第12話 解釈できる生き物(にんげん)②
シンは行方不明になっていたジェイコブさんが発見され、彼のお見舞いに来ていた。その際i.f.d.oの幹部エリオットと居合わせた。そんな彼との会話が終えると……。
「あ、シン、こんなところにいたのね。ごめんなさい、こっちで少し夢中になっちゃって」
クレアが、開け放たれたドアの向こうから、申し訳なさそうに声をかけてきた。彼女がいたのは、病院に設置された院内学級の教室だった。色とりどりの玩具や絵本が並び、子供たちの笑い声が響き渡る、温かい空間。中では、ロミとクレアが子供たちとボードゲームに興じ、スレイは静かに本を読みながらその様子を見守っている。ふと僕は、彼女らが接している子供たちに目を向けた。院内学級には、さまざまな子供たちがいた。知的な障害を抱えている子、手足がない子……。生まれながらにして重い宿命を背負った子供たちが、玉石混交となってクレアとロミの周りに集まり、楽しそうにはしゃいでいる。彼らは、これから先もずっと、この宿命と共に生きていく。この競争の激しい資本主義社会で、仕事に就けるのだろうか、食っていけるのだろうかきっと辛い思いもたくさんするだろう。そう思うと、胸が締め付けられるような、言葉にできない感情が込み上げてきた。それでも、彼らは笑顔を絶やさず、今のこの瞬間を楽しんでいるように見えた。その光景は、僕を不思議な気持ちにさせた。手足を失ったジェイコブさんは、近くにある病室でまるで全ての希望を失ったかのように虚空を見つめ続けていた。それに対して、生まれつき手足がない子供たちは、楽しそうにボードゲームに興じている。この対比は、一体何を意味するのだろうか。僕の心は、言いようのない混乱に包まれた。
「シン 大丈夫?なんかボーとしているけれど?」
クレアが心配そうに僕の名前を呼んだ。その声に、僕はハッと我に返る。
「あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」 僕は、子供たちから視線を外し、クレアの方へ歩み寄ろうとした。
その時だった。クレアの近くにいたロミが、凍りついたような表情で、僕に背を向け、部屋の奥へと逃げ出すように歩き出した。僕の背後に立つエリオットの存在に気づいたのだろうか分からないが、エリオットがその様子を察知したのか、ロミを追いかけるように部屋の中に入って行く。そして、逃げようとするロミの手首を掴み、話しかけた。
「おい! 久しぶりに会ったのに、なんで俺から逃げるんだ」
ロミはエリオットの手を振り払おうと、激しく身をよじる。しかし、エリオットは手を離さない。ロミは、掴まれた手首を睨みつけながら、顔を背けたまま、何も答えない。その瞳には、怒り、悲しみ、様々な感情が複雑に絡み合い、渦巻いている様に見て取れた。普段は威勢のいいロミが見せる、子供のような弱々しい姿。兄であるエリオットへの複雑な感情が、その態度に表れているようだった。ロミはそっぽを向き絞り出すような声で、小さく呟く。
「いいよね、兄さんは……こっちの気も知らないで……」
「何が不満なんだ、言ってみろよ、ロミ!」
エリオットの言葉に、ロミは唇を強く噛み締めた。
「兄さんはさ、いつもそうだよ!僕のことなんてどうでもいいんだろ!どうせ、僕は優秀な兄さんには敵わないって思ってるんだ!だから、僕はこれからどうすればいいのか……どう生きていけばいいのかわからないよ……」
ロミはそう言うと、エリオットの手を強引に振りほどき、部屋の隅へと駆け寄った。そして、壁にもたれかかり、膝を抱えて座り込んでしまった。教室の子供たちは、突然の出来事に何が起きたのか理解できず、不安げな表情で兄弟を交互に見つめている。
「そんなことないだろ、お前はエアリアさんのところでしっかり生きているじゃないか 、何が文句あるんだ!それにもし生活に困ったとしても俺が養うことだってできるんだぞ!不必要なことまで心配しなくていいんだ」
「——でも……僕だって……僕だって頑張ってるのに……!誰も……僕のことなんて見てくれない……。認めてくれない……!」
エリオットが何とかしてなだめようとするがロミの目からは、大粒の涙がこぼれ落ちていく。
エリオットは、そんなロミの姿をしばらく見つめていたが、やれやれと、諦めたように肩を落とし、踵を返して廊下に出て行った。その背中は、あまりにも兄らしからぬ姿で、僕は彼のことが気になり、後を追った。
「ねえ、なんでもう少しロミのことを見てやらないんだよ!久しぶりの再会なんだろ?あんな言葉でいいの?」
僕はエリオットの肩を掴み、問い詰めた。
「ロミのこと、本当にあんな風に突き放していいのか?久しぶりに会えたんだろ?もっとちゃんと話すべきじゃないのか?」
続けざまに言うと、エリオットは、面倒くさそうに答えた。
「いいんだよ、ロミと私はいつもあんな感じなんだ。あいつはいつも自信満々に豪語するくせに、実際は威勢を張るだけで中身が伴わないんだ。何かを目指すときは、もっと理詰めで、確実なことを積み重ねていくことが大切なのに……あいつは……」
「あいつは、いつも自分の理想ばかり追いかけて、現実が見えてない。どうせ、俺が何を言ったところで、あいつには何も響かないさ」
「じゃあ、あのまま放っておくのか?」
「そりゃあ放っておくわけじゃない。でも今何かしてもどうにかなるわけじゃないし……あ、そうだ!少し待ってくれ、今思い出したんだ。渡したい物があるんだ」
エリオットは何かを思いついたように言うと、持っていた軍用リュックの中から十数枚のチケットのようなものを取り出した。そして、それらを僕に差し出す。
「このチケットに書かれている場所に、ロミを連れてきてくれ。一応、私の連絡先も書いてある。君も一緒に来てほしい。もう少し、あの時の状況を詳しく聞きたいし、ロミともちゃんと話したいんだ。もちろん、他にも人を連れてきても構わない。私の役職なら、これくらい融通は利く。もし足りなくなったら言ってくれ。それじゃあ」
エリオットはそう言い残すと、足早にその場を去って行った。僕は、渡されたチケットをふと見つめた。それは、宇宙浮遊体験のチケットのようだった。なぜ、エリオットはこんなものを渡してきたのか?彼の真意が、僕には理解できなかった。
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