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第16話 青年(リアン)の望み④

 ~リアンの死から二日後~


 今、開いた車窓から見る空は、まるでリアンが天で微笑んでいるかのように、雲一つない快晴だった。その眩しい青空の裏側で、ねっとりとした湿気が肌に張り付く。それは、僕の心の内を映す淀みのようだった。まとわりつく湿気が体全体を覆い、着ている服を脱ぎ捨ててしまいたい衝動に駆られる。

 それでも、今日はリアンの葬儀に参列する。初めて経験する「葬式」という儀式。リアンが死んで『無』になってしまったという喪失感に比べれば、この蒸し暑さも、慣れない儀式への緊張感も、取るに足らないものに思えた。

 息苦しいほどの悲愴感と、全てを投げ出してしまいたいほどの無気力感が、胸の奥底で鉛の塊となり、呼吸を浅く押し留める。エアリアさんの運転する車に揺られながら、僕はただ、窓の外を流れる日常の景色をぼんやりと眺めていた。

 この国で行われる「葬式」という儀式。それはなんと暗く、陰鬱な行事なのだろうか。僕は小さいときに父方の祖父を亡くした。その際の式典では、皆、故人との思い出が詰まった服や、思い思いの明るい色の服を身に着けていた。それは、死の悲しみを少しでも和らげ、故人の生きた証を明るく讃えるための一つの方法だった。

 しかし、この国の『葬式』は違うと言う。黒一色の喪服に身を包み、厳粛を強制する雰囲気の中で故人を悼むと言うのだ。それはまるで、悲しみを増幅させ、死の重みを魂に深く刻み込むための儀式のように感じられ、僕は良い気分になれない。葬儀には厳格な身なり、マナー、礼儀作法があるらしく、出発前、エアリアさんから基本的な作法を教わった。慣れない作法への緊張と、混乱した思考が絡みつく湿気のように頭を重くする。車窓を流れる景色はいつもと変わらない日常を映しているのに、僕の心は、鉛のように重く、無気力に沈んだままだった。



 黒い幕のかかったこじんまりとした葬儀会場に着くと、リアンの親族が受付の前で、沈痛な面持ちで参列者を出迎えていた。僕の知り合いは全員来ており、皆黒い服の人々が静かに列をなし、僕もその中に並ぶ。この場では誰もが押し黙り、時折、すすり泣く声が微かに漏れるだけだった。

 受付で名前を告げると、リアンの母親が僕にハッと気づき深々と頭を下げる。

「以前来ていただいたリアンのお友達ですね。遠いところ、ありがとうございます」と、掠れた声で彼女は言う。その言葉に、胸が締め付けられる。返す言葉に詰まり、代わりに深く頭を下げた。

 エアリアさんが、飾りのついた袋を渡し、記帳を済ませると、僕らは会場の中へ案内された。祭壇には、穏やかに微笑むリアンの写真があり、白い花々に囲まれている。その下には縦長のリアンの死体が入る箱。手前には緑の棒の先が赤く燃え、そこから立ち上る煙の落ち着いた香りが漂い、厳かな空気が満ちていた。

 僕は指定された席に座り、リアンとの思い出を静かに辿った。湖畔での出会い、共に過ごした日々、そして、あの夢の中での別れ……。記憶が走馬灯のように駆け巡る。


「——深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色……」


 やがて、スキンヘッドの祈祷師による独唱が始まった。低く響く声が、重々しく広がる。会場に広がる。意味は分からなくても、その深く単調な音色は僕の心を深く揺さぶった。

 独唱が終わると、参列者が順々にリアンの棺の前へと進み始めた。僕も前の人に倣い、緑色の細い棒が燃えている台へと進む。ふと見上げると遺影の中のリアンは、まるで花が咲き誇る様に、僕を笑顔で見つめていた。


 ——リアン……。


 心の中で名前を唱え、深く息を吸い、その緑の棒を一本、砂のようなものに立てた。白い煙が立ち上り、見よう見まねでそっと手を合わせた。

 席に戻ろうとすると、隣に座っていたエアリアさんが僕の事を心配してか「大丈夫?」と、心配そうに声をかけてくれる。僕は小さく頷き、「ええ、大丈夫です」とだけ返した。

 その後、親族代表の挨拶があった。リアンの父は、涙をこらえ、息子との思い出を語る。その言葉一つ一つが、胸に突き刺さる。どれほど彼が愛されていたのか、その存在の大きさを、改めて思い知らされた。

 葬儀が終わり、遺体を焼く時が来た。箱の中のリアンは、血の気が引き青くなっていたが穏やかな表情を浮かべていた。しかし、それはもう生きた彼ではなく、有機物の塊。つまりただの“物”になってしまったのだと、改めて目の当たりにした。

   人間は不思議だ。他の生き物を殺し、物として食べ、その死に神聖さを見出すことはない。それなのに、人の死体だけを神聖視する。その矛盾が理解できず、僕の心はただ、この儀式の重みに押し潰され、ただ、目の前で起きていることを呆然と見つめていた。


「リアン、さようなら……」


「もう一度、会いたいよ!」


 皆、リアンが眠る棺を見つめ、思い思いの言葉をかけている。中には泣き叫ぶ人もいる。ライアンなんかは『物』に抱き着いて泣きわめき、会場スタッフに注意さえもされていた。


 ——何を言っても届かないのに……。


 そう思いながらも、もう二度と彼の笑顔を見られない現実を思えば、もう一度会いたい、言葉を交わしたいと願う皆の気持ちも理解できた。ただ彼が死んだという現実が、改めて胸を締め付ける。彼が『無』になったという事実だけが、重くのしかかる。 会場を出ると、外はまだ明るく、日光が妙に眩しかった。僕は空を見上げ、深く息を吐き出した。


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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

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