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第13話 迷えるロミ①

~21期中旬~ 昇恒10時00分 

 天気:晴れ

 場所:レガリス共和国家アリエス市アリエス小学校


 抜けるような青空のもと、外気はむっとするような暑さで、遠くの地面には陽炎が揺れていた。そんな中、子どもたちは校庭のグラウンドに整列し、僕の目の前で走る順番を待っていた。


「はい、次、用意!」 


 僕は生徒たちに声をかける。 すると次の順番の生徒たちが前に出た。六列に並んだ生徒が一斉に構えをとる。そのさらに後ろでは、順番待ちの生徒たちが、スタート時に足が滑らないよう、スターティングブロック代わりに足で土を固めていた。その中で一人、ひときわ熱心に準備運動をする生徒が、僕の目に留まっていた。彼は手足の関節を忙しなく、それでいてしなやかに動かしている。僕は彼のそばに近づき、アドバイスを送った。



「君、しっかり股関節を使えているし、走りの基礎もできているね。友達の補助なしで、一人でスタートした方が良いかもしれない。利き足の右足を少し後ろに下げて、股関節をしっかり曲げて、そこから右足を振り上げるようにすると、もっとスタートが上手くいくはずだよ」


 男子生徒はこくりと頷き、僕のアドバイス通りにスタートポジションを構え直した。


「よーい、スタート!」


 見学している生徒の合図に合わせて、生徒たちはいっせいにスタートを切った。先ほど指導した生徒は、股関節の屈曲をうまく使い、まるで陸上選手のような素晴らしいスタートダッシュを見せ、あっという間に他の生徒を引き離し、ぶっちぎりのトップでゴールした。


 ——やっぱり、走ることを取り入れてよかった。


 走ることは、人間が健康を保つ上で最も大切なことの一つだ。将来、運動する機会が少なくなった時でも、体のことを考えて生活できるかどうかは、若い頃の運動習慣にかかっている。子供のうちに走る基礎を身につけておくことは、怪我の予防にも繋がり、ひいては健康的な生活習慣の確立に繋がる。それに、小学生の頃は足が速ければ男子なら女子にモテるかもしれないし、女子なら注目の的になる。

(僕自身の経験から言うと、必ずしもそうとは限らない)

 僕も小学生の頃は、勉強と同時に女の子にモテたくて、必死に足が速くなるトレーニングをしたものだった。インターネットで「速く走る方法」を検索しては、見つけた練習方法を片っ端から試していた。確かに足は速くなった。軍隊に入ってからも、その経験は少し役に立ったと思う。だから、走ることが好きになることは、いつか必ずプラスになって返ってくる。人間の体は脳だけで動いているわけではない。体と心が一体になって、本来のバランスを保つことができる。今の僕らは、頭で考えすぎて、体を置き去りにしている気がする。だからこそ、意識的に体を動かし、心と体のバランスを取り戻すことが大切なことだと最近ひしひしと感じている。

 僕は、ここレガリスに来てから、軍隊にいた時よりもメンタルの調子が良くなっている。厳しいトレーニングから解放されたこともあるが、ロミやクレアたちと一緒に森の中で活動していることが大きいのかもしれない。自然の中で体を動かすことは、外から入力される情報量を適切に調整し心身のリフレッシュに繋がる。

 そんなことを考えながら、僕はふとステラリンクを見た。全ての子どもたちが十数回20m走を走り終えた後で、まだ十分ほど授業時間が余っている。僕は子供たちを集め、指示を出した。


「それじゃあ、あと少し時間があるから、自由時間ね!好きなことをして遊んでいいよ!」


「「やったー!」」


「「よっしゃー!」」


 僕の合図とともに、子供たちは歓声を上げ、思い思いの場所へ駆け出していった。遊具で遊ぶ子、近くの森の中へ探検に行く子、それぞれが楽しそうに時間を過ごしている。その姿を見ながら、僕は、子供たちがこの自然豊かな環境の中で、のびのびと成長していくことを願った。


 そして今日、僕は特に一人の生徒の様子を気にかけながら授業を見ていた。それはロミだ。最近、兄のエリオットの影響もあってか、以前の威勢の良さは影を潜め、控えめな行動が目立つようになっていた。そんなロミの状況を嗅ぎつけたのだろうか、クラスの中でもカースト上位に位置するガタイの良いスポーツ刈りのラスク、ひょろりとした長身長髪のルマンド、坊主頭のオレオの三人組が、彼をターゲットに定めたようだった。彼らは、ロミに対して、いじりというよりも、もはやいじめに近い行為を繰り返している。先ほども、ロミが列に並んでいる時に膝カックンを仕掛けていた。膝カックンは、やり方によっては膝の靭帯を損傷する可能性もある危険な行為だ。それなのに、周りの生徒たちは、見て見ぬふりを決め込んでいる。彼らは、他の男子生徒たちにも「ロミに近寄ると厄介ごとに巻き込まれるぞ」と告げ口をし、ロミをクラスから孤立させようとしているのだ。僕は、ロミが日に日に追い詰められていく様子を見るたびに、胸が張り裂けそうな思いだった。しかし、今ロミを支えるべき存在であるエアリアさんは、忙しいようで、学校に来ることができない日々が続いている。同じクラスのクレアも、ロミのことを心配しているのは視線で分かるのだが、仲の良い女友達に囲まれ、身動きが取れない状況のようだった。だからこそ、僕が何とかしてロミを救い出さなければならない。そう強く心に留めていた。

 そんな僕の熱い思いを嘲笑うかのように、ふと背後から冷たい白銀の視線を感じた。


「なんだ、君は。もう少し子供たちに視線を向けるべきじゃないのかい?」


 銀髪を整え、鋭い眼光を放つ青年が、僕に冷たい視線を突き刺してきた。アレンがそこにいた。衡平党のナンバー二だと言われている。聞くところによると、衡平党が何らかの調査のためにこの学校を訪れているらしいが、何も僕の授業中に来なくてもいいだろう。なぜ彼がここにいるのか、はっきりとは理解できなかったが、僕は努めて冷静を装い、子供たちに視線を戻した。


 ——はいはい、そうですよ。


 心の中で毒つきながらも、僕はアレンの存在を無視し、授業に集中しようと努めた。しかし、なぜこんな得体の知れない男が、この学校に、よりによってロミが苦しんでいるこの時に現れたのか? ロミへの焦燥と、アレンへの苛立ちが、胸の内で渦巻いていた。


 しばらくして、十分間の自由時間が終わり、子供たちが私の元に集まってきた。僕は、日直に号令をかけるよう促した。


「気をつけ、礼!これで授業を終わります。ありがとうございました!」


「「ありがとうございました!」」


 生徒たちの元気な挨拶が、校庭に響き渡る。全員が挨拶を終えると、次の授業に向けて、足早に学校に向って行った。僕は、その流れに逆らうように、一人残って佇んでいるロミの元へ急いで駆け寄った。


「ロミ、大丈夫か?辛かったら、何でも言ってくれ。僕にできることなら、何でもするから」


 しかし、ロミは私の目をギッと睨みつけ、冷たく言い放った。


「いいよ。これは僕の問題だし、シンの問題じゃないから。気にしないで」

 そう言うと、ロミは私に背を向け、足早に立ち去ってしまった。その背中は、ひどく小さく、寂しげに見えた。ロミに何もしてやれない、という無力感が、ずしりと僕の心にのしかかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 降恒一時三〇分


“キーン、コーン、カーン、コーン”


 給食を終え、掃除の時間になった。教室では生徒たちが掃除をしている。一方廊下の方では小食で給食を食べきれなかった生徒は、顔をしかめ、時折睨みながら机の上で残りをご飯と格闘を繰り広げている。僕は彼らの様子を見つつ教室に残り、掃除をしている子供たちを手伝っていた。電子黒板を少し湿らせた布で丁寧に拭き、様々な台の上に溜まった埃を、はたきや雑巾を使って綺麗に拭き上げていく。埃が落ち、みるみるうちに綺麗になっていく教室を見るのは、達成感と清々しさがあった。夏の強い日差しが窓から容赦なく注ぎ込んでいるが、時折、外から吹き込む風が、校舎の陰や周囲の木々によって冷やされ、ひんやりとした心地よさで僕の体を包み込む。

 しかし、そんな穏やかな時間も束の間、またも同じ視線を感じた。視線の主は衡平党のアレン。彼はここでも、フレモを操作し、僕らの事を逐一メモしている。その様子に、僕は内心穏やかではいられなかったが、何とか平静を装い、掃除に集中しようと努めた。

 しばらくしてふと、何気なく横を見ると、ロミがベランダで花に水やりをしていた。しかし、その手つきはひどく乱暴で、顔には不貞腐れたような、面倒くさそうな表情が張り付いている。普段の彼らしくない。そんなロミの様子に、胸の奥がチクリと痛んだ。その時だった。ふと、ベランダの入り口付近に視線をやると、ひそひそと何かを企んでいる三人組——ラスク、ルマンド、オレオの姿が目に入った。何をしているのかと目を凝らすと、彼らの足元には、水がなみなみと入ったバケツが置かれている。嫌な予感がした。


 ——まさか……!


 その瞬間、僕の脳裏に、高校時代の苦い記憶が、まるで濁流のように蘇ってきた。そうだ、あの時も、こんな三人組がいて……。——嫌な予感は確信へと変わる。バケツ、水、そして三人組。全てがあの時と重なった。胸の奥底にしまい込んでいたはずの記憶が、まるで蓋をこじ開けられたかのように、鮮明に、そして強烈によみがえってくる。

 あの時、僕が犯してしまった、取り返しのつかない過ち。後悔、罪悪感、そして無力感……。様々な感情が、濁流のように僕の心を押し流していく。僕は、まるで抗うことのできない濁流に飲み込まれるかのように、過去の記憶の渦に引きずり込まれていった。



        ※          ※         ※

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