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第12話 解釈できる生き物(にんげん)③

~20期 下旬~ 昇恒8時00分 

 天気:晴れ

 場所:レガリア王権国家ロスモ県高速道路


今日は本当に、色々なことがありすぎた。ジェイコブさんは希望を失ったかのように虚空を見つめ、ロミは優秀な兄と比較して将来に悩んでいるようだ。そんなの、僕だって同じだ。それに対して、病院にいた子供たちは、将来のことなど分からないはずなのに、希望に満ちた笑顔を輝かせている。僕の頭の中は、ぐちゃぐちゃに混乱していた。こんな時に、アニメや漫画みたいに、救世主が現れて、天の声をかけてくれたらいいのに……。そう思っていたところ、本当にその「天の声」の主が現れた。


「シン君は、こんなところで何をしているの?」


 ふと見るとそこにいたのは、リアンだった。そして、初めて会った時に見た。車で送り迎えをしていた、眼鏡をかけた男性も一緒だ。まるで神様が現れたかのような、奇跡的な再会だった。

「リアンこそ、ここで何をやっているんだ?」僕はリアンに質問を返す。すると、眼鏡の男性は少し慌てた様子を見せたが、リアンが彼を落ち着かせるように手で制し、にっこりと笑って答えた。

「僕は、父を病院に連れてきたんだ。今日はその付き添いだよ。君は?」

 父親は僕らを気遣ってか、どこかへ行ってしまった。僕は彼の言葉に、今日あった出来事を全て話した。ジェイコブさんのこと、ロミとエリオットのこと、そして、自分自身の将来への不安……。全てを話し終えると、少しだけ心が軽くなった気がした。

 リアンは、僕の話を静かに聞いていたが、話し終わると、廊下を歩きながら、優しく語りかけてきた。


「それは大変だったね……。それで、そのジェイコブさんの部屋はどこにあるんだい?僕もちょっと彼を見て見たくなったんだ」


「もう少し歩いたところにあるよ。行ってみる?」


 リアンの申し出に、僕は内心驚きながらも頷いた。


「うん、もしよければ……」


 二人でジェイコブさんの病室へと向かう途中、リアンはぽつりと言った。


「シン君は、やっぱり悩んでたんだね。自分自身の未来、将来について」


「——まあ、そうだよ……」


 図星だった。リアンはいつも、まるで僕の心を見透かしているかのようだ。その存在は不思議だが、温かく僕を包み込んでくれる。


「でもね、シン君。確かに未来は誰にも分からない。だからこそ、人間は明日を恐れたり、未来を悲観したりもする。それは生物、特に高度な知性を持つ人間が進化の過程で獲得してしまった、ある意味、宿命的な感情かもしれない。でもね、人は他の生物とは異なって、その宿命に抗い、未来を切り開く力を持っている。その力があれば、過去や未来に囚われず、今この瞬間を大切に生きることが出来るんだ。ジェイコブさんも、ロミ君も、そしてシン君も、それぞれが異なる状況の中で、今を精一杯生きている。それ自体が、かけがえのない、素晴らしいことなんだよ」


「まあ、それは、そうだけれども……」


 リアンの言っていることは理解している。それでも、僕の中から不安が消えることはなかった。僕はこのままでいいのだろうか、早く軍に復帰するべきだろうか。でも僕も僕もいつかジェイコブさんみたいに……様々な思いが、頭の中で混濁し渦巻いていた。



 しばらくして、ジェイコブさんの病室の前に再び到着した。すると、中には誰かいるようで、女性の声が聞こえてくる。少々失礼かとは思ったが、僕らはステラリンクで認証を済ませ、少しだけドアを開けて中の様子を伺った。中には、女性と十代半ばくらいの少年と少女がいるのが見えた。おそらく、ジェイコブさんの奥さんとその子供たちだろう。彼女たちはジェイコブさんに語りかけていた。


「あなた、聞こえる?今週ね、ローリーが学校で表彰されたのよ。地域主催のSF小説コンクールで最優秀賞を取ったの。あなたに真っ先に報告したがってたわ」


 病室の中から、ジェイコブさんの奥さんの声が聞こえてきた。その声は、努めて明るく響いていたけれど、ジェイコブさんの手を握る指先が、微かに震えているのが見えた。その震えは、きっと彼女の心の中に渦巻く不安と、それでも夫に希望を与えようとする懸命な愛情の表れだろうと、僕は思った。

 一方ローリーと呼ばれた少年は、若さゆえ凛としているがジェイコブさんの面影を感じさせる力のある顔立ちだった。彼は緊張した面持ちでベッドの脇に立ち、フレモを広げる。ホログラフィックで映し出された小説の冒頭部分を、父親に向ける。


「父さん、聞いてくれる?俺、初めて小説なんて書いたんだ。父さんがいつも話してくれた、宇宙での冒険の話を元にしたんだ。タイトルは……『2524恒星間飛行』」ローリーの声は、期待と不安で上ずっていた。フレモを持つ手が、希望にすがるように、あるいは恐怖に怯えるように、小刻みに震えているのがはっきりと見えた。父親の、光を失った瞳が、一瞬でも自分を見てくれることを、彼は必死に願っているのが、僕にも痛いほど伝わってきた。

 しかし、ジェイコブさんは、相変わらず虚空を見つめたまま、何の反応も示さない。その姿に、女性はこらえきれず涙をこぼした。


「ねえ、あなた……お願い、何か言って……。ローリーも、アンナも、私も、あなたを待ってるのよ……」


 アンナと呼ばれたおかっぱの少女も、父親の無反応な姿に不安を覚えたのか、母親の服の裾を掴み、小さな声で震えながら言った。


「パパ……?ねえ、パパ……ねえ、ねえ、なんか反応してよ!」


 その時、ジェイコブさんの瞳が、ほんの一瞬、微かに光ったように感じた。しかし、それは気のせいだったのかもしれない。すぐに、いつもの虚ろな瞳に戻ってしまった。

 僕は、その光景を目の当たりにして、胸が締め付けられるような思いだった。ジェイコブさんがこの状態から回復し、再び戦闘機態乗りとして復帰することは、極めて難しいだろう。莫大な費用をかけて「アセンションシェル」と呼ばれる特殊なカプセルに入り、手足を再生することは可能だが、それには多額の費用と、治癒後の長いリハビリ期間が必要となる。一家の大黒柱を失った彼らは、これからどうやって生きていけばいいのか。僕は、彼らの将来を案じずにはいられなかった。すると、そんな僕の心配をよそに、ジェイコブさんの奥さんが訴える。


「私、これからはあなたの分も頑張るから、お金のことは心配しないで。あなたは、国のため、未来のパイロットを育てるために、十二分に尽くしてきた。二〇年以上も、本当に頑張ったわ。……大切な部下を亡くしたり、組織の腐敗に心を痛めたり……それでも、あなたはいつも前を向いて、困難に立ち向かってきた。私は、そんなあなたの姿をずっと見てきたの。家に帰ってきた時の、疲れ果て、苦しんでもがいている様子……今でも私は覚えているわ。だから、もう無理しないで。お願いだから……あなたの苦しむ顔じゃなくて、昔みたいに、無邪気に笑って、何かに夢中になっている……そんなあなたの笑顔が見たいの。あなたはもう、十分すぎるほど頑張ったんだから……少し、肩の力を抜いて。ね?退院したら、みんなでどこか旅行に行きましょうよ……」


 二人の子供たちも、涙をこらえながら、精一杯の笑顔で父親に語りかける。

 ローリーは、力強く拳を握りしめながら言った。


「父さん、俺も、父さんのためにできることなら何でもする!まだまだガキだけど……でも、少しは頼ってくれよな!食事の準備だって、洗濯だって、部屋の掃除だって、父さんができないこと、何でもするから!任せとけって!」


 アンナも、震える声で、しかしはっきりと父親に伝えた。


「私も……パパのためにできることする!リクエストがあったら、遠慮しないで言ってね。私にできることなら、何だってするから……!お願いだから起きて……」


 そう言うと、三人はジェイコブさんを包み込むように、そっと抱きしめた。 すると、ジェイコブさんの、光を失ったように見えた瞳から、一筋の涙があふれ出した。それは、上司として、一家の父親として、そして国を守る組織の一員として、これまで背負ってきた重圧から解放されたことによる安堵の涙なのか。それとも、愛する家族の温もりに触れ、再び生きる希望を見出した涙なのか……。理由ははっきりとは分からない。それでも、溢れ出す涙は、何かが確かにジェイコブさんの心に届いたことを物語っていた。

 するとその光景をじっと見つめていたリアンが、静かに、しかし力強く僕にささやくように言った。


「シン君、人間が進化の過程で生み出した最も強力な力……それは解釈力だよ。人間はどんなに辛い状況に直面しても、痛い目に遭っても、死にたいと思うような絶望の淵に立たされても、人間が後天的に獲得してきた知恵を使って、様々な解釈をすることで、今の自分を肯定することができる。どんな状況にも対応できる。そんな力強さを人間は持っているんだよ!」


 ——解釈力……か。


 リアンの言葉が、深く胸に響く。確かに僕は、ここに来るまで、何かしら一つの基準で評価されなければ、自分には価値がないのではないか、誰からも必要とされていないのではないかと、不安に押しつぶされそうになっていた。でも、それは違う。人間は、いくらでも物事を違った視点から見ることができる。解釈力を通して、世界は無限に広がる。僕は、ここに来て、エアリアさん、エヴァンさん、ライアン、そしてリアン……様々な人との出会いを通じて、そのことを学んでいたはずだった。なのに、いつの間にか、そんな大切なことを忘れかけていた。

 確かに、僕の未来、そして今のこの穏やかな日々がいつまで続くのか分からない。でも、だからこそ、今、この瞬間を精一杯生きること。分からないことを逡巡と考え続けたって、明日のことは明日になってみないと分からない。僕にできることは、今を精一杯生きること。それだけで十分じゃないか——そう、心から思えると体に溜まっていた蟠りが解放され、背筋にあるはずもない風が通り抜けたような気がした

 すると、僕の帰りが遅いのを心配したのだろう、ロミ、クレア、スレイが後から追いかけてきた。クレアはロミの服の襟を掴み、引きずるように歩いてくる。


「シン、遅れちゃってごめん!あ、リアン、久しぶり!」そう彼女は言うとロミに視線を移動させる。


「それであなた、一体どれだけ院内学級の生徒たちや先生方を困らせたの?しかもシンまで待たせて!少しは反省しなさい!」


 ロミは、ばつが悪そうにぺこりと頭を下げた。


「——す、すみませんでした……」僕は推測する。

 きっとロミも、優秀な兄であるエリオットに対して劣等感を抱き、どうしようもない感情を持て余して、つい当たってしまったのだろう。僕はそんな複雑な感情を抱える彼に何を返そうか考えていたがふと思いつき、探りを入れる


「これ、さっき君のお兄さんのエリオットさんからもらったんだけど…宇宙体験のチケット。ロミ、何か心当たりあるんじゃないか?」


 ロミは、口をもごもごと動かし、言葉を詰まらせながら、ようやく絞り出すように言った。


「——実は僕……将来、宇宙で活動したいんだ……研究者でも、パイロットでもいいから、シンや兄さんみたいにさ……」


 ロミの言葉から連想し解釈をそっと提示した。

「たぶん、君のお兄さんは、ロミのことを見捨てたりなんかしてないよ。ロミの将来の夢を知っていて、どうにかして話すきっかけを探していたんだと思う。せっかくこんなにたくさんのチケットをもらったんだ。僕らも一緒に行くから、もう一度エリオットさんに会いに行こう。そしたらちゃんと、正面から向き合ってさ話し合おう。今度は僕らもいるから、大丈夫。そうすれば、きっとロミの抱えている気持ちも分かってくれるよ」

 ロミは、小さくこくりと頷くと、


「——分かった……」そう呟き、クレアとスレイの後ろに隠れるように戻って行った。


 ——少しは、ロミに届いたかな……?


 僕は、ほっと安堵の息を吐き、再びリアンと向き合った。


「どうやら、一件落着……みたいだね」


「うん、どうにかなったみたいで良かった」


「あのさ、僕も少し話の内容聞いていたんだけど……、その……宇宙体験、一緒に行ってもいいかな?皆と……」


 リアンの唐突な提案に、胸が熱くなった。


「もちろん、喜んで!かなりの枚数があるから、知り合いを誘っても、まだ余るくらいだよ」


 そう言って、僕はチケットの一枚をリアンに手渡した。受け取ったリアンは、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう、シン君。実は、僕も昔、ロミ君みたいに宇宙で活動することを夢見ていたんだ。だから、()()()()()()()()()()で、とても嬉しいよ」


「そっか、リアンの夢の実現に少しでも貢献できるなら、僕も嬉しいよ」


「じゃあシン君、また会う時を楽しみにしているよ」


「ああ、また会う日まで!」


 リアンは、手を振りながら、病院の廊下の奥へと消えていった。

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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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