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第14話 明日への礎③

 案内されたのは、こじんまりとした一室だったが、そこは格式高い人物の執務室であることは一目で分かった。両開きのドアを開けると甘さと乾きが混じった独特な空気感が、両側の壁にそびえる様々な書籍と共に僕たちを迎えてくれる。部屋の奥には、レガリアの都市を見渡せる大きな窓があり、その手前には、立派な木製の執務机が置かれていた。そして、その机の前に三人。以前、被災地での作業の際に挨拶を交わしたソフィー皇王女と先ほどの紫髪の秘書、そして同じく短髪の紫髪の大柄な男性が立って、僕らを待ち構えていたのだ。

 以前よりも近くで見る彼女の姿は、はっきりと僕の目に焼き付いた。スリムで背が高く、さらさらと流れる長い髪。どこか人を惹きつけるような、それでいて大人の雰囲気を漂わせる楕円形の顔立ち。薄いオリーブ色の肌。しっかりとした眉毛の下には、澄んだ青い、アーモンド形の瑠璃色の瞳。青紫のロングスリーブドレスと相まってその美貌は、息を呑むほどだ。ソフィーは、最初に小さな子供たちが部屋に入ってくるのを順に目で追う。最後に僕が入室すると、僕の制服のバッチあたりに目を留めたのか、その瞬間、彼女の瞳がわずかに見開かれ、少々ゆられて見えた。

 そうして全員が部屋に入室したのを確認すると、間もなくソフィーが静かに口を開いた。


「——よ、ようこそ……皆さんを、お待ちしていました……。少し、よろしいですか?」


 ——!


 そう言うと、ソフィーは僕にいきなり駆け寄ってきた。秘書が「ソフィーちょっと!」と制止しようとするが、バレットがそれを手で制する。ソフィーは僕の手を握りしめ、震える声で尋ねた。


「あなた、アメリア軍の方ですよね? アルフレッド……アルフレッド・フォン・ノーレンをご存知ですか?」


 僕はその名前を知っていた。一四期前、アメリア軍に入隊したばかりの頃、最初に声をかけてくれ、アメリア軍について様々なことを教えてくれた人物だ。なぜ彼女が彼の名前を僕に尋ねるのか、理由は分からなかった。それでも僕は、彼女の気持ちに応えようと、頷いた。すると、彼女は堰を切ったように言葉を溢れさせた。


「アルフレッドは……今、どこにいるか、分かりますか? 今……」


 僕は彼女を落ち着かせるように、そして自分自身も冷静さを保ちながら、真実を告げた。


「ソフィー様の期待に応えられず、申し訳ありません……。アルフレッドさんは……(ヘルズ)・ゲートに巻き込まれ、行方不明になられたと……」


 その言葉を聞いた瞬間、ソフィーは今まで抱え込んできた感情を爆発させるように、大粒の涙を流し、声を上げて泣き出した。その姿は、先ほどまでの凛とした王女の姿とはかけ離れており、まるで庇護を求める少女のようだった。秘書が慌てて駆け寄り、「ソフィー、お気持ちは分かるけど、ここは公の場よ」と、彼女を落ち着かせようとする。しかし、ソフィーの涙は止まらない。ボディーガードの男性も何も言わず、ただ静かに主の傍に寄り添っている。

 一方、視線を変えてエアリアさんや子供たちは、突然の出来事に呆然と立ち尽くしている。結局僕は、どうすればいいのか分からず、ただ、彼女の肩に手を添えることしかできなかった。

 しばらくして、彼女は少しずつ冷静に物事を飲み込みソフィーは嗚咽混じりに、僕に色々なことを話してくれた。僕も彼女の言葉に耳を傾け、僕が知っているアルフレッドさんのこと、彼が僕にしてくれたことを、一つ一つ丁寧に伝えた。

 ソフィーの話を聞くうちに、彼女がどれほどアルフレッドさんを慕っていたのかが理解できた。彼女は、アルフレッドさんが同じ学校に通っていた頃から、密かに彼に恋心を抱いていたらしい。しかも、一度だけ告白もしたことがあるそうだ。そういえば、アルフレッドさんと初めて会った日、彼もそんなことを言っていた気がする。あのからかい上手で、後輩を体を張って守るような先輩は、当時から女性にモテていたのだろう。そういえばあの時も、ガールフレンドがいると言っていた。ふと彼の屈託のない顔を思い出すと、何だか無性に腹立たしくなってきた。確かに、女性にモテそうな、女性を翻弄しそうな雰囲気はあったからだ。そんな、彼への嫉妬ともつかない感情を抱きながら、僕は彼女の話に相槌を打っていた。

 やがて、ソフィーは完全に落ち着きを取り戻し、涙を拭い、元の位置に戻って、改めて僕たちに向き直った。


「エアリアさん、皆さん、取り乱してしまい申し訳ありません。改めて、日々のエミュエール財団の活動にご尽力いただき、ありがとうございます。エアリアさんから以前ご連絡をいただき、日程を調整して、今回、個別に対応させていただくことになりました。本日は、皆様の日々のご尽力を称え、ささやかではありますございますが表彰させていただきたいと思います」


 彼女はそう言うと、秘書に目配せをした。秘書は小さく頷き、簡略化された式典の進行を始める。

 厳かな雰囲気の中、表彰状と記念品が、ロミ、クレア、スレイ、エアリアさん、そして僕の順に手渡された。ソフィーは、一人一人に温かい言葉をかけ、それぞれとしばらくの間、個別に言葉を交わしていた。僕はみんなとソフィーの会話を遠くから聞いていた。クレアはガールズトークに花を咲かせ、ロミはまるでお姉さんに話すように、少しもじもじしながら恥ずかしそうに話し、スレイは真剣な様子で話し合い、エアリアさんは和気あいあいと近所の叔母さん同士の会話のように話していた。そして、僕の番が来た。他の四人は、僕が話し終えるのを待つかのように、少し離れた場所で秘書とボディーガードと談笑している。僕は彼らを一瞥し、ソフィー様に視線を向けた。


「先ほどの件は、大変失礼いたしました」


 そう言って、ソフィーは深々と頭を下げた。突然のことに、僕はひどく恐縮してしまった。


「い、いえ! ソフィー様、私は大丈夫ですから、どうかお顔をお上げください」


 僕がそう言うと、ソフィーは顔を上げた。先ほどの険しい顔から少し表情が緩んだようだった。


「いいえ、あなたからアルフレッドとの思い出を聞かせていただいて、とても嬉しかったわ。ただ、……彼の事ばかり嘆いていちゃいけないの。為政者として、この国を守らないといけないから……。最近は物騒な事件が多くて、我が国でも、大勢の人が亡くなって、苦しんでいる人が大勢いるの。以前、I.F.D.O.のエリオットさん、そちらにいらっしゃるロミさんのご兄上から、詳しいお話を伺いましたが、今のところ、彼らにも具体的な対策は見つかっていないようで……」


 ソフィーの言葉を聞いて、僕はエミュエールハウスに来てからずっと抱いていた疑問を、思い切ってぶつけてみることにした。


「そうなんですね……。あの、ソフィー様。以前から少し気になっていたのですが、エミュエール財団とは一体どのような組織なのでしょうか? こちらに来てから九、一〇期ほど経ちますが、エアリアさんからはエミュエールハウスのことしか伺っておらず、詳しいことが分からなくて。もし差し支えなければ、少しお話していただけますでしょうか」


 彼女はゆっくり頷き穏やかに話し出した。

「ええ、もちろんよ。実はね、エミュエール財団ができたのは、あそこにいるエアリアさんがきっかけなの。ある出来事があって、私のお母さんが、社会的に弱い立場の人たちや、色々な事情で困っている人たちを助けたいって、強く思ったんですって。それで、財団を作ろうって決めたそうなの」


「そうだったんですか……」


 エアリアさんが、こんなところにも影響を与えているなんて、僕は驚きと彼女に尊敬の念を抱いた。ソフィーは話を続ける。


「それでも、支援は追いついていないのがこの国の現状なの。アメリア連邦国から、資本家達に見捨てられた子供たちやそのお母様達、それに働けなくなった人たちなど移民が後を絶たなくて、私たちが支援しているエミュエール財団でさえも、もう限界に近いの。地方通貨の制度を立てたり、企業に働きかけて、教育とか育児、食料の確保に資金を出してもらうようにはしているんだけど、それでも上手く行かないのが現状で……」


 以前、僕が画材を買った時に使ったイオニアコインも、そのために作られたものだったと僕は理解した。しかし、ここへ来る途中にも、多くのホームレスや薬物中毒者を見かけた。彼らには、十分な支援の手が行き届いていないことは明らかだ。彼女らの苦労は、僕の想像を絶するものだろう。そう思うとふと、僕の心に熱い思いが胸に湧き上がってきた。


「あの……私に、何かできることはありませんか? 私はわけあって今、アメリア軍から離れていて、直接的な力にはなれないかもしれませんが……」


 僕の言葉に、ソフィーは少し考え込み、そして優しい眼差しで言った。


「何か辛いことがあったのでしょうね……お気持ち、お察しいたします。でもね、私に言えるのは、今、あなた自身にできることをするしかない、ということです。私たちも私たちなりに精一杯努力していますが、エリオス様に守られているとはいえ、経済力のないこの国にできることは限られているのです。今、アメリア連邦国から経済的に非常に圧迫されており大変な状況ですが、これからはお金にできるだけ頼らずに、私たちだけで生き残れる方法を探していくしかないのです。そうすれば、一部の富裕層のためではなく、誰もが愛情を持って子供を育てられるような、そんな社会が実現するかもしれません。そうすればきっと、新しい技術や考え方が生まれ、みんなが幸せになれる世の中になるかもしれませんし……。だから、あなたも、まずは自分にできることだけを、少しずつ積み重ねていくのが良いと思うんです。そして、できることが増えてきたら、そこから少しずつでも、変わっていくことが大切なのではないでしょうか?」


 確かに、僕に今できることは限られている。戦闘機態に乗って、あの怪物のような存在に立ち向かったとしても、無謀なのは分かりきっている。それよりも今、目の前の自分にできることをやるべきだ。そして、ただやるだけでなくできることを少しずつ増やしていき、変化を加えていくことが重要なのだと彼女の言葉から強く感じた。

 それならば、僕にできる変化とは何だろうか? それは、たぶん一つだけではないはずだ。今はまだはっきりとは分からない。けれど、僕はそれを胸に秘め、これから精進していこうという熱い気持ちを抱いた。


「ありがとうございます。ソフィー様の言葉、これからの僕の糧として胸に刻みます」


「いいえ、どういたしまして。あなたも、いつか、自分が本当にやるべきことが見つかるかもしれないわ。もしアメリア軍に戻るようなことがあれば、その時は、ぜひ我が国も守ってくれると嬉しいわ」


 ソフィーはそう言って、にっこりと微笑んだ。その明るい笑顔を見て、先ほどまでの悲痛な表情とは違う彼女の笑顔に、僕もつられ微笑んだ。

 こうして、僕らはそれぞれソフィーとの会話を終え、帰途についた。


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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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