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第15話 ロミとエリオット①

~22期 中旬~ 降恒0時15分 

 天気:曇り

 場所:レガリス共和国家イオニア県アリエス市アリエス駅


「それじゃあ、エヴァン君、子供たちのことを頼むね。シンもちゃんと見守っててちょうだい。あとリアンも、体に気をつけて楽しんできてね。私はまだ用事があって行けないけれど、みんなで宇宙を満喫してきて! それじゃあ!」


「「じゃあね!」」


 子供たちは元気いっぱいの声で手を振った。エアリアさんは皆にそう言うと、微笑みながら車に乗り込み、エミュエールハウスへと戻っていった。

 夏のルミナは厚い雲に覆われ、空気は蒸し暑く重たかった。それでも、真夏の肌を焦がすような暑さに比べれば、まだ過ごしやすい恰好のお出かけ日和だ。僕たちはエアリアさんの運転する車に揺られ、やがて風格のある大きな木造建築のアリエス駅に到着し、そこで彼女と別れた。アリエス市の小中学校は既に夏休みに入っており、駅構内は夏休みを満喫しようとする親子連れで活気に溢れている。

 最近の僕はというと、小学校の臨時教師としての仕事も夏休みに入り落ち着いたため、平日はエミュエールハウスの子供たちと過ごす時間が増えていた。エアリアさんの家へはカウンセリングだけでなく、趣味の絵を描くために近くの湖畔を訪れたり、彼女の代わりにクレアやロミと一緒に料理のお手伝いをすることもした。

 今日、僕たちがここにいるのは、以前ロミの兄エリオットから譲り受けた宇宙体験チケットに記載された日付が明日だったからだ。そのため、今日中に首都ハイネセンへと移動する必要があった。今回、宇宙遊泳体験をするのは、衛星ルリスの裏側、ラグランジュポイント二に位置するカリスト・トーラスという名のコロニーだ。生まれて初めての宇宙遊泳に、子供たちは目を輝かせ、駅に入ると、慣れた手つきでフレモを手に改札ゲートをくぐり抜け、まっすぐにハイパーツークに乗り込んだ。指定された座席に着くと、リアンは僕の隣に腰を下ろし、微笑むようにこちらを振り向いた。


「本当に楽しみだね! シン君は楽しみかい?」


「——あ、ああ、楽しみだよ!」


 最近の僕は、これからどう生きていくべきか苦悩していた。リアンの言葉に上の空で返事をし、ふと窓の外に目をやった。 


「……」


 ガラスに映る血の気のない自分の顔がひどく頼りなく見えた。三日前、ライアンの子供の出産祝いパーティーで、これから一生懸命子供を育てていこうとする、若くとも父親らしい彼の姿に、僕は酷く心を揺さぶられた。それに僕の同級生たちも今頃、大学に通いながら未来の幹部になることを夢見て努力し自分の道を歩んでいる。それに対して僕は今現在、異国の地で頼まれた仕事をこなしているだけの生活。確かに、今の生活は面白い。空いた時間に絵を描いたり、クレアと料理を手伝ったりすることもできる。それはそれで楽しい時間だ。けれども、この時間がいつまで続くのか分からない。以前、ソフィー次席女王が言っていた。「できることをやって、少しずつ変わっていけばいい」と。確かに、大きく変わることはできない。だから、今の僕にできるのは、それしかないのかもしれない。これから僕はどうすればいいのだろうか——血液が少しずつ抜かれていくような感覚を感じながら、思案しているうちに、アナウンスが鳴り出発の時間が来た。僕は座席のシートベルトのボタンを押すと、ベルトは自動的に締まり、準備が整った。列車は、何か僕を導くかのようにゆっくりと動き始めた。


 降恒二時一五分 天気:曇り



「うぁー、すごい!」


「すげー!」


「へー」


 子供たちは、窓ガラスに顔を押し付けるようにして、口々に歓声を上げた。ハイパーツークの車窓には、息をのむほど壮大な光景が広がっていた。赤道直下の熱帯海域、ルミナの光を浴びてきらめく、サンゴ礁の水中世界。しかし、その美しさをゆっくりと堪能する暇はなかった。列車は驚異的な速度で水中にあるチューブ内を駆け抜け、景色は一瞬ごとに目まぐるしく移り変わっていく。色とりどりの熱帯魚たちは、まるで置き去りにされるように、あっという間に後方へと消え去り、巨大なサンゴの塊も、残像だけを残して遥か彼方へ消えていく。陽光が海面近くに差し込む場所では、水面が断片的な輝きを反射させ、車内は明滅する光に包まれた。僕たちが住むレガリス共和国家は南半球。これから向かうアメリア連邦国家の首都ハイネセンは、北半球のユーランディア大陸の極東に位置する。長い旅路の体感時間は実際よりも遥かに短く、僕たちは否応なく、アメリア連邦国の領域へと引き込まれていくようだった。

 クレアがふと指さす。


「あ、青い魚、綺麗……!」


 ロミも負けじと早押しクイズの回答者のように身を乗り出し言う。


「黄色いサンゴ、可愛い……!」


 スレイもいつもと違って本から目を上げ、流れる景色を目で追う。瞳には、瞬きのような感動が宿り、消えを繰り返す。それでも子供たちの瞳は好奇心で光り続け、車内は活気に揺れていた。リアンもまた、過ぎ行く景色に目を凝らす。


「もうすぐアメリア連邦国だね……」


 リアンの呟きは、車窓を流れる景色に吸い込まれる。僕もリアンと同様に外に目を向け、窓に映る無表情な自分を見つめ返す。胸奥の混沌はまだあるが、今は思考を止め、流れ去る美しい風景に意識を預けていた。

 その時、懐かしい耳慣れた女性のアナウンスの声が、僕を現実に引き戻した。


『まもなく、アメリア連邦国、ハイネセン中央、ハイネセン中央駅に到着いたします。お降りの際は、座席の周りや網棚の上など、今一度お確かめの上、お忘れ物なさいませんようお気をつけください』


 車内アナウンスは、耳に心地よい女性の声で、流暢な言葉遣いで繰り返された。アナウンスが終わると同時に、列車は緩やかに減速を始める。窓外の景色は、徐々に水深を浅くし、やがて眩い光とともに海面へと飛び出した。目の前には、天を衝くように伸びる宇宙エレベーターと、大きな岩のような塊に見える超高層ビル群のシルエット。それらが霞んで見え始め、同時に、高校時代に帰省して以来の久しぶりの首都に、僕は呼吸が少し深くなった気がした。


「そろそろ着くよ、シン君!準備しよう」


「あ、リアン、ごめんごめん」


 リアンの明るい声に、僕はようやく我に返り、慌てて立ち上がった。周りを見ると子供たちは既に、小さなリュックサックを背負い、待ちきれないとばかりに足をぱたぱたと踏み鳴らしている。僕もまた、静かに深呼吸を一つ、そしてシートベルトを外した。

 列車は、ゆっくりと、しかし力強く速度を落とし、巨大な駅構内へと滑り込んでいった。頭上には、巨大なガラスドームが広がり、陽光が明るく降り注いでいる。近代的なデザインの駅舎の中は、様々な人種の人々で賑わい、活気に満ち溢れていた。行き交う人々、そして、レガリスとは全く異なる、異質な熱気が、僕たちを包み込む。


 ——久しぶりの、ハイネセン……。


 胸の奥で、期待と僅かな緊張が入り混じった心臓の感覚を感じ、僕は子供たちを引き連れながら、列車から降り立った。

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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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