がってくる吐き気に、私は呼吸すら忘れてしまう。膝から崩れ落ちそうになる体を必死に支え、わずかな希望にすがるように、研究員に最後の質問を投げかけた。


「——彼らは、自分の……意思で、ここに……?」


 研究員は、私の問いの意味が理解できないとでも言いたげに、露骨に眉を顰めた。


「意思、ですか? そうですよ。彼らはインベスターを生み出すための、シードマザーなのですよ。それが彼らに与えられた役割であり、ジャダム様に貢献し、報酬を得て生活することこそが、彼らにとって何よりの喜びとなるはずです」


「貢献……喜び……?」


 その時、まるで当然のことのように、ムフーと自らを誇示した顔のイヴァンカさんが私たちの会話に割り込んできた。


「そうよ、私だってジャダム様のプレイメイトとして、立派に貢献しているんですのよ」


 唐突に飛び出した「プレイメイト」という単語に、私は思考が追い付かず、反射的に問い返してしまった。


「プレイメイトって、具体的にどんなお仕事なんですか……詳しく教えてください?」


 エヴァンカは、子供に言い聞かせるように、言葉を選びながら答えてくれた。


「うーん、お子様にはまだ少し難しいお話かもしれないけれど……、えっとね、大人の、とっても特別な、そして価値のあるお仕事なのよ。私も、ジャダム様のお側でお役に立って、そのご褒美としてお金をいただいて生活しているの。社会にとっても、とても役に立つ、とっても市場価値の高いお仕事なのよ」


「そ……それは大変なお仕事なんですか……?」


「う~ん、お仕事の条件はね、まずジャダム様が好ましいと思われる容姿であること。それから、ちょっぴり特別な手術を受けていることかしら。だから、誰でもすぐにできるお仕事じゃないの。選ばれた私たちだけに許された、特別なお仕事ですわ。 大変ってほどじゃないけれど、とっても市場価値があるって、そう思いません?」


 イヴァンカが言わんとすることを、私は辛うじて理解できた。しかし、理解すればするほど、底知れぬ嫌悪感に襲われる。私は、完全に言葉を失った。目の前で繰り広げられるのは、人権を冒涜する、おぞましい現実だった。私がこれまで信じてきた倫理観、道徳観、人間性といったものが、がらがらと音を立てて崩れ落ちていく。生命は、そんなにも安易に、ある特定の目的、一定価値基準のために効率的に生産されるのか? 人間の尊厳は、いったいどこへ行ってしまったのだろうか?

 そう考えていると、私はふと脳裏に、ガラス越しに目が合った、あの女性の顔が鮮烈に蘇った。体を震わせながら、何かを必死に訴えようとする、あの悲痛な瞳。彼女は、この絶望的な状況を、一体どのような気持ちで受け入れているのだろうか? 本当にこの状況を理解しているのか?彼女の心の奥底には、絶望と諦めだけでなく、ほんの僅かでも、希望の光や、抵抗の意志のようなものが、まだ残されているのだろうか?

 私の頭の中は理解が追い付かず、いてもたってもいられなくなり、まるで逃げるように隣のエヴァンカさんに告げた。


「イヴァンカさん、すみません、少し……外の空気を吸ってきます……」


 イヴァンカは顔色を見てくれたのか、何かを悟ったように小さく頷いた。私は、返事もそこそこに、足早に部屋を飛び出した。


「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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