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第1話 暗雲の中で③

 入学式の会場は巨大な戦闘機態や宇宙戦艦が収納される巨大格納庫で行われる。その様相はさすが軍施設だけに圧巻だった。倉庫なのにもかかわらず倉庫の入り口は車両の発射口も兼ねているため、見上げるほどの高さがあり、有事の際には地下に収納されるという、驚くほどの可変性と万能性を兼ね備えている。素材は特殊なフェムト・ユニット(フェムト・スケール自己組織化構造体)で構成されているのか、陽光に照らされ、金属光沢をちらつかせていた。

 正面から中に入るとさすがに今回は人が入るのか別の場所にある程度収納されているが、それでも修理中の戦闘機態が式典の邪魔にならないように両脇に精悍な姿で、まるで今にも出動できるかのように並べられていた。それぞれの戦闘機態は浮遊固定架台(フロースタンド) によって淡く青い液状体の中に固定されその周りを整備無人空中機(テックドローン)が周りを飛びながら特殊な光を機態向けて照射し、修理していた。僕はその間を歩きながら同じ部隊の固まりの後ろの席に座った。前方には、格納庫に特別に配置された式典用の壇上や椅子の数々が荘厳にかつ清冽に並べられている。座席の配列は所属する部隊によって分けられ大きく三つの部隊と一般学生向けの四部隊に分けられ、それぞれ前列がキャリア組、後列がノンキャリア組という二列に分かれている。僕が所属する一番大きな組織である空軍は一番左端に位置し皆が整然と座っていた。

 その隣に座る。ダークオリーブグリーンのジャケットを着ている集団はアメリア連邦国地上防衛機関 【Amelia Federation Ground Defense Agency 】。略称は頭文字からGDA(ガダ) または旧名から陸軍と呼ばれている。陸軍の隊員たちは、軍人特有の気風か、より実直で質実剛健な雰囲気を漂わせ、中には不敵な笑みを浮かべる者もいた。

 陸軍の隣に座るのがグレーのジャケットを着るのがアメリア連邦エリーゼ自治区防衛機関 【Amelia Federation Elise Autonomous Region Defense Agency】。 略称は頭文字からEARDA(エアルダ) または統合軍と呼ばれ、僕たちが今いる惑星エリシアの外側の惑星アレアの防衛を全般的に対応している。そのためか統合軍のメンバーは、多様な人種と顔ぶれで構成され、その多くが惑星アレアやコロニーの出身であることを伺わせる特徴を持っていた。

 そして一番右端の一般学生は黒いスーツに身を包んでおり、彼らの表情は、軍への道を志す者とは異なる、どこか自由への憧れと不安が入り混じったものだった。皆、様々な思いを抱えながら隣の生徒たちと会話したりし時が来るのを持っていた。

 ふと視線を左前方に向けると、イリアは、最初に会場へ向かった黒髪の女性とすっかり打ち解けているようで、普段見せないような柔らかな笑顔を彼女に向けている。列の端に目をやれば、青髪ショートパーマの青年がきょろきょろと周囲を見渡し、それを白髪の青年が軽く頭を叩いて咎めている。周りの友人たちなのか、彼らを取り囲むように立ち、楽しげに談笑する声がかすかに聞こえてくる。前列の彼らのあたたかな様子をぼんやりと眺めていると、頭が重くなるのを感じた。

 その違和感を拭い去るため、フレモで時間を確認すると、時計は昇恒十時を示していた。会場のざわめきは一層大きくなる。ここは私立や国立の一般的な大学とは違う、軍の大学だ。学生たちが落ち着かないのは、著名人やインフルエンサーが式辞に来るわけでも、特別なイベントがあるわけでもない。ただ単に退屈で、早く式が終わってほしいと願っているからだろう。しかし、その願いは叶わない。式典が始まると場は静まり返り、粛々と進行し、やがて新入生祝辞が始まった。


「新入生代表挨拶、東アメリア高等士官学校出身、ジャン・タイラー・ルーカス!」


 司会者の力強いアナウンスが会場に響き渡り、聞き慣れた名前が呼ばれた。その声に応えるように、ジャンは「はい!」と力強く返事をし、背筋を伸ばして壇上へと向かった。壇上へ続く通路を歩む間、彼は角を曲がるごとに、学校や軍の高官たちに丁寧に頭を下げていく。そして壇上に上がると、目の前にいる新入生やその保護者たちに向かって深々と一礼し、力強い口調で言葉を発し始めた。


『学長先生、教授陣の皆様、そして本日ご臨席の皆様。この度は私たちのためにこのような盛大な式典を開いて下さり誠にありがとうございます。この由緒ある学舎に、今、私たち新入生一同が立つことができたのは、ひとえに皆様の温かいご支援と、そして何よりも、私たちが生きるこの時代への深い使命感によるものと信じております。私たちは今、かつてないほど不安定な時代を生きております。昨年の二二期に発生したある地域での未知の災害では、数万人以上の死傷者が出ました。社会は激動し、世界は未曾有の難題に直面する中、私たちがこの場に集い、この由緒ある軍事大学の門を叩いたのは、決して偶然ではないと確信しております。本日、私たちは未来の安全と平和を構築するための、重要な第一歩を踏み出すのです……』


 彼の話す姿は、これまでに積み上げてきたであろう品性、ゆるぎない知性、豊富な経験、そして人が感じうる全ての優等感を、皆の前で表出していた。その姿を目の当たりにするうち、僕の身体はずっしりと重みを増した。やがて胸の奥から冷たい塊がせり上がり、胃の腑を掴まれるような感覚に襲われた。全身の血液が逆流するような、得体の知れない苦痛が広がる。だから自分の身を守るため、まるで遠くの星を眺めるかのように、彼の輪郭を曖昧なものとして捉えようと努めながら、かろうじてその声を聞き続けた。それでも体の内からこみ上げるものを抑えきれず、僕は自然と膝に手をつき、下を向いた。懸命に深呼吸し、感情を押し殺すしかなかった。


『——この学び舎は、厳格な規律と高度な教育を通じ、単に戦闘能力に秀でた兵士ではなく、守るべき人民の価値を深く理解し、それを実現するための卓越した知識と的確な判断力を持つ、真の指導者、兵士を育成する場です。私たちは、ここでの学びが、個人の栄達のためではなく、より多くの人々の未来に深く関わる重責であることを、改めて強く認識しております。世界情勢が緊迫の度を増す中、軍に入った私たちはただの傍観者ではいられません。この混迷を極める時代において、私たちは諸問題に果敢に立ち向かい、その解決への確かな道筋を示すことが求められています。国家、地域、そして世界の平和と安定に貢献するという、この崇高な使命を胸に、ここに集った全ての仲間は、困難を分かち合い、共に高め合う、かけがえのない同志、運命共同体です。これからの大学生活では、厳しい訓練と弛まぬ学問への探求を通じ、私たち自身の限界を押し広げ、新たな可能性を拓いていくことになるでしょう』


 その長い暗雲のような時間はひたすら僕の体を締め付け続ける。


『——時には、疲労困憊し、葛藤に苛まれ、挫折を経験することもあるかもしれません。しかし、それら全てが、より強靭で、より賢明で、そして何よりも人々のために尽力する、卓越した指導者へと成長するための、かけがえのない糧となると信じております。私たちは、これからの大学生活を通じて互いに手を取り合い、支え合いながら、未来への重責を果たすべく、決意を新たにいたします。最後になりますが、新入生一同を代表し、このような貴重な機会を与えてくださった全ての方々に、心より感謝申し上げます。この由緒ある大学の一員であることを誇りとし、日々の研鑽を怠らないことを、ここに固く誓います。そして、私たちはこの不確かな時代に、希望の灯、そんな存在になることを、皆様にお約束いたします。ご清聴、誠にありがとうございました』


 ジャンが語る話は、可もなく不可もない、無難な祝辞だった。一般的な大学であれば居眠りをする者もいただろうが、僕は彼の勉強仲間として、胸の奥にわずかな痛みを覚えながらも、なんとか平静を保ち、その言葉に耳を傾けていた。ただ、会場の生徒たち、特に一般学生たちは、長時間の着席に慣れていないせいか、落ち着かない様子でそわそわとし始めていた。「もうそろそろ終わりが近いのではないか」と、手元のプログラム内容を頻繁に確認したい衝動に駆られているようだった。しかし、ここは軍の大学。僕は軍の隊員として、場の空気を読み、ひたすら耐え忍び、粛々と時が過ぎるのを待つしかなかった。

 しかし、その願いは叶わない。司会の口から、思いがけない言葉が発せられた。


「続いて、新入生代表挨拶、西アメリア高等士官学校出身 ギアート・ジョーンズ」


 ——二人目……?今年はジャンと同点の生徒がいたのか?


 すると僕の疑問をよそに一人の生徒が「はい」と闊達な声を上げ、立ち上がり、壇上に向かう。その瞬間、空気が一変した。ざわざわとした、何かが起こりそうな予感が会場全体を包み込んだ。すると、待ちかねたように、彼の近くの席に座っていた一人の生徒が指笛をピューと鳴らし、「待ってました‼」と声を張り上げた。

 会場はどっと沸き、壇上にいるギアートという名の青年に一気に視線が集まる。それは先ほど前方の席で朧気に見たショートパーマのツーブロック、濃紺色の髪色をしたザ・陽キャと言わんばかりのスポーツ青年だった。彼は壇上に上がると、マイクをポンポンと叩いて状態を確認する。そして、いよいよ声を発した。会場の視線は、その声に吸い寄せられるように集中した。


『皆さんこんにちは初めまして、紹介に預かりましたように私はギアート・ジョーンズと申します。皆さんと出会った時はギアートと覚えておいてください』


 ——そのまんまじゃないか。


 どっと会場が湧いた。僕も久しぶりに定型文から始まらない式典でのあいさつは聞きがいがあり、思わず注目して聞いてしまう。


『どうも、どうも、改めまして、ここ最近、物騒な出来事が増えているけれど、僕たちは東西南北のそれぞれの士官学校で軍隊の隊員として必要なことを学ぶために多くの楽しいことや辛いことを経験してきました。僕はこの経験は必ず生きてくると信じています。これからの辛い出来事があろうと隣にいる仲間の顔を見よう。その友達も同じように辛い顔をしているはずです。僕だけじゃない私だけじゃないと思えれば、一人で乗り越えるよりも必ず大きな力が働いて乗り越えることが出来るはずです。僕の話はこれだけですが……あー、ほかに言うことはないかな、えーと……』


 ——ん、なんかおかしくないか。


 多少、言葉に詰まるのは理解できるが、彼の目線の焦点がどうもおかしい、普通ならば生徒の方を見るはずだが、なぜか彼は遠くの方をおぼろげに見ながら話してる。皆はそれに感づいているか少々疑問だった。


『——そうだ、会場にいる一般生徒の皆さんもこの大学に入るためにたくさん勉強してきたと思います。これから僕たち軍人も軍事以外の教養的な授業には顔を合わせることがあると思うので、その時分からないことがあったら、協力して授業を乗り越えましょう。そう、こちらも授業が辛いときは横にいる生徒の顔を見つめ見合えば授業を乗り越えられるでしょう。あ、でもそうすると授業が見えなくなるか……』


 またどっと歓声が沸くが僕は先ほどから彼の様子がおかしいことに気づいていた。彼の口はプルプルと震え今にも何か口走ってしまいそうな様子だった。


『最後に、新入生を代表しこのような貴重な場に立たせてもらえたこととてもありがたく思います……。この壇上から見渡す景色は壮観でした。私から見て奥に見えるのは、整備中の最新鋭戦闘機がずらりと並び、格納庫の奥には輸送機やの機影も見えます。VTOL(ブイトール)機NX―720 新型のNX―01A……いや、奥に見えるのはNX-01か。推進系の形状から判断するに、D型ではなくJ型、あるいはそれ以降の改修型なのか。機態番号は確認でないが、塗装の状態から最近配備された機態である可能性が高い。SF―1 XF―01 シルフィード- 高速機動に特化ものか?XFA―03 ヴァルキリー FFR―07 スピッド IFS―11かいやDかCかA、いやAかCかDか、BかDかEか、ⅩかYかZか、あ、ははは~~~~~~~~~~~~~~~~』


 完全に彼は平常心を失ってしまった。その様子を見て、彼の知り合いの隊員たちはけたけたと大声を上げ笑い始める。しかし、その他の聴衆、特に高官席からは、明らかな困惑と冷ややかな視線が注がれていた。司会者は口をあんぐり開けたまま固まり、場は一瞬にして混沌に包まれた。


 ——?


 すると、視界の端を一筋の人影が駆け抜けた気がした。周囲が騒然とする中、僕はよく目を凝らすと一人の青年が素早く彼の元へ駆け寄り、興奮のあまり目が渦巻いて、倒れそうになっているギアートを支えた。そして、彼が握っていたマイクに手を添えのだ。その瞬間、蠢いていた空気が引き締まった。周囲の視線が一斉にその人物に注がれるのも当然だった。

 明るく華やかな印象を与える、少しくすみがかった白髪、珍しい褐色の肌、そして見る者に安堵感を与える深緑の瞳を持つ精悍な青年は、人目を引く容姿をしていた。やがて彼は落ち着いた様相で話し始めた。


「私はギアートの旧友、ユージオと申します。私のギアートが少々取り乱してしまい、皆様には大変ご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。彼は幼少の頃より、機械類、特に精密な軍事兵器を前にすると、抑えきれない好奇心と興奮に駆られてしまうという、少々困った癖がございまして……。 本日も、この壮麗な式典の最中に、最新鋭の装備に目を奪われ、つい感情が先行してしまったようです。そのことで皆様の貴重なお時間を一時中断させてしまい、本当に申し訳ございませんでした。司会進行を務められている方々、どうかこの件はお気になさらず、このまま厳粛な式典の進行を続けていただけますと幸いです」


「あ、はい……わかりました……お言葉に甘えて……」


 進行役は戸惑い、ユージオと呼ばれた青年は役目を終えると、目が渦巻いているギアートを半ば引きずるようにして壇上から連れ出した。会場の喧騒は彼の一言で嘘のように静まり、再び元の静穏な空気に戻った。

 その後は、予定通りプログラムが進行していった。そして、式典は終盤を迎え、全員で大学の校歌を斉唱し、最後のイベントへと移っていった。


 大学の学長がステージ上に登壇し、話を始める。


「最後になりますが、このアメリア連邦国及びアメリア軍を創設した先導者エリオス様に皆で上部に掲げてある紋章に向い敬礼をして今年度の入学式を終わります。皆様、長時間の式典お辛いでしょうがご起立のほど、よろしくお願いします」


 式典も終盤を迎え、学生たちの間にはいくらかの弛緩が漂っていた。しかし、学長の言葉が会場に響き渡った瞬間、空気は一変する。まるで張り詰めた糸のように、場の空気が引き締まったのだ。男性達は崩れていた身なりを整え、女性達は髪の毛が崩れていないか確認し、中には手鏡を取り出し身だしなみをチェックする者もいる。そして全員が敬虔な面持ちで素早く立ち上がった。

 先導者エリオス。

 この御名は、この世界の暦にその御名を冠する先導暦(D.C.)という紀元が設けられていることからもわかるように、人類が農耕生活を営んでいた時代。突如として現れ、我々に多大な知識を授けてくださった存在だ。その教えは今もなお、連邦の法律や倫理観の根幹をなし、人々の生活に深く浸透している。これから人類が新たな段階へと進化し、宇宙に活動領域を拡大していくための道標を示してくださる、まさに神とも呼ぶべき御方である。今年は先導暦二二五五年。エリオス様は約二二五五年前に、現在のこのアメリア軍基地が位置するファラート州フォートヘリオス市。この地に、真なる神を保護する会(通称:真護会)を設立された。そして、今もなお、御自身の知識に加え、人類が生み出した新たなる知識をも管理し、導き続けてくださっている、神聖なる御方なのだ。


「敬礼‼」


 学長の厳かな掛け声が響くと同時に、皆は一斉にステージ上の、真護会の球体を包み込むような紋章へ視線を向け、指先をピンと伸ばして敬礼した。僕も急いで身だしなみを整え、遅れないようにその紋章へ向かって敬礼する。この瞬間、それまでどこか緩やかだった会場の空気が、一気に張り詰めた。まるで室温が急降下したかのような、鋭い緊張感が場を支配する。僕はこれまで数えきれないほど重要な式典に臨んできたが、どんなに気分が沈み、心が暗い時でも、いつもこの最後の一瞬だけは、式典のどの時間よりも強く会場全体がまるで一つの生命体になったかのように感じられるのだ。そして、それは僕にとって、とても特別で、心地よい高揚感を伴うものだった。


「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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