第13話 迷えるロミ⑤
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~ロミ視点~
僕は小さい頃から、不思議な夢をよく見る。楽しいことや、苦しいこと、現実と区別がつかないくらいリアルな夢をたくさん見てきた。でも、ここに来てから、クレアが夢の中ですごく辛い経験をしてきたって知ってから、皆の前では、夢の話はあまりしないように気をつけている。
僕は、小さい頃、兄さんと両親と四人で暮らしていた。両親はいつも喧嘩ばかりで、子供心にも、嫌な雰囲気だなって感じていた。何か、本能的に危ないって思っていたんだと思う。だから、喧嘩が始まると、いつもお父さんとお母さんに「ケンカしないで! 僕、お父さんとお母さんがいなくなっちゃうの、すごく悲しいから……別れないで……」そう言ってたんだ。すると、僕の気持ちが伝わってくれたのか、二人の喧嘩はいつも何やら僕を見つめしばらく話し合って終わってくれた。だから、人間って、つらいことがあっても、自分が頑張ればどうにでもなるって、どこかで信じてたんだ。
でも、結局、お父さんとお母さんは別々の道を歩むことになって、続いて僕は親戚の家に預けられることになった。あの時、もっと声が出せていたら、もっと力が僕にあれば、お父さんとお母さんは僕を見捨てなかったんじゃないかってすごく後悔した。だから僕は余計に誰にも頼らずに、なんでもできる強い人になりたいって、強く思うようになったんだ。だから日々の学校の勉強だって一生懸命取り組むし、クラスの人とも関係をよくして面白い人。コメディアンになったり、運動神経が良くなってスポーツ選手になったりして社会から認められる価値ある人、強い人になれるように僕なりに頑張っていたんだ。
僕には一〇歳年上の兄さんがいる。兄さんは、小さい頃からどこか特別な施設に通っていたみたいで、当時はよく分からなかったけど、大きくなるにつれて、兄さんが、僕とは比べ物にならないくらいすごい人ってことが分かってきたんだ。だから何でも完璧にこなしちゃう兄さんを見ると、なんだか胸がざわつくんだ。
たまにだけど、兄さんは、首に何か特殊な首輪みたいなものをつけていて、家に帰ってくる。するといつも僕のためにたくさんのお金を置いていってくれた。そのおかげで、僕らは何とか生活できていた。だから、そのことは兄さんに感謝している。
それでも、親戚の人は経済的に苦しかったみたいで、結局、僕を育てられなくなってしまったようだった。だから僕は「捨てないで」って再び何度もお願いしたんだ。何回かは、僕の願いを聞いてくれて、ほっとした。やっぱり、頑張れば自分の力で何とかなるんだって——でも、そんな希望も長くは続かず、親戚の人たちも生活に苦しくなり僕は結局、別の場所に預けられることになった。僕はこの時、ようやく気づいた。この世界で生きていくためには、強い願いだけじゃどうしようもならないって。でも、その頃の僕には、状況を変えるほどの力なんてなかった。それに、力をつけるための場所も、だんだんなくなっていったんだ。学校に行くとお金持ちの友達は次の力をつけるために塾に行って力をつけている。だから、学校の成績も最初はよかったのにだんだんと下がって行ってしまった。塾にも行けないから運動も何か通わせてくれるようなこともなかった。性格も悪くなったのかクラスで仲良くしてくれる人もいなくなった。僕は価値のある人、強い人になれないことがだんだんと分かってきた。
——皆に追いつくためにはどのくらい努力すればいいの?
——皆、置いて行かないで!待って……待って頂戴!
——どうしたらクラスのコタニ君やヒデトシ君みたいに活躍できるの?
——僕の何がいけなかったのかな……?努力が足りないからなのかな……?
——誰にも認めてくれない……、どうしたらいいんだろう?
——僕はこれから生きていけないのかな……?
そんなことを考えるたびに頭の中がぐちゃぐちゃになる。だから社会から認められる何かしらの力がある兄さん。兄さん事を考えると心臓の動きよりが強くなって苦しくなる。
そんな親戚の家から出される日の前夜。僕はいつもよりはっきりと不思議な夢を見た。深い森の中で、近くに澄んだ湖があって、僕と同じくらいの子供たちと、一緒に遊んでる夢。すごく温かい気持ちになる夢だった。その夢は、まるで僕をどこかに導いてくれてるみたいだった。そんな淡い期待を抱きながら、僕は親戚の家を出ることになった。
そして、僕が連れてこられたのは、あの夢で見た場所だった。僕は、親戚の人と一緒に、ログハウスみたいな木の家の前に立った。またここでも、拒絶されるんじゃないか、また僕は人前で何か余計なことを言って、追い出されてしまうんじゃないか——そんな体が強ばる感覚を感じながら、“コンコン”と玄関の扉を叩いた。すると、信じられないくらい綺麗な女の人が、僕を優しく迎え入れてくれたんだ。その温かい笑顔を見て、今度こそ、ここが僕の居場所になるかもしれない、夢で見た何かが僕を導いてくれたから、僕の力が発揮できるかもしれない——そう希望が湧いてきた。
エアリアさんの家には、最初、スレイがいて、後からクレアがやってきた。エアリアさんは、美人で、いつも優しくて、まるで女神様みたい。クレアは、僕とよくケンカするけど、本当は優しい、お姉ちゃんみたいな子。スレイは、いつも難しい本を読んでいるけど、僕に勉強を教えてくれる、すごく頭のいい人だってことはわかる。僕は、そんな三人と、楽しい毎日を送ってた。そんな時だった、その楽しい毎日に、水を差すように、あいつが入ってきたのは……。
一〇期のあの日、シンが来たんだ。最初、シンを見た時、汚らしい金属製のパイロットアーマーを着てて、手足は変な方向に曲がってて、まるでゼリー人間みたいだった。それなのに、エアリアさんやクレアは優しく接するし、その日から、この家ではシンを中心に回るようになっていったんだ。クレアやエアリアさんは、シンの事ばかり心配するようになっていくし、僕はまた捨てられるんじゃないかって、不安になった。だから、僕はシンの事が心の底から好きになれなくて、つい、強く当たっちゃうんだ。
この頃同時に、兄さんをニュースでよく見かけるようになった。どうやら、軍のかなり上の役職に就いたみたいで、僕は、兄さんの姿を見て、自分が情けなくなった。自分は、今、誰かの助けがないと生きていけないのに、兄さんは、一人で立派に生きてる。そんな自分が、惨めに思えた。
そんなモヤモヤした気持ちを抱えていた時、たまに僕らの家に来るリアンが、話を聞いてくれるんだ。リアンは、どこか不思議な雰囲気の人で、しかもとても頭がいい。彼と話していると、不思議と心が落ち着いてくる。僕が色々なことで悩んでいることを話すと、リアンは僕にいろんな話をしてくれる。その種類はとても多くて学校の事や、植物の事、僕の好きな宇宙の話、好きなアニメのことだってなんでも話してくれてリアンの話を聞くたびに僕の心を温かくしてくれる。この前、休日に来てくれた時、湖の近くで一緒に遊んで過ごした。その時リアンは座ってこんな話をしてくれたんだ。
「——君は今のままで、思っていることを素直に伝えられるようになれば大丈夫だよ」
「でも……僕の言葉で人を傷つける可能性もあるし、どうすればいいのか分からないよ」
すると、リアンは僕の考え方を変えてくれるような、優しいアドバイスをくれる。
「君はまだそんなに大きくない。だから、君の言うことは大人にとってみれば可愛いことなんだ。だから、もう少し本音を言ってみたらどうかな?そうすれば、君のその心のモヤモヤも解消されるかもしれない。人間、思っていることを言わないと相手にも伝わらないし、ため込んでいるとますます自分が苦しい思いをするだけなんだよ」
リアンの言うことは、頭ではわかる。でも、やっぱり怖い。友達に本音を言って、嫌われたらどうしようって……。
「じゃあ、友達と話すときは? 本音を言ったら相手から嫌われるんじゃないかな……。そういう時、僕のこのもやもやした気持ちを取り除くにはどうすればいいの?」
リアンは少し考え込むように顎に手を当て、それから涼しい顔になって言った。
「確かに、友達に本音を明かすことは難しいね。僕もそのことでたくさん悩んできたよ……。大事なのは、まず、今話せる人に話してみること。そして、そこから少しずつ、話せる人の範囲を広げていくことが大事だと思うよ」
その言葉に、体が軽くなった気がした、それでリアンに思い切って言ってみた。
「——じゃあ、リアンに本音、言ってもいいかな……?」
リアンはにっこりと笑い、「もちろん。僕なら、いくらでも君の本音を受け止めてあげるよ」と言ってくれた。僕は、胸の奥にしまっていた言葉を吐き出した。
「僕、シンの事、嫌いなんだ。いつも、エアリアさんやクレアがシンのことばっかり心配してるし……。僕のことなんて、誰も見てくれてない気がして、寂しいんだ……」
言葉にすると、ダムが崩れたように感情が溢れ出す。リアンは、僕が落ち着くまで、ただ静かに聞いていてくれた。やがて、僕が落ち着いたのを見計らって、リアンは静かに話し始めた。
「そうだね。たぶん君は今、少しエアリアさんやクレアに甘えたいんだよ。でもシンがいるからそれが出来ない。それは、ただ単に好きっていう感情じゃなくて、なんていうか……愛情の方かな。たぶん、君の両親は、君が望むほど愛情を注いでくれていなかったんじゃないかな。君は、その愛情が欲しくて、こうやってシンに当たって求めているんだよ」
僕の体がポッと熱くなると同時に何だかむずがゆくなる。リアンは、心の奥底にある、自分でも気づいていなかった感情を、まるで手に取るように見抜いていた。もっと話せば、この人は分かってくれるかもしれない、そう思った。続けて僕は兄さんとの関係性を話すと、リアンは言った。
「大丈夫、今度会った時に、本音を言えばいいんだよ。たぶん、君の兄さんも、君のことを心配してるし、仲良くしたいと思ってるはず。勇気を出して、話してみたら」
「わかったよ、リアン、ありがとう。……じゃあ、あのね、僕、いつか宇宙で活躍できる仕事に就きたいんだ……兄さんみたいに。僕、そんな場所で活躍できるかな?」
リアンは少し微笑んで、僕の目を見つめた。
「たぶんロミは、お兄さんのことを妬ましく思っている一方で、実は深く尊敬しているんだね。宇宙での活躍か……それは、君の頑張り次第だね。宇宙は、僕らが考えている以上に過酷な場所だよ。君もエアリアさんから、宇宙で人間が生きていることは奇跡だってことを、教わっているんじゃないかな?」
「うん、知ってる。でも、丈夫な宇宙服といいロケットがあれば、その限界を克服して、活動できるんじゃないの?」
リアンは首を横に振る。
「どんなに宇宙服が優秀でも、放射線や極端な温度差、真空状態といった環境は、人間の体に大きな負担をかける。それに、遠くの星に行くまでに、真っ暗な中を長い時間ずっと進み続けなきゃいけない。同じ景色をずっと見続けること、少し想像してみてよ どう? 耐えられると思う?」
僕は少し想像してみる。——それは、たぶん無理そうだ。僕は首を横に振った。
「そうだよね。宇宙船も、長い飛行時間の劣化に耐える必要があるし、様々な過酷な状況をクリアしなければならない。人間は、優れた知性だけじゃなく、過酷な宇宙環境に耐えられる強靭な体と精神力も手に入れないといけないんだ」
本当にリアンはよく知っている。僕は、彼からもっと色々なことを教えてもらいたくなった。
「じゃあ、人間はどうやったら宇宙の外に行けるの? そんなに長い期間かけないで、僕が生きている間に……」
リアンはふっと笑って言った。
「はは、冗談だよね?まあ、宇宙の外側があるかどうかも分からないけど……。宇宙で生き残るには、環境を整えることも大切だけど、一番重要なのは『変化し続けること』なんだ。まるで生物、いや、僕ら生物以上にね。でも、今は色々な技術が開発されている。例えば、そうだな……」
リアンは周囲を見渡すようにしてから少し考える。
「うーん、少し難しい話になるけど……シンがここに来た時に何か特別なものを身に着けていたりしなかった?」
僕は記憶の底にあるものをしばらく探していた。すると、何となく形となって現れてきた。
「なんか、少し固そうなものを着てたような……。あっ!そういえば前にスレイの具合が悪くなった時に着てたもの?」
「そう、そのアーマーを形作っているのがフェムト・ユニットだ。これは、目に見えないくらい小さな金属のような物質に、外からエネルギーを与えることで、まるで本物の細胞みたいに変化できる技術で作られている。人間の体の機能を維持したり、サポートしたりすることもできるんだ。もしかしたら、シンが大人になる頃には、このフェムト・ユニットの技術や、特殊な粒子の性質を応用して、恒星間航行を可能にするワープ技術や、もしかしたら他の宇宙と宇宙をつなぐ技術だって生まれるかもしれないね」
リアンの言葉は難しくて、僕の頭でははっきりと分からなかった。けれど、不思議と「知りたい!」という熱い思いが湧いてくる。
「でも……なんで、そんな超能力みたいなことが人間にはできるの?」
「超能力か……。確かに皆、最初はそう思うかもしれないね。でも、こういうものは全て誰かが作りだしたものなんだ」
「え、そうなの⁉ エリオス様じゃないの⁉」僕の体は熱くなる。
「ちがうよ。エリオス様が見つけてきたのは、この世界の根本的なルールみたいなもの。機械なんかは、全部人間が作ったんだ。そうやって人間が発明したり発見したりしてきたものって、たいてい一人の、それか少数の熱い思いから生まれてくるんだよ。その発明を受け取る僕らは、最初はよく分からなくて怖いから避けがちだけど、だんだんと人に伝わって使われるようになって、ようやく僕らにとって当たり前になる。僕らがよく使うフレモだって、あそこにある車だって……」
リアンは自分が持っているフレモを僕に見せる。
「——シン君が持っていたステラリンクだって、この部屋にある色々な物……」
リアンが周りを見渡すので、僕もつられて視線を巡らせた。壁に立てかけられたホログラフィックビジョン、部屋中を掃除しているコンシェルジュ・ドローン、スレイが机で使っている二つ折りのフレモ……。普段何気なく見ていたそれらすべてが、僕の体をまるで飲み込んでしまいそうなほど巨大な存在として迫ってきた。けれどそれと同時に、暖かい風に包まれたかのように、心も体も満たされていくようなそんな気もした。
「だから、魔法やエスパーみたいなものが、急にポンと現れるわけじゃない。誰かが長い年月をかけて苦心し、ようやく作ったものなんだ。だから、さっき言った宇宙の外に行けることだって、そんなに焦らなくてもいい。いつか、そういうものを情熱のある人が創ってくれるかもしれないからね」
「うーん、言っていること少し難しかったけれど……。でも、色々教えてくれてありがとう。なんだかスッキリしたよ。また会う機会があったら、他に色々教えてね、リアン」
「ああ、また会う機会があったらね」
僕は、リアンとそんなたわいもない話をすることが楽しかった。でも、リアンと話して、実際に本音を言うのが難しいことも分かった。それは、リアンも苦労していたことだから、分かっていたことだったのかもしれない。
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