第15話 ロミとエリオット⑤
「どうだい、久しぶりの宇宙は?」
「久しぶり」と言われても、訓練で宇宙空間に出たのは一〇期だ。
——十二期ぶり……か。
僕にとってはそんなに宇宙に来たのが久しぶりというほどでもない。正直な感想をエリオットに伝える。
「ああ、いつもの宇宙、って感じかな……」
「以前合った時も思ったが……君は、こういう場所に来ても、ちっとも楽しそうじゃないな……何かやっていてわくわくすることとかないのか?」
だって、本当に「何もない」のだから。昔の人間は、ルリス辿り着くまでに二期もかけたという。そんな時間と労力を費やして、この虚無に満ちた空間に何を見出すというのだろうかと僕は昔疑問に思ったほどだ。それよりも、僕はロミとの関係性が気になった。
「それよりも……ロミとはどうだったの?久しぶりの兄弟水入らずの会話は?」
エリオットは僕の言葉に視線を空に向け、少し考えるようにして言った。
「うーん、でも、あいつはやっぱり夢を見すぎだ。『宇宙には外側が絶対あるはずだ!』だの、『もっと宇宙で活動してみたい』とか……夢物語ばかり描いて、本当に馬鹿げてる。もっと現実を見なければいけない。宇宙がどれほど過酷で危険か、あいつはわかってない。私みたいにもっと真剣に、地道に勉強して、一つ一つ取り組んでいかないとこうやって宇宙空間で自由に活動できないのにな……。まあ、小学生を卒業して、中学、高校と世間にもまれれば、嫌でも現実ってものがわかってくるだろうけどね」
——もう少し、二人でしっかり話し合えよ……。
どうやら、今回だけでは彼らは完全にわだかまりが解けたわけではないらしい。無料チケットだがここまで時間をかけて弟が合いに来たのだから、兄ならば、少しはロミに譲歩してやってもいいのではないかと、やるせない思いを抱きながらエリオットを睨みつけたが、そんな僕の思いも空しく、彼はすぐに話題を変えた。
「それより……シン、君はこの先どうするんだ? まだ、レガリスに居候しづづけるつもりなのか? 大学の単位のこともあるだろう。一年次はオンライン授業も多少あるから、一般科目は何とかやりくりできるかもしれないが、二年次も同じ状況だと、本当に留年しかねないぞ。軍からの給料だって、授業料を全部賄えるわけじゃないだろうし、ご両親にだって心配をかけるんじゃないか?」
——……くっ!またその話か……。
彼は僕が目を背けていた問題点を突いてくる。避けられないと分かっていても、苛立ちがこみ上げ、つい語調が強くなってしまう。
「そんなこと分かってるよ。 本当に、どうしようもなくなったら帰る。……だから、今はもう少しだけ、こうして、ぐずぐずさせてくれよ……」
エリオットは僕の返答を咀嚼するようにしばらく沈黙し、それから何か話を続けるきっかけになる質問を思いついたのか問いかけた。
「それじゃあ、シンは、今はエアリアさんのところで何をしてるんだ?」
——なんで、エアリアさんの事知ってるんだ?
不意に出てきた言葉に一抹の疑問を抱いたが、あまり今は気にせず流れに任せ答える。
「ああ、今、僕はそのエアリアさんのところで臨時教員の手伝いをしたり、子供たちと遊んだり、エヴァンさんの農園で、少しだけ農作業を手伝ったり……。あとは、趣味で暇なときに絵を描いたりもしているよ、なんでそんなこと突然聞いてくるんだ?」
「いや、少し気になったから。さっきまで何も興味がなさそうな感じだったのに、シンでも何か興味あること、絵が趣味だったとは意外だな。で、どんな絵を描くんだい?」
「まあ、エアリアさんの所に行ってから始めたから、それほど上手くはないけれど……水彩で、人物画とか、風景画とか、色々だよ。それが、何か?」
「いや、もし今、ここで絵を描くとしたら、何をモデルにするのかな、と思って」
そう言われて、少しだけ考える。すると色々と妄想が膨らんでくる。
「ふふ、そうだな……。 宇宙を、もっと明るく描くかもしれないな。今見ると宇宙は実際はこんなに暗いけれど、図鑑とかで見る、望遠鏡で星の光を集光した写真みたいにさ。……って、なんで、そんなことを聞くんだよ?」
「いや、ただ、シンは自由時間があって良いなと思って。 私は小さい頃から、弟のために生活費を稼ぐのに必死だったから、そんな時間、まるで縁がなかったよ」
「それがどうしたの?自分大変ですよ自慢したいの?」
「違う、違う、そういうことじゃないんだ……あの……なんか毎日普通に暮していて……普段と変わった感覚とか……他の人と違ったような違和感を感じることがないかなって……?」
——なんだ、そのわけの分からない質問。
それは、僕も同じだ。社会に適応するため毎日、勉強漬けで、遊んでばかりいるような子供時代ではなかった。それよりも彼の取りとめもない質問の連続に、苛立ちが募り始めていた。なのでこれ以上聞いても意味をなさないと感じ僕は彼を無視するように、歩き出した。するとその背に、エリオットの声が追いかけてくる。
「おい、ちょっと待ってくれ、シン」
足を止める。振り返ると、エリオットは真剣な表情で僕を見つめていた。
「本当に、聞きたかったことを話すよ。もう一度聞く。なぜあの時、シンはH・ゲートが出現することが分かったんだ? それだけでいい、私に教えてくれ! いや、せめて何か、普通の状態とは違う変化は感じなかったか? 何か微妙な違いだけでもいいから、頼むよ!」
——やはり、本題はこれか。結局、僕のことを探るために、わざわざ呼び出したのか。
正直、僕にも、はっきりとは分からない。ただ、あの時、理由は分からないが、確かに何かを感じた。物理的なものか、心理的なものか、それすらも曖昧だが強烈な、ある種の「志向性」のようなものを感じたのだ。適当に答えて、早く解放されたい。そう思い、僕は立ち止まり、振り返って口を開いた。
「言えるのは……なんていうか……あの時、何か、得体の知れないものに、心と体、その……全体を押されるような感覚があった、それだけだよ。だから、エリオットは何か期待しているのかもしれないが、悪いけど、君の望むような答えは、僕には持ち合わせていない。もう、いい加減、この件で僕に付きまとうのは、やめてほしい」
エリオットは、僕の言葉をじっと聞き終えると、何かを諦めたようにゆっくりと目を伏せた。そして、顔を上げ、どこか安堵したような、少し穏やかな表情で僕ににこりと微笑んだ。
「……少し分かったよ、シン。また、機会があったら私に色々と教えてくれ。今日は、本当にありがとう」
——本当に、分かったのか?
狐につままれたような気分だった。本当にこれで終わりなのかと腑に落ちないものを感じながらも、今の僕に深く追求する気にもなれず、僕はただ曖昧に頷き、集合場所へと体を向けた。
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