第14話 明日への礎①
今日もまた、どこか懐かしい不思議な夢を見た。それはいつもの夢と少し趣が異なり、ぼんやりとした輪郭しか覚えていない。いつの記憶なのか、どうしても思い出せない。けれど、胸の奥にはじんわりと、甘く温かい感情が広がり、満たされていくような感覚が残っていた。ふと周りを見回すと、僕は夢の中の明るいリビングにいた。床にはおもちゃの車が転がり、色とりどりの積み木が、途中で崩れたままになっている。右に視線をやると、キッチンの窓から差し込む柔らかな朝陽を浴びて、若い女性が立っている。はっきりとした顔は見えないが、可愛らしい花柄の色褪せたエプロンを身につけ、湯気を立てる鍋を優しい眼差しで見つめながら、楽しそうに料理をしている。“トントン”と心地よい包丁の音と、時折聞こえる穏やかな鼻歌。降り注ぐ光を浴びたその横顔は穏やかで、慈愛に満ち溢れていた。
ふと、女性はこちらの存在に気づいたのか、僕を見つけたことを確かめるように、足音を忍ばせてゆっくりと近づいてくる。
「シン! 何して遊んでるの?」
春風のような、優しく温かい声がかけられ、次の瞬間、僕はふわりと彼女の腕の中に抱き上げられた。その声は、まるで春の陽だまりのように、僕の全身を優しく包み込み、温もりで満たしてくれるようだった。僕は嬉しくてたまらず、思わず女性の首に小さな腕を回した。もう一度彼女の顔を確認しようと首を伸ばすが、窓からの強い逆光が、その顔を優しい光でぼかしていて、はっきりと見えない。ただ、その温かい腕の感触だけを幼い胸に深く刻み込むように、顔にうずめる。するとゆっくりと、まるで薄いベールが降りてくるように視界がぼやけ始め、僕は優しい夢からそっと覚めた。
~21期 下旬~ 昇恒10時00分 天気:晴れ
場所:レガリス共和国家レガリア県
目を開けると、前の座席の横から、エアリアさんが顔を覗かせていた。首をかしげ、心配そうな眼差しで、じっと僕を見つめている。隣にはスレイ、右にはロミ、左にはクレア。みんな、不安げな表情で僕の顔を覗き込んでいた。今日はエアリアさんたち一行と共に、エミュエール財団からエミュエールハウスの功績を称えられ、表彰のために首都レガリアを訪れることになり、ハイパーツークに乗って現地へと向かっていた。
「シン、なんだか眠ってる間、赤ちゃんみたいに口元をモゴモゴさせてて、ちょっとダサかったよ」
ロミが、からかうような口調で言う。クレアが、それをたしなめるように注意した。
「別にいいじゃない。良い夢を見ていたんだから。ねえ、シンはどんな夢を見ていたの?」
「うーん、なんだか懐かしい夢を見ていたんだ。自分が小さい子供になって、誰かに抱き上げられて、嬉しくなっているっていう夢……」
「なんだ、それ!」
「いい加減にしなさいよ!」
たわいもない彼らの会話を微笑ましく思いながら、僕はふと窓の外に目をやった。そこには、思わず目を見瞠るような光景が広がっていた。
「——おおー、綺麗……」
思わず感嘆の声が漏れる。まず目に飛び込んでくるのは、息を呑むような青空を貫くようにそびえ立つ、無数の超高層ビル群だった。それぞれのビルは、まるで宝石を散りばめたように、色とりどりの光が深みを帯びて輝いている。その光は、様々な建造物と混ざり合い、日中であるにもかかわらず、万華鏡のように艶やかな世界を作り出している。ビル群の合間には、郵便ドローンやフローバス(浮遊大型乗合自動車)が幾多も通り過ぎる。また巨大なホログラフィックモニターが浮かび上がり、流れるような幾何学模様や、地方の言語と思われる文字を映し出している。それらは、まるで空中に描かれた巨大な絵画のようだった。
そして、それらの超高層ビル群の中心に、ひときわ異彩を放つ建造物がある。それは、複数の宝石を抱いた王冠のように、丸みを帯びた尖塔を持つ、巨大な宮殿のような建物だ。おそらく、あれがこの国の首長の居城なのだろう。宮殿の壁面は、シンプルながらも流麗な彫刻で覆われており、その美しさは息を呑むほどだ。宮殿の周囲には、幾何学的に配置された庭園が広がっている。そこには、見たこともない形状の植物が植えられ、青白い光を放つ噴水が、リズミカルに水を噴き上げている。庭園の中央には、巨大なドーム型の建造物があり、その表面は、恒星の光を反射して、虹色に輝いていた。
——!
そんな風景に見惚れていると、腕につけたステラリンクが神経を通して脳内で反応した。どうやら、もうすぐ首都に到着するようだ。エアリアさんが、子供たちに降りる準備をするように促している。その声に応え、子供たちは忙しなく動き出した。彼らは、式典用にそれぞれ正装を身に着けている。エアリアさんはいつものデニムにエプロン姿ではなく珍しく黒いスーツにスカート、黒いタイツ姿だった。クレアもエアリアさんと同じような服装だ。ロミとスレイは、黒いスーツにスラックスを合わせている。それに対して、僕は正装を持っておらず、仕方なくエヴァンさんに制服を借り、左胸にアメリア軍の飾りをつけ式典に臨むことにした。しばらくして、列車が静かに停止した。僕らは、列車の出口へと向かった。
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