第16話 青年(リアン)の望み⑤
親族たちは、リアンを灰に変える焼却場へと向かった。その直前、以前リアンの家に行った時に出会った親族は僕に彼との思い出を語ってくれた。
「兄さんがあなたのことを話する時、いつも嬉しそうだったですよ」
「はい、あなたのこと、「いつも優しくていい人」って言ってました。本当に兄さんのことを思ってくださりありがとうございました」
そんな彼らの暖かい話を聞くたびに、乾ききっていた僕の心が少しずつ潤っていくのを感じた。
しばらくして僕は焼却場へ向かう彼らを見送ると、外の葬儀場のモニュメント前の段差に腰を下ろし、昔、祖父の慰労会に行った時のことをぼんやりと思い出していた。
まず、この国に「葬儀場」という専門の場所があることに驚いた。アメリア連邦国では、有名人の遺体は需要があれば様々な形で利用され、残された親族の遺産の一部となることもある。しかし一般人の遺体は、死ねば経済的な価値を失い、基本的に不要とされた。遺体は他の生き物と同様に腐敗するので、速やかに焼却場へと運ばれ、焼却して終わりだった。その後、慰労会が開かれたのだが、子供の頃の僕にとって、それは楽しいイベントだった。美味しいものがたくさん食べられ、多くの知り合いにも会える。会の後には、同じ年代の子供たちと一緒に遊びに行ける貴重な機会だった。U・S・A (ユニバーサル・スタジオ・アメリア)に行った思い出は、子供時代の唯一無二の記憶だ。それに比べると、この儀式はなんと重苦しい行事だろう。とても気が滅入る。
そして、なぜこの国の人々は、葬式という、時間も費用もかかる、一見無駄とも思えることを行うのだろう。以前、この国では死後の世界を信じている人が多いと聞いたことがある。証明されたこともないのに、なぜ信じられるのか。そんなことを信じるくらいなら、科学的に研究し、論文にしてエリオス様に報告すればいい。エリオス様の査読を通れば世紀の大発見となり、エリオス賞も夢ではないだろうに……。——そんな野暮な考えで気を紛らわせていたが、リアンが亡くなったという事実が、ただひたすらに頭の中をぐるぐると巡り、胸を圧迫する。ここに来て、生きる気力と活力を与えてくれた天使は、もういない。そのことが、僕の心を容赦なく突き刺し、引き裂くのだった。
地面を見つめ、そんな堂々巡りの思考に囚われていると、ふと隣に誰かが座る気配がした。横を振り向くと、以前リアンの世話をしていた、黒縁眼鏡の医者がそこにはいた。
「数日ぶりだね……シン君、だったかな」
僕はふと疑問に思い彼に質問する。
「——すみません、以前お会いしましたが、その時はお名前を伺っていませんでした。教えていただけますか……」
「アリスト・ベネットだよ。改めてよろしく」
なぜ彼が僕に近づいてきたのか分からなかったが、彼はとりとめもなく話し始め、その言葉に重要な意味を感じ、注意深く聞くことにした。すると彼は思いもよらない行動をした。
「まず君には申し訳ないことをした。本当にごめんなさい」
アリストさんは深く頭を下げ、謝罪したのだ。僕は彼の突然の謝罪に驚きながらも、彼は言葉をつづける。
「実は、シン君。本当は……私は医者であると同時に、リアンの生活面のサポートもしていたんだ。それで……私らはリアンの病気のことを、君に隠していたんだ。私はメンタルの専門ではないから、エアリアさんに彼の精神的なケアを任していて……そんな時、エアリアから、リアンと同年代の君の存在を聞いてね。リアンは喜んでいたけれど、君に病気のことを知られたら悲しむだろうと、秘密にすることにしたんだよ……」
——そうだったのか。だからリアンは自身のことを一切話さなかったのか……。
だが、今思えば、会うたびに彼は痩せていった。あの時、自分のことばかりでなく、もっと彼の変化に気づき、寄り添うべきだった。しかし、そんなことは後の祭りだ。そんな後悔の波にのまれる僕に、アリストさんは言葉を続ける。
「君のことエアリアから少し聞いていたがここに来る前は、どこにいたんだい?」
「アメリア連邦国の軍にいました」
「そうなのか……実は、リアンもアメリア連邦国の東アメリア高等士官学校に通っていたんだ」
——そうだったのか……!
まるで僕を導く救世主のように思っていた彼が、実はすぐそばにいた。その事実に、妙な親近感が湧いた。
「リアンのお父さんは外交関係の仕事で、エリシアとアレアを行き来する転勤族だったんだ。幼い頃は彼はアレアに住んでいたけれど、中学生になってアメリア連邦国に移り住んだ。そこで、幼い頃からの夢だった宇宙に関わる仕事に就くため、アメリア軍の士官学校に進んだ。そんな時だったんだ、リアンを病魔が襲ったのは……」
——だから彼は、あれほど宇宙に憧れていたのか……。
僕は納得した。
「彼は幼い頃から持病があってね。正式名称は多因子性遺伝性悪性腫瘍症候群。簡単に言うと、細胞分裂の際にエラーが起こる確率が、他の人より格段に高いんだ。だから、外部からの要因で、遺伝子に傷がつきより癌になりやすい。それに、体調の浮き沈みがとても激しい。いつ死んでもおかしくない病気なんだ。それはそれは最初は、ご両親もリアンが宇宙で活動することに反対していた。宇宙放射線で癌のリスクが高まるからね。でも、彼は夢を諦めなかった。ご両親もその熱意に心を動かされ、彼自身の人生を、できる限り自分で決められるようにと、後押ししたんだ」
彼の生い立ちを初めて知り、僕は自分がいかに恵まれているかを知った。
努力できることが当たり前で、行きたい場所へ行けることが当たり前。そんな恵まれた現実を顧みず、キャリア組に入れなかっただけで、社会から捨てられたと絶望していた自分が、ひどく幼く、無知だったと思い知らされた。
「けれど彼の持病が悪化して、今年の一期に学校を辞めて、お父さんの実家であるここ、イオニア県ダノン市に来て、私の治療を受けるようになったんだ。アセンションセルには富裕層しか入ることは叶わないし、抗がん剤はもう利かないから、ケア治療に専念するため、彼に残りの人生を楽しく生きてほしいから、できる限りの行動は許可するようになった。そして、そうこうしているうちにしばらくして、君と会うようになった。
私は、なるべく外出せず、直射日光を避けるように言っていたんだが、彼は『彼が待ってる』と言って聞かなくてね。何を言っているのか分からないが、仕方なく彼の言う通りに連れて行くと、そこにはいつも君がいたんだよ」
——僕はリアンを待つためにいたわけではないが……?
僕はアリストさんが言った発言に一抹の疑問を抱くが、そんな僕の心持は構わずアリストさんは話を続ける。
「リアンは、君と会うようになってから、以前にも増して生きることに貪欲になったんだ。君と話している時の彼は、まるで病気のことを忘れたかのように、未来の話をよくしていたよ。『シン君と一緒に、いつか宇宙で働きたい、活動したい』とも言っていたんだ」
「そんなある日、何故それほどシン君に執着するのか、私は疑問に思って『そんなに特別な人なのかい?』と尋ねたことがあるんだ。するとリアンは、少し考えるようにして、こう言ったんだ。
『うーん、難しいね。どう表現すればいいのか分からないんだ。でも、何か熱意というか、情熱というか……そういう “志向性”みたいなものを何故か感じるんだ。それで、そこに向かって行くと彼がいつもいるんだ。そんな彼と話していると、温かい気持ちになって、時間さえ忘れてしまう。だから、シン君が悲しんでいたり、落ち込んでいたりする時、どうしても自分の心の中にある「強烈な熱量のようなもの」を分け与えたくなってしまうんだ』ってね。
理由は分からないがそれほど、君はリアンにとって大切な存在だった。それを君に伝えたかったんだ」
——そうだったのか……。だから、あんなにも僕を大切に思ってくれていたのか……。
彼の話を聞くうちに、僕がいかにわがままで、リアンの気持ちを考えていなかったか。あの日、コロニーでの別れの時、もう少しリアンの気持ちに寄り添ってあげられたならば……と心臓が痛むほど後悔の念が溢れて、張り裂けそうだった。
リアンは最後の最後まで不思議な人だった。僕は彼に愛されていたこと、そして、その存在を失ってしまったこと。様々な感情が胸に迫り、熱いものが体の底から込み上げ、涙が溢れるのを素直に受け止めようとしていた。
しばらくの沈黙の後、僕は冷静さを取り戻し、ここに来てからずっと感じていた大きな混濁。それをアリストさんにぶつけてみた。
「アリストさん……」
「何だい……?」
「アリストさんは、死後の世界についてどう思われますか? 僕はここに来て、アメリアとの考え方の違いに驚いていて……。こちらの国では、人が死んだらどこかに行くって、信じられているみたいですよね。天国とか、そういう場所が本当にあるのか、気になってしまって……」
アリストさんはしばらく考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「私は医者だから、科学的な観点から物事を判断しなくちゃいけない。私個人の考えとしては、無いと思っているよ。人間が死ぬということは、脳の信号が完全に停止するということ。今、僕らが考え、言葉を理解し、世界を認知しているのは、全てこの脳の働きによるものだ。だから、医学的には、死んだら何も無い、ということにはなるね」
——やっぱり『無』になってしまうのか……?
そんな落胆する僕を見てか、アリストさんは言葉を続けた。
「でもね、科学的に証明されている現象というのは、人間が文字や数字を使って定量化して、再現性があることを証明できて初めて『科学』になるんだ。だから科学的に証明できないものは、オカルトとかスピリチュアルといった言葉で一括りにされてしまう。人間は、根源的に未知な物や理解できないものに対して恐怖を感じるから、葬式という儀式やお祈り皆で集まってすることで、その不安を鎮めようとする。超越的な存在を信じることで、心の平安を得ようとするのは、ある意味で人間にとっては自然なことなんだ。でも、科学者は、その『分からない』という領域にこそ挑む。存在するかしないかさえ定かでないものを、何とか人間の理性と技術で解き明かそうとする。だから、科学者の結論としては……『分からない』が正しいんだ。科学的なことはエアリアさんが知っているはずだから、また聞いてみるといい。自分でも調べてみるのも良いしね」
アリストさんとの会話は終わり、結局、正確なことは分からなかった。死んだ後、『無』になるのか、天国や地獄があるのかは分からなかったが、ただ、リアンが死んだという事実、もう僕を包んでくれる存在がいないということが、僕の歩みを遅くし、帰宅の途につかせた。
アリストさんは最後に「また、困ったことがあったら連絡してくれ」と連絡先を教えてくれはしたが、それだけでは、僕の心の中にある暗雲を取り除くことはできなかった。ねっとりと肌にまとわりつくような蒸し暑さだけが、僕の心の模様を写し出し、ただ、エアリアさんの車に向かう足だけが重かった。
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