第15話 ロミとエリオット③
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更衣室には、張り詰めた冷気が満ちていた。パイロットたちが、これから命懸けの空中戦闘へ出発する直前のような、張り詰めた緊張感。シンたちが宇宙体験に出発した後、エヴァンは言われた通り準備室で待機していた。やがて、エリオットが現れた。エヴァンは内心の焦燥を押し隠し、冷静な声で問いかけた。
「エリオット、何か用か? エアリアさんから連絡があったと聞いたが、詳しく教えてくれるか」
エリオットは重々しい表情で口を開いた。
「実は、以前シンに渡したチケットの件と、私のステラリンク接続番号の件なのですが……。どうやらエアリアさんは、事前に私の個人情報を把握されていたようで、そちらを通じて連絡があり、私に強い協力要請がありました。その内容は驚くべきことに、私たちアメリア軍が極秘裏に進めてきた研究に関わるもので、まだ不安定な要素が多く、本来は門外不出で慎重に取り扱うべきものです。しかし、今回ばかりは『どうしても、あなたの力が必要だ』と強く要請されまして。そこで苦慮の末、この状況を乗り切るにはエヴァンさんの卓越した技術力と知識が不可欠だと判断し、直接ご連絡させていただいた次第です」
エリオットは一呼吸置くと、エヴァンの目を射抜くように見つめ、言葉を続けた。
「具体的に申し上げますと。エヴァンさんのご自宅倉庫に、以前シンが使用していたNX-01A戦闘機動態が格納されているはずです。もし、エヴァンさんの卓越した技術力をもってすれば、その機態に我々I.F.D.O.の最新研究成果のアップデートが可能ではないかと判断したのですが……ご協力いただけますでしょうか?」
そう言うとエリオットは手にしていた、精密なデータチップをエヴァンに差し出した。エヴァンは受け取ろうと身を乗り出したものの、何か脳裏に浮かんだのか首をかしげ手を引いた。
「まずだな、エリオット。このデータで、一体何ができるんだ? ま、まさか、あの『H・ゲート』に対抗するためじゃないだろうな?」
エリオットはゆっくりと頷く。
「そうです、ご想像の通り『H・ゲート』への対抗策です。ですが……正直に申し上げますと成功の可能性は極めて低いと言わざるを得ません。エヴァンさんは退役軍人でいらっしゃいますので、そのステラリンクは軍の情報漏洩を防ぐ特殊設計が施されており、現在はエヴァンさんは軍の機密情報にはアクセスできないはずです。しかし……。今回は軍事秘密を特別にお教えしたいと思います。現状、我々アメリア軍が『H・ゲート』に対抗できる手段は、二つしか残されておりません。一つは、我々の軍の火力をもって、あの構造体を破壊すること。ですが、実体の掴めない対象に対してその行為はほぼ不可能でしょう。そしてもう一つは、構造物の上部に存在する異相空間へ侵入し、その空間を構成する根源的な何かを破壊する。その後者の、位相空間への侵入こそが、唯一、残された道だと我々I.F.D.O.は考えています」
エヴァンの表情は驚愕に染まった。しかし即座に思考を巡らせ疑問を投げかける。
「しかし、なぜシンなんだ? より熟練した隊員を投入し、人員を割いた方が、成功の確率は上がるんじゃないのか?」
エリオットは静かに首を横に振った。
「その理由としては現状、あの異常現象がいつ発生するのか、予測が全く立たないことなんです。発生予測の解析は我々が今、全力を挙げて行っていますが、今のところ有効なデータは得られていません。しかし、シンは以前、過去に一度、『H・ゲート』に酷似した現象に遭遇した際、奇跡的に回避に成功しているのです。あれは、ほんの一瞬の出来事でしたが……。彼ならば、何らかの未知の力を感知し、直感的に行動できるのではないかと、私は考えているのです」
「その『未知の力』とは、一体何だ? 詳しく教えてくれ」
「正直なところ、我々にも詳細は不明なのです。上司のウィンさん曰く、『真なる存在』に近しい存在でなければ感知し得ない力、とのことですが……。詳しいことは、まだ私にも分かっていないんです」
エヴァンは困惑の色を滲ませながらも、さらに問い詰めた。
「それでその位相空間に侵入できたとして、そもそもそんな核を形成するものがあるのか?そして、どうやって破壊する? まさか、物理的な手段で、というわけではないだろうな?」
エリオットは指先をぴんと立て、真剣な眼差しで答えた。
「前者は、様々な観測データから異常な重力波の集中点が確認されており、おそらく空間構造を維持する特異点、つまり核が存在すると推測されております。そしてその後の研究からその核の理論と形成した空間理論との双対関係であることが我々の研究から発見されました。なので今のところ大丈夫なのですが……問題は後者の方です。そこが、今回の最大の難点。H・ゲートの上部に存在する空間は、我々の物理法則とは全く異なる基礎定数で構成されている可能性が高い。下手をすれば、ただ侵入するだけで、存在情報そのものが瞬時に消滅してしまう危険性があります。しかし、フェムト・ユニットで形成されたあの機態には、量子バイオセンサーと超小型量子CPUがアーマーと連結されており、極めて短い時間ならば、人間の存在性を保てる可能性があります。その、僅かな時間こそが、今現在の我々の唯一の希望なんです。その少しの間に、我々が開発した特殊機能を用いて、対象空間の特異点へエネルギーを叩き込むしか、他に方法はありません! どうか、エヴァンさん、この計画にご協力ください! これは、人類の存亡をかけた、戦いなんです!」
エリオットの切迫した言葉に、エヴァンは押し黙り、深く思索に沈んだ。もし参加すればシンの身に、計り知れない危険が及ぶ可能性は高い。だが、もしシンが動かなければ、人類全体が破滅の淵に立たされるかもしれない。しばらくの激しい葛藤の末、エヴァンはついに決断を下した。右手を差し出し、力強く宣言する。
「分かった。協力しよう。俺がかつてアメリア軍に身を置いていた頃、良いことも悪いことも経験したが、今でも軍にはお世話になった人々がいる。彼らのためにも、君たちに力を貸そう」
「エヴァンさんありがとうございます」
二人は固く握手を交わした。準備室には、僅かながら暖かな空気が流れ込んでいた。
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