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第12話 解釈できる生き物(にんげん)②

シンは行方不明になっていたジェイコブさんが発見され、彼のお見舞いに来ていた。その際i.f.d.oの幹部エリオットと居合わせた。そんな彼との会話が終えると……。

「あ、シン、こんなところにいたのね。ごめんなさい、こっちで少し夢中になっちゃって」


 クレアが、開け放たれたドアの向こうから、申し訳なさそうに声をかけてきた。彼女がいたのは、病院に設置された院内学級の教室だった。色とりどりの玩具や絵本が並び、子供たちの笑い声が響き渡る、温かい空間。中では、ロミとクレアが子供たちとボードゲームに興じ、スレイは静かに本を読みながらその様子を見守っている。


「違うよ! 今、六歩進んだから、僕を追い越すことになる。そういう時は、特殊アクション『お先に参るでござる。ニンニン』って僕に向って言わないと今のターン無駄になっちゃうよ」


 しかし、ロミに指摘された赤毛の女の子は素直に答えない。定まらない視線をきょろきょろさせ、ボードに手をついて何かを探している。その様子を見ていたスレイがすぐさま駆け寄り、手を添えながら彼女に耳打ちした。すると、


「あ、ごめんなさい……今度はしっかりやらさせていただきます『お先に参るでござる。ニンニン』これでいいの?お兄さん」そう言って首をかしげながら特徴的な造形の駒を動かす。


「それじゃあ、次私ね」クレアはサイコロを持ち転がした。出た目は三だった。


「——えぇ……何で私こんなマスに来ちゃったの……ちょっと恥ずかしいんだけど……」


「いいからそこに書いてあることをしないと避けた時に『ここは御免つかまつります。ニンニン』って言わないといけないし、次の出番の時はアルティメット&カタストロフィーアクションしないといけないよ。それに終わったあと、最終回は飛ばした回数分土下座インプレッションしないといけないんだよ!そっちの方が恥ずかしくない?」


「むむむ……しょうがないな……ロミちょっと待って覚悟を今決めているから」


 しばらくクレアは下を向き実行するかしまいか逡巡しているようだった。


「よし、わかったやるよ!」


「「おおぉ!」」「ロン毛のねぇちゃんがやるぞ!」


 覚悟を決めたクレアに子供たちの視線が一斉に突き刺さる。ゲームに参加していない子たちまでもが、その熱狂に巻き込まれたようだった。クレアは一瞬、喉元で息を詰まらせたようだったが、観念したように重い腰を上げ、ぎこちなく動き始めた。その動作は、普段の彼女からは想像もつかないほど稚拙で滑稽に映った。


「東からはお日様のぼり~~~」


クレアは両手をぐるぐると回し、大袈裟に方角を指差していく。


「——西に行けば~~お日様沈む~~~~北は寒くて~~~~南は~~~暖かい~~~~それ当たり前~~~当たり前~~~~東西南北どこ行こう~~~どこ行こう~~~~東・西・南・北ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる~~~それじゃあ行くよ、南、南!」


クレアは天に腕を突き上げ、大きく股を開いたまま、痛々しいほどの堂々とした決めポーズをとった。


 「……」


 空間は音を吸い込み、途端に硬質な沈黙が場を支配した。一方のクレアは顔を茹で上がらせたまま、焦点の定まらない視線を泳がせていた。そして、僕と視線がぶつかった瞬間、彼女の顔から血の気が引き、時が止まったように石化してしまった。


 “パチパチパチ”


 しばらくしてクレアのその様子を見かねたのか、遠くからやって来た少し大きな少年が杖を脇に挟みながら拍手をする。


「ぎゃははは~~~~~君、面白いね!もう一回そのギャクできない?僕はとても面白かったよ」


「いや……もうやめておきます……恥ずかしいんで……南南……」


 子供たちは「何なのそれ!」と声を上げて爆笑し始めた。


 ——……!


 彼らを見ていて、ふと僕は彼らが抱える境遇に気がついた。院内学級には、知的な障害、手足の欠損、目の不自由……。それぞれに宿命を背負った子供たちがいた。彼らは様々な困難を抱えながらも、クレアとロミの周りに集まり、玉石混交となって楽しそうにはしゃいでいる。この競争の激しい資本主義社会で、彼らはこれからどう生きていくのだろうか。仕事に就けるのか、食べていくことができるのか。生きていく中できっと辛い思いもたくさんするだろう。そう思うと、胸が締め付けられるような、言葉にできない感情が込み上げてきた。それでも、彼らは笑顔を絶やさず、今のこの瞬間を楽しんでいるように見えた。

 その光景は、僕に不思議な感情をもたらした。手足を失ったジェイコブさんは、近くにある病室でまるで全ての希望を失ったかのように虚空を見つめ続けていた。それに対して、生まれつき手足がない子供たちは、楽しそうにボードゲームに興じている。彼らが背負う宿命と、その底抜けに明るい笑顔。その対比が、僕の心を激しく揺さぶり、言いようのない混乱に陥れた。


「シン、大丈夫? なんかボーッとしているけれど?」


 先程の表情から一変し、元の顔色に戻ったクレアが心配そうに僕の名前を呼んだ。その声に、僕はハッと我に返る。


「あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていたんだ。なんかとても面白そうなゲームだから、僕も混ぜてほしいなってね……」


「え、そんなこと考えていたの? もちろん、シンが一緒に入ってくれるなら大歓迎よ。ね、みんな聞いて。これからあのお兄さん、シンっていう人なんだけれど一緒に入ってゲームしてもいい? 邪魔にならないかな?どうみんな?」


 クレアが子供たちのほうを再び向くと、彼らは目をキラキラさせて僕を見ていた。その一つ一つが丸い宝石のようにくるくると動き、輪に入ってもよさそうな温かい雰囲気を醸し出していた。僕はその空気に引かれるように、クレアの方へ歩み寄ろうとした。その時だった。


 クレアの近くにいたロミの表情が一変した。凍りついたような表情になり、僕に背を向け、部屋の奥へと歩き出した。僕の背後に立つエリオットの存在に気づいたのだろうか分からないが、エリオットがその様子を察知したのか、ロミを追いかけるように部屋の中に入って行く。そして、逃げようとするロミの手首を掴み、話しかけた。


「おい! 久しぶりに会ったのに、なんで俺から逃げるんだ」


 ロミはエリオットの手を振り払おうと、激しく身をよじる。しかし、エリオットは手を離さない。ロミは、掴まれた手首を睨みつけながら、顔を背けたまま、何も答えない。その瞳には、怒り、悲しみ、様々な感情が複雑に絡み合い、渦巻いている様に見て取れた。普段は威勢のいいロミが見せる、子供のような弱々しい姿。兄であるエリオットへの複雑な感情が、その態度に表れているようだった。ロミはそっぽを向き絞り出すような声で、小さく呟く。


「いいよね、兄さんは……こっちの気も知らないで……」


「何が不満なんだ、言ってみろよ、ロミ!」


 エリオットの言葉に、ロミは唇を強く噛み締めた。


「兄さんはさ、いつもそうだよ!僕のことなんてどうでもいいんだろ!どうせ、僕は優秀な兄さんには敵わないって思ってるんだ!だから、僕はこれからどうすればいいのか……どう生きていけばいいのかわからないよ……」


 ロミはそう言うと、エリオットの手を強引に振りほどき、部屋の隅へと駆け寄った。そして、壁にもたれかかり、膝を抱えて座り込んでしまった。教室の子供たちは、突然の出来事に何が起きたのか理解できず、不安げな表情で兄弟を交互に見つめている。


「そんなことないだろ、お前はエミュエールハウスで仲間と一緒にしっかり生きているじゃないか 、何が文句あるんだ!それにもし生活に困ったとしても俺が養うことだってできるんだぞ!今は不必要なことまで心配しなくていいんだ」


「——でも……僕だって……僕だって頑張ってるのに……!誰も……僕のことなんて見てくれない……。認めてくれない……!」


 エリオットが何とかしてなだめようとするがロミの目からは、大粒の涙がこぼれ落ちていく。

 エリオットは、そんなロミの姿をしばらく見つめていたが、やれやれと、諦めたように肩を落とし、踵を返して廊下に出て行った。その背中は、あまりにも兄らしからぬ姿で、僕は彼のことが気になり、後を追った。


「ねえ、なんでもう少しロミのことを見てやらないんだよ!久しぶりの再会なんだろ?あんな言葉でいいの?」


 僕はエリオットの肩を掴み、問い詰めた。


「ロミのこと、本当にあんな風に突き放していいのか?久しぶりに会えたんだろ?もっとちゃんと話すべきじゃないのか?」


 続けざまに言うと、エリオットは、面倒くさそうに答えた。


「いいんだよ、ロミと私はいつもあんな感じなんだ。あいつはいつも自信満々に豪語するくせに、実際は威勢を張るだけで中身が伴わないんだ。何かを目指すときは、もっと理詰めで、確実なことを積み重ねていくことが大切なのに……あいつは……」


  「あいつは、いつも自分の理想ばかり追いかけて、現実が見えてない。どうせ、俺が何を言ったところで、あいつには何も響かないさ」


「じゃあ、あのまま放っておくのか?」


「そりゃあ放っておくわけじゃない。でも今何かしてもどうにかなるわけじゃないし……あ、そうだ!少し待ってくれ、今思い出したんだ。渡したい物があるんだ」

 エリオットは何かを思いついたように言うと、持っていた軍用リュックの中から十数枚のチケットのようなものを取り出した。そして、それらを僕に差し出す。


「このチケットに書かれている場所に、ロミを連れてきてくれ。一応、私の連絡先も書いてある。君も一緒に来てほしい。もう少し、あの時の状況を詳しく聞きたいし、ロミともちゃんと話したいんだ。もちろん、他にも人を連れてきても構わない。私の役職なら、これくらい融通は利く。もし足りなくなったら言ってくれ。それじゃあ」


 エリオットはそう言い残すと、足早にその場を去って行った。僕は、渡されたチケットをふと見つめた。それは、宇宙浮遊体験のチケットのようだった。なぜ、エリオットはこんなものを渡してきたのか?彼の真意が、僕には理解できなかった。


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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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