第15話 ロミとエリオット⑥
僕らの宇宙体験は、こうして静かに終わりを告げた。エリオットは「急な用事ができた」と、どこか寂しそうな声で言い残し、足早に帰路につく。別れ際、ちらりとロミの方を見、「ロミによろしく伝えてくれ」と、少しだけ強張った表情で言い添えた様子が、なぜか心に引っかかった。
僕たちは時間通り一時間で集合し、今度はエヴァンさんの先導で再びエアロックを抜け、重力に安堵しながら準備室へと戻った。宇宙服を脱いでいる最中、先ほどの、エリオットとの会話がまるで小さな棘のように胸に刺さったままで、拭いきれない苛立ちがじわじわと湧き上がっていた。そんな時、背後から明るい声が聞こえた。リアンが、期待に満ちた笑顔で歩み寄り、屈み込むようにして僕の顔を覗き込んだ。
「ねえ、シン君。久しぶりの宇宙、どうだった?」
——また、エリオットと同じ質問だ……。
まるで条件反射のように、さっきと同じ、少し投げやりな言葉が口をついて出てしまった。
「ああ、まあ、いつも通りの宇宙だよ」
「本当に?」
僕の素っ気ない返事に、リアンの笑顔がほんの少し陰った。僕の回答が予想外だったのだろうか、彼は眉をひそめ、少し語気を強めた。
「ねえ、本気で言ってるの?」
——……!
リアンは普段とは違う訝しむような、探るような視線に、心臓を掴まれた感覚を覚えた。何を言うべきか一瞬迷ったが、口をついて出たのはいつもの投げやりな言葉だった。
「う、うん。だって士官学校時代に何度も来てるし、別に変わり映えしないよ」
すると、その言葉を聞いた瞬間、リアンの目は信じられないものを見るように大きく見開かれ、さらに語気を強めて言った。
「もう、なんでそんなつまらないことを言うんだよ……?」
僕はまだエリオットのことが頭から離れず、彼の陰鬱な表情と、目の前の明るいリアンを無意識に比べてしまい、焦燥感にも似た苛立ちを覚えた。
「だって別に何もないでしょ、ただの真っ黒な空間だよ。よくそんなことで楽しいと思えるよね」
するとリアンは、まるで理解できないといったように眉間に深いしわを寄せ、僕に対して詰め寄るように、低い声で言った。
「僕は今日を、本当に指折り数えて、どれだけ待ち望んでいたか……! なんで、シン君はそんな恵まれた状況にいるのに、そんなにつまらなそうな顔をしているんだよ!」
僕は初めて見るリアンの険しい表情に、まるで冷水を浴びせられたようにハッとし、慌てて手のひらを前に差し出し、なだめるように言った。
「わ、悪かったよ、リアン。ごめん。僕はあまりにこの空間に慣れ過ぎて、君みたいに、純粋に宇宙に感動できるタイプじゃないんだ」
しかし、リアンの口から出たのは、抑えきれない怒りを孕んだ言葉だった。
「僕は別に、君が宇宙に感動するかどうかで怒ってるんじゃない! 僕は、やっとの思いで、いくつもの困難を乗り越えてチャンスを掴み、今日、ここに来たんだ! それを、君はそんな軽々しい言葉で、僕の熱い思いを踏みにじるようなことを言うんだよ! 君は自分がどれだけ恵まれているか、本当に、分かっているのか?」
——……!
リアンの、まるで僕の心を突き刺すような強い視線に、僕は思わず後ずさりそうになり、言葉を失った。彼の声には、明確な怒りだけでなく、その奥底に、これまで押し殺してきたであろう苦しみや悔しさのようなものが滲み出ているように感じられた。しかし、正直なところ、彼が一体何に対して、これほどまでに感情を露わにしているのか、僕は皆目見当がつかなかった。
「ごめん、リアン。本当にごめん……。でも、正直に感じたことを言っただけで……目新しいことはないんだ。何度も言うけど、僕は宇宙には何回も来てるから……」
その言葉を聞いた瞬間、リアンの瞳が、激しく揺れた。そして、今にも爆発しそうな激しい感情を押し殺した声で、何かを言い始めた。
「そうなの……でも僕の方も……ごめん、やっぱり何でもないよ……なんか僕の方こそ……ちょっと言い過ぎた……」
しかし、喉の奥で言葉が詰まったように、彼は口を固く閉じ、普段は淀みなく情熱的な言葉を紡ぐはずの唇を噛み締め、ただ深く瞼に重りを乗せた様な眼差しで地面をじっと見つめていた。重い沈黙が、僕たちの間に立ち込めていた。
降恒四時一五分。
宇宙服を脱ぎながら、宇宙服を脱ぎながら、僕は肺の上部にだけ空気が溜まったような、妙な居心地の悪さに急いで準備室を出ようとしていた。そんな僕の様子を見て、リアンが後ろからゆっくりと近づいてくる。何か言いたげだったが、今の僕には彼の言葉を受け入れる余裕すらなく、彼を避けるように歩いた。背後からトカゲの尻尾のようにとぼとぼついてくる気配に違和感を覚えた。
——なぜ、リアンはあの時僕に……。
頭の中を思考が渦巻いていた。先ほどまで低重力下では進みやすかったはずの道が、今はやけに歩きづらく感じた。
そんな思索に浸っていた時だった。宇宙体験の受付前に妙な人だかりができており、騒がしい様子が耳に届いた。何事かと近づき、人垣の隙間から覗き込むと、中央で異様な光景が繰り広げられていた。
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