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第13話 迷えるロミ⑦

 降恒11時55分 天気:晴れ


 僕はまた、久しぶりに悪夢を見た。あまりにも恐ろしい内容で、思い出すのも嫌になり、すぐにシャワーを浴びることにした。夢の影響もあったが、夏の蒸し暑さも相まって全身から汗が噴き出し、服はびしょ濡れだ。タオルと下着を持って、一階にある風呂場へ急いで向かう。

 一階に降りて左に曲がると、地下室のドアがわずかに開いていて、中から機械の低いうなりと、光が漏れていた。どうやらエアリアさんが作業をしているようだった。最近の彼女は、朝も夜もめっきり料理をしなくなり、エミュエールハウスの主であるはずなのに、僕たちと顔を合わせることも少なくなっていた。一日中地下室にこもりっきりだ。それほどまでに、何か大事なことをしているのかもしれない。僕は、彼女が何をしているのか少し気になり、地下室へと続く階段をそっと降り、彼女にばれないよう物陰から中の様子を伺った。

 暗い部屋の中、デスクライトの明かりが突っ伏したエアリアさんを照らし、その輪郭は重みを閉じ込めているかのようだった。コンシェルジュ・ドローンが上で飛び、健気に彼女の作業を手伝っている。机の周りお酒やつまみで散らかり、彼女は机に突っ伏し、小さな声で何かを呟いていた。


「——私、このままで本当にいいのかな? セリアさん……」


 誰かの名前を呼びながら、一粒の涙を流すエアリアさん。今まで、彼女が人前で弱みを見せたことなんて一度もなかった。だから、しばらくその光景を目の当たりにしていた僕は、心臓が早鐘のように鳴り、見てはいけないものを見てしまったような後ろめたさ、それよりも背徳的な気持ちになった。一度、地下室の階段を上がり、外の空気を吸って冷静になろうと思った。

 しばらく僕は壁を背にして考えていた。

 なぜ、エアリアさんは泣いていたのか。そして、彼女が口にした「セリアさん」とは、一体誰のことなんだろうか?様々な疑問が頭の中を駆け巡り、僕の心臓は早鐘をさらに加速する。僕は、悪夢と、エアリアさんの涙という二つの出来事で高ぶった気持ちを抱えたまま、余計に汗で粘着性が増した体を何とかしようと風呂場へ向かおうとした。その時だった。暗闇に慣れたエアリアさんが、落ち着いた様子で、しかしどこかぼんやりとした足取りで部屋から出てきた。


 ——うそ!


 僕は彼女が突然出てきたことに心臓が跳ね上がり、思わず彼女を押し倒してしまった。「きゃあっ!」エアリアさんの短い悲鳴が廊下に響く。僕も慌てて退こうとするが脚が絡まりバランスを崩してしまった。慌てて彼女の上にのしかかるような体勢から退こうとしたが、ふいに彼女の細い腕を掴んでしまった。


「ご、ごめんなさい、エアリアさん! 大丈夫ですか⁉」


 僕は、顔に猛烈な熱さを感じ、即座に謝った。一方、エアリアさんは驚いた表情のまま、しばらく僕を見つめていた。その表情に僕は急いで目を逸らそうとしたが、僕を包み込むような、甘く優しい、それでいて少し酒気を帯びた香りがふわりと漂い、脳を突き刺すような透き通る青紫色の目が僕を留まらせた。


 ——……。


 その時間はたぶん一瞬だったが、僕にはなぜか永遠に続く長い時間のように感じられた。こんな時、年頃の男性なら、エアリアさんの色気に動悸して、どうしていいか分からなくなるだろう。でも、僕はなぜか、その時一瞬で冷静になった。


「ちょっと、シン……」


 エアリアさんの声も聞こえた気もした。しかし僕はまるで、本当にただの事故だったかのように、半ば無意識に立ち上がり、彼女に平謝りして、風呂場へ向かっていた。


 脱衣所で服を脱ぎ、急いでシャワーを浴びる。熱いシャワーを浴びながら、先ほどのことを考えた。なぜ、僕はあの時、欲情しなかったんだろう?もし、あのまま襲っていたら……想像するだけで、体が一瞬身震いを覚えた。

 思わずシャワーの温度を上げ、先程起きた出来事の解像度を下げようとする。しかし、それも逆効果だった。熱い一粒一粒が脳を刺激し先ほどの映像を鮮明にした。もしかしたら最悪の形で、童貞に終わりを告げることになっていたかもしれない。僕の心は申し訳なさも加わったことで、さらに混乱した。僕はシャワーから勢いよく流れ出るお湯で、頭の中の泥々とした考えを洗い流そうと、必死になって体を洗い流すしかなかった。



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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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