第13話 迷えるロミ⑥
僕は、最近クラスのいじめっ子、ラスク、ルマンド、オレオに、いつもいじめられていた。例えば僕の机には毎日「キモい」と書かれた落書きが書かれたり、カバンの中身をぶちまけられることもしょっちゅうだった。給食の時間には露骨に避けられ、誰もいない場所でわざと聞こえるように「死ね」と囁かれることもあった。そういう時は出来るだけ気にしないふりをし、痛いことをされても強がってやり過ごしていた。それでも彼らの行為はどんどんエスカレートしていった。
先週は、僕が暇つぶしに見るために大切にしていた理科の資料集が、休み時間の間に真っ二つに破かれていた。彼らは僕の目の前でそれをゴミ箱に投げ捨て、汚いものでも見るかのようにニヤニヤ笑っていた。悔しくて、情けなくて、その場で泣き出してしまいそうになったけれど、なんとかこらえた。そんな弱いところクレアに見られたくなかったし、理科の授業の時にエアリアさんに心配されたくなかったからだ。そんな辛い思いをしても僕は何とかして耐え抜いて来た。
そして今日、掃除の時間、久しぶりに花の世話係が回って来た僕はベランダで花に水をやっていた。すると突然、シンが僕の方に猛スピードで何だが変にもやもや揺らぎながら突っ込んできたんだ。何事かと思ったら、三人が掲げていたバケツを叩き落としたんだ。バケツの中には洗剤入りの液体が入っていたみたいで、シンはその液体で滑って、低いベランダの手すりを乗り越えそうになった。でも、シンは元軍人で、体育教師もしているからか、すごい運動神経で手すりに掴まって、何とか這い上がって来たんだ。
クラス中がざわつく中、僕は恐怖で体の芯から震えが止まらなかった。もしあの洗剤入りの液体を僕が直接かぶって突き飛ばされていたら、僕はベランダから落ちていたかもしれない。その想像に心臓が凍りつくような恐怖が僕を襲い、足がすくんで動けなくなった。シンへの感謝の気持ちはあったが、それを上回る死への恐怖が全身を支配し、震えは止まらなかった。
放課後、なぜか僕とクレア、それに僕をいじめていたラスク、ルマンド、オレオの三人が一緒に帰ることになったんだ。気まずい空気の中、僕らはシンの運転する車に乗り込んで、エミュエールハウスへと向かった。
家に着くと、シンはエアリアさんに何やら頼み事をして、僕ら四人をリビングの席に座らせて待つように言った。僕は三人を正面に臨む席に座った。あいつらは、昼間の件でシンに何か言われたんだろう、——申し訳なさそうな、それでいてどこか怯えたような目で、ちらちらと僕を見ながら俯いている。
シンはキッチンで料理をしているらしく、肉の焼ける香ばしい匂いがリビングに漂ってくる。最近、一日中地下室にこもっているエアリアさん、クレア、スレイは、珍しくリビングに出てきて、どこか心配そうに、それでいて何かを期待するような眼差しで僕たちを見守っていたんだ。
しばらくして、シンが料理を完成させたみたいで、まず最初に、人数分のご飯と味噌汁、それから大皿を運び、テーブルに並べていく。大きな平たい皿の上には、ほかほかと湯気を立てる、巨大なハンバーグ。それはまるで、まるで白い床の上に置かれた大きな座布団みたいだった。付け合わせには、色とりどりの温野菜と、山盛りのポテトがおもちゃの様に添えられている。
「みんな、冷めないうちに食べてくれないか」
シンはそう言って、自分の席に着いた。僕らは互いに顔を見合わせ、恐る恐るハンバーグにフォークを入れる。一口食べると、肉汁がじゅわっと溢れ出し、少し焦げたカリカリした所といい肉のうま味の混沌が口いっぱいに広がった。
——うまい……!
シンは最初、ここに来た時、料理っていう言葉すら知らなかった。でも今は、こうして僕らに手料理を振る舞えるほどの腕前になっている。リアンが前に言っていた、「宇宙で生きていくためには、変化し続けなければならない」って言葉を思い出した。宇宙で活動しているシンは、今まさにそれを実践している僕も、何か変わらなきゃいけない——そう強く感じた。でも、さっきまで僕を傷つけようとした彼らを、どうすればいいのか分からなくて、戸惑ったんだ。
すると、正面に座っていたラスクが、ためらうようにしていた重い口を開いた。
「ロミ、ごめん。——僕ら、最近色々あってむしゃくしゃしていて、それを……お前にぶつけちまってた……。こんな言葉しか出てこないけど、とにかく、ごめん」
ラスクの言葉に続くように、ルマンドとオレオも頭を下げた。
「ごめん! もうあんな危ない事はしないよ、俺!」
「僕も、ごめんなさい……。でも僕ら……これからどうしていけばいいのか……」
シンが立ち上がり、三人の肩にそっと手を置いた。そして、三人の顔を順番に見つめてから、僕の方を真剣な表情で向いた。
「ロミ、聞いてくれ」
シンから言われ僕は意識を彼に集中させる。
「彼らも、僕たちと同じように、それぞれ施設で暮らしているんだ。最近どうやら、僕らのエアリアさんのような存在だった人が、家庭の事情で辞めてしまって、新しい人とうまくいっていないらしい……。彼らも、苦しんでいるんだ。確かに、ロミの体と心を傷つけたことは許されることじゃない。でも、彼らを支えてくれる最後の拠り所を失ってしまったような、そんな状況で、今、何を頼りにすればいいのか分からなくなっているんだと思うんだ。だから……僕らは、もう彼らを許して、少しサポートしてあげるべきなんじゃないかって思う。でも……最終的な判断は、ロミに任せるよ。どうする?」
シンの言葉に、僕は深く考え込んだ。僕が今、こうして冷静に考えられるのは、エアリアさんたちの支えがあるからだ。もし僕が彼らと同じ状況だったら、どうなっていただろう? そう考えると、肝が冷える感覚がして彼らを責める気にはなれなかった。それに、今こそ、僕が変わるチャンスなんじゃないか——そう思えた。
「——うん、いいよ。許す。……でも、三人だけで固まらずに、もっと色々な人と関わってほしいんだ。僕も変わるから、君たちも何か変わってほしい。そうすれば、もっと周りの人の気持ちを考えられるようになって、クラス全体の雰囲気がもっと良くなって、皆と楽しく過ごすことが出来ると思うんだ」
僕の言葉に、三人は顔を上げた。その表情は、少しだけ明るくなったように見えた。
「——うん、分かった」
ラスクが力強く頷く。ルマンドとオレオも、こくりと頷いた。
「じゃあ、まずはこのハンバーグを全部食べきることからだね! ハンバーグは今日、精一杯頑張った戦士たちへの、ご褒美って言われているからね」
シンが“むふー”とした表情で明るく言うと、
「なに言ってんのー?」
「ほんと、面白いこと言うね。シン!」
みんなの間にあった緊張が嘘のように消えて、笑い声が響いた。僕たちは、シンが作ってくれた熱々のハンバーグを、じっくりと味わった。一口食べると、肉汁がじゅわっと溢れ出し、少し焦げたカリカリした所と肉のうま味が口いっぱいに広がる。それは、まるで僕の体を包み込むように感じられた。エアリアさんの作る繊細な料理とは違って、少し粗めだけれど、男の子が一生懸命作った、心のこもったプレゼントみたいだった。そう思うと、胸の奥がぽっと温かくなった。
「エアリアさんたち女の子の分もあるから、みんな来て食べて!」
シンがそう言って、キッチンに残っていた皿をどんどんリビングのテーブルに運んでくる。エアリアさん、クレア、スレイも席に着き、まるで本当の大家族みたいになった。みんな夢中になって、ハンバーグを頬張っている。僕は、ここに来て、本当に良かったと心から思った。この温かいハンバーグの力、そして、みんなとの絆を胸に、僕は次、兄さんに会う時、変わった姿を見せたい。そして、いつか必ず、兄さんと分かり合える日が来ると信じて、そのためのエネルギーを、僕はもう一度、蓄えた。
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