第17話 決められた人④
~8年前~ D.C.2247年 23期 下旬 昇恒6時00分
天候:曇り
冬。私は夢から目覚めると、そこはいつもの私の部屋だった。窓ガラスは凍り付き、外は冬の凍てつく寒さなのだろう。しかし、年中温度と湿度が完璧に管理された部屋の中では、その寒さを全く感じさせない。心地よいはずのその環境に、拭えない違和感が全身にまとわりつく。私はどこかおかしいのだろうか。そう思いながらいつものルーティンをこなし部屋を出ると、いつもと違う違和感に気づいた。少し頭を巡らせ、私は理解した。いつもなら真っ先に私に声をかけてくれるはずのⅪがいないのだ。
私は疑問に思い、隣にいるⅥに尋ねる。
「ねえ、今日はどうしてⅪがいないの?」
すると、Ⅵは明るい声で答えた。
「Ⅺは多分、上納されたんだと思うよ! 羨ましいな~、私たちも早く上納されたいよね」
上納。それは、私たちも詳しくは分からないが、この施設から出て、新たな活躍の場を与えられることを意味する。私たちもいつか上納されることを目指して、日々精進している。その報告を聞いて、羨ましい気持ちが湧き上がるが、気にしすぎると体内のコルチゾールが増加し、過剰なストレスとなってしまう。私は瞑想で行われるボックスブリージングを意識し、四秒かけて息を吸い、四秒息を止める。その繰り返しで気持ちを落ち着かせ、いつものように日々のジョギングに向かった。
朝食を終え、いつもの日課を過ごし、昼食の時間になった。ダイニングテーブルで、今日、私の隣には、三つ編みの黒髪のⅤが座り、目の前にフレモを展開させ、一緒にご飯を食べていた。
Ⅴが、ご飯を食べながらフレモをタブレット形にして私に見せながら言う。
「ねえ、グリーンちゃん見て見て!」
——……む!
彼女のいつもの私の言い方は気になるがとりあえず私は彼女が見せる画面を見た。地方のネットテレビ番組のようで、私たちと同じ年代の子供たちが、年に一度のサンカンビ(親が学校の授業を見る行事)とゆう行事に参加している様子が映し出されている。子供たちは、電子黒板に映し出された四則演算の計算問題の答えを、誰かに認められたいというように手を挙げ、当てられた生徒は元気よく発表していた。
——簡単すぎる……。
彼らが行っていた計算は、私たちが幼児カテゴリー、四歳頃で習う内容だ。なぜ彼女はこんな幼稚な授業の様子を見ているのだろう、私は少々疑問に感じた。
「こんなこと、やる必要ないよね。四則演算なんて、今や知能機関が高速でやってくれるし、時間の無駄でしょ、何やってんだかね……」
どうやら彼女は、同じ年代の子供たちを見下すことで優越感を得たいがために、この動画を見ていることを理解した。確かに、現代において四則演算の能力自体は、必要不可欠とは言えないかもしれない。しかし、足す、引く、掛ける、割るという具体的な行為は、数字だけでなく、私たちが抽象的かつ複雑な思考を構築する上で非常に重要な学習だ。無意識だろうが皆その学習過程を通過して来たのだ。そんなことも知らない彼女の知能レベルに、私は少々残念な気持ちになった。
すると、食事を終えたのか、彼女は立ち上がった。私は彼女を下から見上げる形になったのだが、いつもとは違う彼女の変化に心音が波打つ。胸のあたりが、少し膨らんでいることに気づいたのだ。私は少しの疑問と、ある種の予感を覚え、彼女に問いただした。
「Ⅴ……? その……胸、どうしたの?」
私の言葉に、Ⅴは一瞬きょとんとした顔をした後、何故かニヤリと笑って言う。
「ああ、これ? 普通に私の体が成長しているだけよ。それって人間にとって当たり前のことじゃない? いきなり質問してきたけどどうしたの?」
彼女の早い成長に、私は少しうらやましさを感じ、素直に心の声が漏れた。
「私もそんな風に早く曲線的な体型のグラマラスボディーになりたいな~~~てね」
すると、Ⅴは少し上を向いて考え込むような仕草をした後、再び席に座り、フレモを操作してある動画を見せてきた。
「じゃあ、この動画見てよ。少し面白いから」
それは、何かのファッションショーのランウェイの様子を映した映像だった。美しく、まさにボッ、キュ、ボンといったグラマラスな体型のモデルたちが、ステージ上で自身の容姿を観客に見せびらかしていた。
「これの何が違うの……?普通のファッションショーじゃない?」
「ふふっ、なぜ私がこんな映像を見せたか疑問に思うでしょう?Ⅶ、秘密を知りたい?」
彼女の言葉に興味を持ち、私は小さく、しかし力強く頷いた。何が語られるのか、期待と不安がないまぜになり、私の心臓を早鐘のように打たせる。
「実はね噂で聞いたんだけどね……実は、彼女たち……十歳前後の、私たちと同じくらいの子供たちなのよ。ビックリしたでしょ」
——……え⁈
彼女は、悪戯っぽく笑いながら動画を見せているが、私は、その映像に衝撃を受けた。私たちと同じ年代の子供たちが、こんなにも華やかに、そして、こんなにも大人びた姿で活躍していることに、尊敬の念すら感じた。しばらく茫然と映像を見ていた私に、彼女は近づき、耳元で囁くように言葉を続けた。
「それで彼女たち、どうやってこんな風に成長しているか、知ってる?」
「知らない、どうやって成長しているの? 大胸筋の筋トレとか?規則正しい生活とか?」
私は素直にその秘密を知りたいと思い、耳をそばだてて彼女の言葉に注目した。
「違う、違う、もっと単純で簡単なやり方よ。彼女たちはモデル専属の子供たちで、特別な薬を飲んで早く成長させられているらしいの」
——……え⁈⁈
私はその言葉を受け入れられず、ただ茫然としてしまった。しかし、すぐに私の知的好奇心が刺激され、彼女にさらに質問を重ねていく。
「——薬って……? どんな薬なの? 危険はないの? その特殊な薬どうやって手に入るの?」
「詳しいことは私にもわからないけど、体の成長を促進させるようなものらしいわ。危険性? それは……多少はあるかもしれないけど、それ以上にメリットが大きいんじゃない? だって、早く大人になれて、あんな風に綺麗になれるんだよ? それに……」
Ⅴは、そこで言葉を区切り、私の耳に口を近づける。
「早くお金を稼げるようになりたいじゃない。そのためには、少しでも早く、大人の体に近づいて、稼げるようになった方が有利でしょ? 子どもなんて、何も経済的に生産性を生み出さない、市場価値のない存在なんだからさ」
彼女の言葉は、私の心に深く突き刺さった。お金を稼ぐこと。それは、私たちにとって最も重要な目標の一つであり、生きていくために不可欠なことだ。しかし、そのために本当に薬を使うことが正しいのだろうか?私は、ふと、あの温かい夢のことを思い出した。夢の中の子供たちは、特別なことをしなくても自然に成長し、そして、皆幸せそうだった。
「でも……、それって、本当に……彼女たちの体にとって、良いことなの……?」
私の問いかけに、彼女は、少し不機嫌そうな顔になった。
「何言ってるの? Ⅶ 綺麗になって、世間の人からお金をもらえて、それで幸せになれるなら、それでいいじゃない。あなたは、そうなりたくないの? ねぇ、どうなの?」
「まあ、そうだけど……」
私は、彼女の言うことが正しいのかもしれない、世界はそういうものなのかもしれない、と彼女の話の内容を理解しようと早く鼓動する心臓を落ち着かせるため目の前にあるご飯を一気に口に運んだ。
~7年前~ D.C.2248年 14期上旬 昇恒6時00分 天候:曇り
夏。本来ならば、眩しいほどの強い日差しが地面に照りつけ、窓の外からは耳をつんざくような蝉の鳴き声が、絶え間なく聞こえてくるはずだ。しかし、この施設では、人間のストレスを増幅させるノイズは完全に遮断されており、外の世界とは隔絶された静寂が支配している。あの夢の中では、蝉の鳴き声さえもが、振動としてどこか懐かしい調べとなって窓越しに聞こえていた。その違いが、私の心に言いようのない違和感、まるで薄い膜が張り付いたような不自然さを生み出していた。
いつものルーティンをこなし、昇恒の授業が終わると昼食の時間だ。ダイニングテーブルのいつもの席につき、皆が食事をする様子をぼんやりと眺める。ありふれた光景のはずなのに、ふと、周囲の小さな変化に気づき、私は思わず息を呑んだ。
男子たちの肩幅は以前よりがっしりとし、腕には確かな筋肉の隆起が見える。女子の方は……視線を無意識に自分の胸元へ落とし、それからゆっくりと、柔らかな曲線を描き始めた級友たちの体へと移す。
——それに比べて、私は……。
思わず、胸の前で固く腕を組む。自分の未熟な体を隠すように背中を丸め、俯いた。心臓の上に鉛の塊でも乗せられたかのように重苦しく、浅く速い呼吸だけが繰り返される。肩が小刻みに震えているのが自分でも分かった。周りの楽しげな声が、まるで分厚い壁の向こう側のように遠く、くぐもって聞こえる。まるで、私だけがこの場所の時間から取り残されてしまったような、冷たい孤独感。それが焦燥感と共に、心臓をじりじりと締め付ける。
しばらく無機質なテーブルの板と自身の体を交互に見つめていたが、やがてゆっくりと顔を上げる。自分自身に強く言い聞かせるように、心の中で念じた。
——いや……私には誰にも負けない頭脳がある。この知性さえあれば、どんな世の中でもきっと生きていける。必ず……!
そうだ、と自分を奮い立たせる。今は未来への希望を胸に前を向き。まずは、目の前の食事に集中しようとした。
しかし、ふと席に着いて周りを見渡した時、いつもと違うことに気づいた。隣にいるはずのⅤの姿がない。しばらく来るのを待ったが、彼女は今日来なかった。いつも他愛ない会話を交わしながら一緒に食べる時間は、当時の私にとって数少ない心の安らぎだった。彼女の不在は、静かな食堂にぽっかりと空いた穴のように、私の心を寂しさで満たしていく
——いや、違う。
私は、込み上げる寂しさを振り払うように、内心で強く否定した。Ⅴは、きっと「上納」されたのだ。そうでなければ、ここにいない理由がない。彼女の不在は、悲しむべきことではない。むしろ、それは彼女にとって最高の栄誉であり、成功なのだ。喜ぶべきなんだ——彼女が新たな場所でその才能を発揮している姿を想像すると、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
嘆いている暇はない。私も彼女の後に続くために、もっともっと努力しなければ。いつか必ず、私も「上納」される。その強い決意を胸に刻み、私は目の前の食事に震える手を伸ばした。
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