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第16話 青年(リアン)の望み①

~23期 中旬~ 昇恒11時7分  

 天気:曇り


 夏真っ盛りだというのに、空は厚い雲に覆われ、まるで僕の心模様を映し出すかのように薄暗い。気温はそれほど高くないのに、胸の奥底に渦巻く焦燥感が、じっとりと汗を滲ませる。心は晴れやかとは程遠く、鉛を飲み込んだかのように重く、深い絶望の淵へと沈んでいた。

 優しいリアンが、僕の前から姿を消してしまった。まるで、夢のように突然現れて、そして、あっという間に消え去ってしまった。まさか彼が『無』になるなんて、考えも、想像すらしていなかった。ただ、その事実が、鉛の塊のように僕の心を圧迫し、思考を混濁させる。絶望感と悲愴感が濁流のように混ざり合い、僕の心は深い海の底へと沈められていくようだった。

 リアンと別れてからの一週間、僕は抜け殻のように過ごしていた。何か体のどこかに置き忘れてきてしまったかのように、何もやる気が起きない。ただ、エヴァンさんの自宅の部屋に引きこもり、薄暗い天井を見つめ、時間だけが過ぎていくのをぼんやりと感じていた。

 僕とリアンは、初めて会った時から、不思議な繋がりを感じていた。言葉を交わすたびに、彼の優しさ、温かさが、春の陽だまりのように、僕の凍てついた心を溶かしていくのを感じていた。僕が悩み、苦しんでいる時に、彼はまるで天使のように現れ、その優しさと、深い洞察力に満ちた言葉で、僕を包み込んでくれた。それなのに、僕は、彼のことを考えずただ彼からの庇護に頼りっぱなしだった。彼自身が苦しんでいたのにも関わらず、自分はその事実を察してあげることが根本的に出来ていなかった。それに連絡先を聞くことさえ忘れていた。あの時、もっと彼と話していれば、何かを変えられたのだろうか。もう少し彼の身になって話を聞いてやればああはならなかったのか。後悔の念が、波のように押し寄せる。

二週目に入ると、僕は自らに鞭打つように、リアンのことを無理にでも忘れようと努めた。どうにか重い腰を上げ、エヴァンさんの農地で無心に土を耕し、あるいは湖畔でキャンバスに向かい絵筆を走らせ一時でも気を紛らわせようとした。


 だが、無理だった。 


 土の匂いを嗅ぎ、風の音に耳を澄ませ、キャンバスに色を重ねても、心の奥底にぽっかりと空いた穴は埋まらなかった。リアンの笑顔が、優しい声が、ふとした瞬間に脳裏に蘇り、僕の心を締め付ける。しばらくの煩悶の後、自分の心がどうにもならないのなら、対象の環境を変えるのが得策だと試案した。僕はどうにかしてリアンの病気を治す手段があるはずだと何日も不眠不休でデータアーカイブを漁り、絶望的な論文の山の中から、ようやくその奇跡的な可能性を見つけ出した。——富裕層が使う特殊なアセンションセル。簡易型とは違い富裕層が使う特殊なそれに長期間入るとすれば、遺伝子疾患であろうと、なんだろうと細胞のリプログラミングによって数期で完治する可能性もある——そのわずかな希望だけが、僕の心の灯火となっていた。

 そして、昨日。どうしてもリアンの安否が気になり、居ても立ってもいられなくなった。それは以前の彼との会話から、リアンがエミュエールハウスに何度も通っている。そのことを彼が言っていたのを思い出したからだ。あの時、彼はいつもエアリアさんに用事があると言っていた。僕はその言葉を信じ、藁にも縋る思いで、急いでエミュエールハウスへ向かった。



 エミュエールハウスに着くと、エアリアさんは、僕の突然の訪問に驚きながらも、静かに話を聞いてくれた。しかし、彼女は、リアンから「自分の居場所の事は誰にも言わないで」と言われている、と告げた。確かに、カウンセラーとして個人のプライバシーを守るのは当然のことだ。そのことは、僕にも理解できた。

それでも、僕は諦められなかった。ここで諦めたら、一生後悔する——。そんな確信があった。だから僕は絞り出すような思いでエアリアさんに懇願した。


「エアリアさん、お願いします!リアンがどこに住んでいるかだけでも教えていただけませんか以前、彼がここに通っていると聞いていたので、たぶんですが……きっとこの家の近くに住んでいるはずなんです。どうか、どうか教えて下さい!僕は、あのときのままでリアンと別れたくないんです!お願いします!」


 切羽詰まった僕の言葉を聞き終えると、エアリアさんはゆっくりと目を閉じ、深く考え込んでいた。その表情には、激しい葛藤の色が浮かび上がり、僕の胸にも痛いほど伝わってくる。しばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと瞼を開け、僕の目をまっすぐに見つめ、静かに、しかし強い決意を込めた声で呟く。


「——仕方ないわね……。リアンの住所はイオニア県ダノン市#$Ω5番地よ。あなたの焦る気持ちは痛いほどわかるけれど、リアンの家に着いたら、家族もいると思うからどうか冷静な態度で接してあげてね。今、彼がどのくらいの症状だか分からないから……」


 その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた僕の心に、暗闇を切り裂く一筋の光が差し込んだような気がした。僕はあるはずの小さな光に向って走り出した。



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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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