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第14話 明日への礎⑤

~翌日~ 降恒0時15分 天気:晴れ

 場所:レガリス共和国家イオニア県ダノン市 エヴァンさんの農地


 空は、まるで誰かを祝福するかのように熱く、しかし透き通るような青色を広げていた。真昼のルミナは、真上から煌々と輝き、地上の一切を照らし出している。しかし僕の心は、この空模様とは裏腹に、昨日から晴れないまま、どこかモヤモヤと鬱屈した気持ちを抱えていた。空には農業用のドローンが、本来の用途とは違う働きで、集まった人々に直射日光が当たらないよう、サンシェードを空中に展開している。エヴァンさんの農場の空き地には、少し短い草が生えそろい、その上に、結婚式会場を模した簡素な設備〜が設けられ、大勢の人々が集まっている。皆、悪目立ちしないように、ドレスや礼服ではなく、思い思いの普段着を身につけていた。エヴァンさんやライアンの両親はもちろんのこと、隣に住むレーアとその子供たち、そしてエミュエールハウスのロミ、クレア、スレイ、それにライアンと同年代らしき妹と弟も一緒になってはしゃいでいる。エアリアさんは、少し離れた場所から、皆の様子を静かに見守っていた。人々は、これから登場する主役の二人を待ち構えるように、それぞれ円形のテーブルを囲んでいる。

 そんな中、僕はこの日もただ唖然とし、ぼうっと立ち尽くしていた。まるで、この賑やかな空間から、一人だけ取り残されてしまったかのように。そんな僕の様子に気づいたのか、リアンがゆっくりと近寄ってきて、話しかけてくれた。時折、指の関節を気にするような仕草を見せる。以前よりも少し痩せたように見受けられるが、それを感じさせないほど、優しく、諭すような口調だった。


「どうしてシン君は、どこ吹く風、みたいにぼーっとして立っているんだい? 今日は、こんないい日じゃないか、もっと楽しまないと」


 僕はその言葉にハッとして、リアンに、今自分が抱えているうやむやとした気持ちを正直にぶつけた。


「なんだか実感が湧かないんだ。昨日まで友達だった子、しかも僕より年下の子が、子供を授かったなんて。僕の中学の同級生にも、そういう子はいたけど、それは、ある意味、本能のままというか……、後先考えずに行動した結果だと思うんだ」


 リアンは僕の言葉をじっくりと聞き、うーんと少し考えた後、こう言った。


「それは多分、シン君は、信頼していた友達に裏切られたような気持ちに近いんだよ。いつも僕にエネルギーをくれる、こんないい子が、できちゃった結婚みたいになっちゃったなんて……って。だから、その現実を受け止めきれなくて、そうやって思考停止していたんだと思うよ」


「——そうか、だからか……でも……」


 僕は、リアンの言葉に、ストンと腑に落ちるものを感じた。今まで自分でもよくわからなかった感情の正体が、ようやく見えた気がした。そう考えると、今まで胸の奥にしまっていた思いが、堰を切ったように溢れ出してくる。


「——でも、確かに嬉しいことなんだけど……一六だよ、一六! これからだって時に、どうして子供をもつんだろうか? これから責任をもって子供を育てていかなきゃならないんだよ。僕にはちょっと考えられないよ……。ライアンにはこれから未来があるんだ。高校、大学と進んで、有名な大学に入って、いい会社に就職するかもしれない。公務員になれば安定した仕事に就いて、定年まで勤め上げて、悠々自適な余生を過ごす……ああ、でもライアンは農家か、そうだった、高校に行って……」


 ——あれ、ライアンって高校に行ってたっけ? まあ、いいか。


「いや、例え農家を継ぐとしても……」


 ——別にこのままでも……。


 僕が心の中で揺れ動いていると、まるでそれを見透かしたかのように、リアンが口を開いた。


「うん、そうだよね。ライアンは農家の子だし、今から農家として生きていく道もある。でも、僕らが彼の事情を知って、どこか後ろめたい気持ちになるのは分かるよ。アメリアで生活していたシン君なら、なおさらそう感じるのは当然だと思う。僕らと同じ世代の多くは、進学や就職のためにお金や時間を使って、将来のための競争の準備をしている。でも、それって、先人たちが次の世代のために豊かな社会を築いて、余剰を生んでくれたからこそできることなんだよね。新しい命が生まれることで、また新たな豊かさの余剰が生まれて、社会は続いていく。確かに、若いうちに親になるのは、色々と大変なこともあると思う。でも、ライアンはこれから、人々の次の豊かさを生み出すことを決めたんだ。だから、僕たちはそれを応援するべきじゃないかな」


「……」 僕は黙って考え、言葉を紡ぎだす。


「——で、でもさ、ロミやクレア、スレイみたいに親に捨てられてしまう子も出てきて、問題になる可能性だってあるよね。そういう子供たちのことを考えると、僕はどうしても子供を産むことに疑問を感じてしまうんだよ……」


 僕はエミュエールハウスや、首都レガリアで親に見捨てられた子供たちのことを思い浮かべながら、素直な気持ちを打ち明けた。リアンは静かに、しかし力強く言った。


「確かに、多くの人がそう考えると思う「こんな厳しい経済環境に生まれるべきではない」、「将来の不確実性を考えると、子供を作るべきではない」と。でも、そうした悲観的な見方を持つ人達は、自身が享受している現在の生活水準が、決して自明の理ではないことを認識してないんだ。僕たちの快適な暮らしの背後には、高度に発達した社会的分業と、それを支える多くの人々の労働が存在するんだよ。本来なら、人間が生きていく上で個々に行わなければならない多岐にわたる生産活動は、貨幣という共通の価値尺度と交換手段の存在によって効率化されている。この貨幣システムを通じて、僕らを含め多くの人々がそれぞれの専門分野で働き、意識せずとも、私たち全員の生活に必要な様々な財やサービスを提供し合ってるんだよ」


 僕の思考はまだ堂々巡りをしていた。


「でも、そんな仕事じゃ稼ぎは少ないでしょ? 農家だって、技術は進歩したとは言え、大災害があれば一年の収穫がゼロになることだってあるし、安定しているとは言えない。それに比べて、会社員や、僕みたいな公務員になれば、組織から安定した収入が得られるから安心なのになんでそちらの方を選ばないのかな?」


 すると、リアンは僕の考えを諭すように言った。


「シン君が言うような公務員や社会人が行っていることの多くは、ある種の『正しさ』の争いなんだ。別に生きるのに必ずしも必要じゃない、既存の構造を維持するために存在している側面がある。でも、考えてみてほしい。もし皆が『正しさ』を争うことだけに夢中になっていたら、誰も生きていけない。農家がいなければ、僕たちは食べるものがなく餓死してしまう。兵士がいなければ、他国からの侵略に怯えなければならない。医療従事者、教師、エネルギー供給者、清掃作業員……数え上げればきりがないほど、多くの人々が僕たちの生活を根底から支えているんだ。これらの人々が生み出す豊かさという土台があって初めて、僕たちは何が正しいか、何が間違っているかと議論し、より良い社会を追求する余裕が生まれる。しかし、現代社会は一つの尺度——つまり貨幣——で物事を測るようになってしまった。そのために、多くの人は、生活の根本を支える人々の本来の重要性を理解できていないんだよ」


「でも、どうしてそう言う豊かさを生む人は、こんなにも低い給料なのか? それではお金を得ることが出来ず、食べていくことが出来ない人がいるのは、やっぱり僕には良く理解できない」


 するとリアンは僕の疑問を解消するようにはっきり言う。  


「本来、その問題を解決するための格差の是正は政府が主導してやらなければいけないんだけれど、残念ながら今の政治でさえできていない。ましてや己の保身のために活動をしている人が大半を占めている。だから現状では無理だろうね。大きく理由を二つ挙げると、一つは多くの人が自身の生命の存続が保証されている現在の世の中では、人々は資本主義経済の市場において、目の前の物ではなく先の欲求を満たすものを重視する傾向が強くて、必ずしも社会の根幹を支える仕事に高い価値を見出しにくいんだ。もう一つは、そういった社会基盤を支える仕事が、現代社会を維持する上で『当たり前の前提』として認識されてしまっているから、単純な市場原理だけではその貢献が適正に評価されにくいという側面もあるんだ」


 僕は困惑していた。社会を維持していくためにはたくさんの人が必要。けれど、今の時代はそのことが評価されない。それによってロミ、クレア、スレイみたいに困る人も出てきてしまうことに僕はしばらく考えてしまった。

「それじゃあ、エミュエールハウスのような境遇の人達が、社会の中で役割を持って働ける、生きていけるようにするにはどうすればいいんだろうか……」


 リアンは少し言葉を選ぶように言った。


「う~ん、その解決は難しい問題だね。極論的な解決策はあると思うけれど……。まず一つはある意味、簡単だよ。豊かさを取り除けばいいんだ。食料が食べられなくなる、社会が混沌とし、身の安全が保障されない世界を作ればいい。考えても見てよ、今の時代。少しずつそうなってきている兆候があるんじゃないか。もしH・ゲートが本格的に出現するようになれば、人々は日々の生活を生きることに必死になって、自分たちの正しさを主張し合う余裕なんてなくなるだろう。そうなれば、皆が食料や安全といった根源的な価値を再認識し、それを生み出す仕事の重要性も、いやが上にも理解するはずだよ」


 ——なんて残酷な解決策だろうか……。


 そう思いながら、僕はリアンの続きを聞く。


「そして最後、二つ目は、根本的に貨幣システムそのものを変えなければいけない。何を基準として人々がやる気を持ち、社会に貢献できるのか、そしてみんなが豊かさを享受できるのか、その評価軸、基準を変えるんだ。まあ、そのためには、僕たちはそんな制度を整える政党を作って選挙に勝って、政治に参加するしかないね」


「そ、そうだね……」


 結局どちらも無理そうなことがわかり、僕はさらに体が重くなるのを感じつつリアンと別れた。リアンに詳しく教えてもらったものの、僕の鬱屈とした気持ちは晴れないままだった。

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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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