第14話 明日への礎④
~22期 中旬~ 昇恒11時23分
天気:晴れ
場所:レガリス共和国家イオニア県ダノン市 スーパーマーケット内
巨大な建物の中、最上階まで吹き抜けた天井は遥か高く、そこをエスカレーターが絶え間なく上下に行き交っている。強力な冷房が空間全体を支配し、冷たいが、それを打ち消さんばかりに、大勢の買い物客たちの熱気が渦巻いている。人々はそれぞれ思い思いに、目当ての店やコーナーに吸い込まれては、商品を吟味し、満足げな表情でレジへと向かっていく。
僕とライアンは、エヴァンさんに頼まれ、ダノン市にある巨大スーパーマーケットに来ていた。農家では手に入らない食料や、様々な調味料、それに肉類などが底をつきかけており、それらを調達してくるように言われここに来ることになったのだ。
僕らはまず、食料品売り場から見て回ることにした。カートを押しながら売り場に入ると、商品は整然と、左回りに配置されている。一番奥、左手には、色とりどりの野菜や果物が、整然かつ彩り豊かに並んでいる。そしてそこから時計回りに、加工食品、肉、魚、乳製品、パン類と続いていく。料理好きになった僕の心は、それらを見るだけで高鳴っていた。
「ライアン、リストの確認を頼むよ。僕は、こっちの野菜を見ておくから」
僕は、重いカートに寄りかかりながら、ライアンに声をかけた。ライアンは、いつも持ち歩いているフレモを取り出し、エヴァンさんから送られてきたリストを慣れた手つきで確認する。普段エヴァンさんは、動物の餌のような味気ない食事ばかりを口にしている。僕はそんなエヴァンさんをよくあんな無味乾燥なものを毎日食べ続けられるものだ、と畏敬の念さえ抱いていた。そんな思考が頭を巡ると、なぜ今日に限って、こんなにも多く、まるで宴でも開くかのような食材を買うように指示されたのか、理解できなかった。そしてもう一つ、ライアンはなぜこんな面倒な買い物に、まるで子供のように目を輝かせ、わくわくできるのだろうか。ますます分からなくなってきた。
僕らはリストに書かれた食材を、順調にカートに入れていく。
「おっ、このトマト、真っ赤でおいしそうだね。エヴァンさん、トマト好きだったかな?」
僕は、熟したトマトを手に取り、ライアンに尋ねた。
「いや、特に好き嫌いは聞いたことがないだ。でも、どうせなら美味いもんを買ってった方が喜ぶんじゃないか?」
ライアンはそう言って、トマトの隣に並んでいた、小ぶりだが形の良いキュウリも指差した。
「これも一緒に買っとこう。サラダにでもできるしな」
僕は頷き、トマトとキュウリをカートに入れた。リストにはなかったが、エヴァンさんも喜んでくれるだろうそう期待する。
次に僕らは、肉売り場へと向かった。鶏肉、豚肉、牛肉と、様々な種類、部位の肉が並んでいる。
「エヴァンさんは、どの肉を買ってくるように言っていたっけ?」
僕は、肉の塊を眺めながら、ライアンに尋ねた。するとライアンは、フレモの画面を覗き込み、確認して言う。
「この、でっけぇ塊の牛肉だで。ちっと高いけんど、明日お祝い事があるもんで、少し高めでもいいんだと」
——そうなのか……。
だからこんなにいつもより多く食材を買うのか。しかし、明日はいったい誰のお祝いなのだろう。もしかしたらエヴァンさんは、僕の知らないところで彼女がいて、ひそかに付き合っていたりするのだろうか。いや、誰があんな不摂生なエヴァンさんと一緒に暮らしたいと思うだろうか。それは僕には無理だと直感した。確かに、身なりを整えれば、エヴァンさんは精悍な男になるだろう。ただ、くすんだ金髪に煙草は、一部の変わった女性にしか好かれないのではないか。それにしても、誰を何のために祝うのだろう。はっきりとはわからないが、少しだけ祝い事のためという目的が見えてきて、少し先が明るくなる。そうやって僕らは乳製品コーナーに入り、牛乳やその他パーティーで食べそうなものを、メモに従いカートに放り込んでいき、レジへと向かった。
レジには、僕らと同じように、たくさんの商品をカートに入れた客たちが並んでいた。レジ係のおばさんは、手際よく商品をスキャンし、会計を進めていく。
「次の方、どうぞー」
レジ係の声に、僕らはカートを前に進めた。
「お願いします」
僕は、カートの中身をレジ台に並べ始めた。ライアンは、フレモで支払い方法を確認している。
「すごい量ですね。何かパーティーでもされるんですか?」
レジ係の女性が、僕らに話しかけてきた。
「ええ、まあ、そんな感じです」僕は、曖昧に答えた。
「そうですか。楽しんでくださいね」
女性は、笑顔でそう言うと、残りの商品をスキャンし始めた。
「全部で、二千百三十万八千£(ルリス)になります」
——少し高いな。
ここにもアメリア連邦のインフレの影響がきていることを僕は感じるが、そんなことも気にせずライアンは、フレモをレジの機械にかざし、決済を済ませた。
「「ありがとうございました」」
僕らはレジ打ちのおばさんに軽く挨拶をし、エヴァンさんから借りたホバーバイクに乗り、帰ろうと踵を返した。しかし、ライアンが、「ちょっと他に買いたいもんがあるから付いてきてくれん?」僕の手を掴むと言い、僕らは上の階へと向かった。
着いたのは、色とりどりのおもちゃが所狭しと並ぶ、賑やかな子供のおもちゃ売り場だった。子供を連れた家族で溢れかえっており、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。ライアンの家族構成は知らないが、親戚か、年の離れた妹か弟にでもおもちゃを買ってあげるのかもしれない、と僕は思った。しかし、彼が足を止めたのは、0歳から一歳向けの低年齢層のおもちゃが並ぶコーナーだった。僕には遊び方がわからない、幾何学的な造形が施されたおもちゃを、ライアンは手に取り、レジに向かう。その顔は晴れやかで、足取りも軽い。僕は、ふと湧き上がった疑問を彼にぶつけてみた。
「ライアン、それ、誰に買っていってあげるの?親戚で生まれた子にでも?」
するとライアンは、明るい笑顔で、驚くべきことを言った。
「ううん、違うよ。今週生まれた、俺の子だよ」
——……‼えっ?へ?……今、何て……⁉
僕は聞き間違いかと思い、もう一度彼に尋ねる。
「——ごめん、聞き間違いじゃないかと思って言うけど、本当に、君の子供……?」
「何言っとるのさ。正真正銘、俺の子だに。だから、俺らはレガリアじゃ結婚できんもんで、代わりに明日、この間生まれた子の誕生祝いパーティーをやるんだわ。そのために、色々食料買っとるんだよ」
「……」
ライアンは、まるで世界で一番幸せな人間のように、屈託なく笑った。
僕は、ようやく、なぜこれほど大量の食料を買っていたのか、その理由を理解できた。しかし、それと同時に、ライアンの放った言葉は、僕の理解の範疇をはるかに超えていた。僕のその後の行動も、今日一日の記憶も僕は頭が追い付かず、どこか上の空だった。
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