第12話 解釈できる生き物(にんげん)①
~20期 下旬~ 昇恒8時00分
天気:晴れ
場所:レガリア王権国家ロスモ県高速道路
「なんで皆までいるんだよ!来る必要なかっただろ!」
「だって、今から会う人、シンのお師匠さんみたいな人でしょ!」
「師匠じゃなくて上司ね!」
「ジェイコブさんって人でしょ。名前からして、きっとかなりいかつい人だと思うな」
クレアは興味ありそうに、ロミは自信ありげに後部座席からそう言った。
僕らはエアリアさんから借りた車で、イオニア県の西隣、ロスモ県に向かっていた。今週、日課であるアメリア軍の日報を見ていた時、行方不明だった二人の内の一人、ジェイコブさんが見つかったという報告を見つけた。(もう一人は僕だが……)
最初、僕はジェイコブさんが入院しているという隣のロスモ県へ、一人で向かうつもりだった。しかし、ロミとクレアは興味を持って、スレイはクレアが無理やりに連れてこられ、仕方なく彼らと同行することになった。今、僕は運転中バックミラー越しにちらりと彼らを見ていた。
「まだ着かないの、シン!ちょっと時間かかりすぎだよ」
後部座席でだらけていたロミが、退屈を隠そうともせず愚痴をこぼす。
「あのね、隣の県とはいえ何百キロも離れてるんだから、車でも時間がかかるのは当然でしょ。未明から出発したんだし、それくらい覚悟して来たんでしょ。ちょっとは我慢してよ」
「シンは何だかロミに対してお母さんみたいになってきたんじゃない?ロミもまだまだ子供ね、こんなことぐらいで我慢できないんだから」と、クレアが揶揄うような口調で口を挟んだ。
「うるさいな、クレア。お前だって先週シンと何かあったか知らないけど、あれからシン様~みたいに崇め奉って、乙女みたいになってるし、気持ち悪いんだよ!」
図星を突かれたのか、クレアの頬が赤く染まる。
「な、何よ!別に崇め奉ってなんかないわよ!ただ、その……ちょっと感謝してるだけ!」
「へー、感謝ねぇ。にしては、シンのこと見る目つきがちょっと違うっていうか……ねっとりしてるっていうか……」
「ねっとり⁉そんなんじゃないわ、あなたなんて最近、お兄さんがこの国に来ていて随分けん制しているじゃないの!」
「い、いいやそんなことないよ!クレアの方こそ……」
「なによ……いちいちいらない言葉を……このガキ!」
「うるさい!このメス!」
「二人ともうるさいよ……」
ロミとクレアがヒートアップする中、助手席でフレモに映し出された電子書籍を読んでいたスレイが、呆れたように仲裁に入るが、効果はない。僕はそんなカオスな状況にため息をつき、集中を運転の方に持って行く。ふと窓の外を見ると、単調な風景が延々と広がっていた。
思考を発散させているとふと、久しぶりに会うジェイコブさんのことが頭をよぎった。最後に会ったのは一〇期も前。あの時、彼から届いた最後の通信、聞いたこともないような悲痛な叫び声での「助けて」という言葉は、今でも脳裏に焼き付いていて、想像するだけで胃が締め付けられるように痛む。しかし、エアリアさんとのカウンセリングの一つ行動療法のおかげで、トラウマはある程度克服できてきた。もう少しで高速道路を降りジェイコブさんの病院に着く。僕は、彼がどんな姿であろうと、会えるだけでいいと、そう覚悟を決め、ただひたすらに運転に集中していた。
やがて高速を降り道なりに進むと、車はロスモ県の県庁所在地、ロスモ市の中心部にそびえ立つロスモ大学付属病院に到着した。レガリス共和国家の最先端医療技術を結集した、白亜の巨大な建造物。流線形のフォルムは、まるで宇宙船のようだ。エントランスを抜けると、吹き抜けの広大なアトリウムが広がっており、天井から吊り下げられた巨大なホログムディスプレイには、最新の医療情報や病院の案内が映し出されている。病院という通常ならば閉鎖的な環境にもかかわらず心地よい風が吹き抜けるのは、空気清浄システムとナノテクノロジーによる温度調節機能が組み込まれているからだろう。受付では、機械音声の案内に従って、腕に装着した「ステラリンク」でジェイコブさんの無人の面会手続きを行う。生体認証と量子暗号化通信により、セキュリティは万全だ。手続きが完了すると、ステラリンクにジェイコブさんの病室番号と面会時間が表示された。
——あと、一時間か……。
予想していたよりも面会者が多いのだろうか、僕たちは予定されていた時間まで少し待つ必要があった。付き添ってきてくれたロミ、クレア、スレイの三人に、僕は声をかけた。
「まだ一時間くらい時間があるみたいだから。みんなはどこかで時間を潰してきてくれないか?50分後にここにまた集まろう。いい皆?」
「うん、分かった」
「分かったわ」
「分かった」
三人は、スレイを先頭にして、同じ方向へと歩き去っていった。僕は彼らを見届けるとロビーに設置された、ベンチに腰を下ろし、ぼんやりと前方の空間を見つめながら、ここ最近の自分の身に起こった様々な変化について、静かに考え始めた。H・ゲートの発生件数はここ数年で急増し、一度の被害の規模も指数関数的に拡大している。そしてそれを唯一対処できるとされる政治団体「衡平党」の支持は、事件以降拡大の一途を辿り、アメリア連邦国の政治にまで関与しようとする噂さえある。僕らの生活も例外ではない。エアリアさんの家では、スレイは基本的にあまり変わっていないが、少しずつ僕と関わるようになってきた。クレアはあの夢以来、僕に対して心酔している節があり、少し不気味なほどだ。ロミは、兄のエリオットがこの国に来てから、以前の威勢の良さが影を潜め、人を避けるようになってきた。そのためか、クラスのカースト上位の三人組に目を付けられ、いじられるようになっている。そして、一番変わったのはエアリアさんだ。以前にも増して地下室にこもるようになり、最近は食事すら作らなくなり、クレアが代わりに食事の支度をするようになった。
どんな安定した秩序にも、いつかは崩壊する時が来る。今はその過渡期なのかもしれない。前に進むためには、秩序の中に混沌は必ず必要だ、と以前ジェイコブさんが言っていたのを僕は思い出していた。そう考えると、僕はどうなのだろうか……。このまま、学校の臨時職員とエヴァンさんの農園の手伝いだけをして安定の中生きていくのか。以前、リアンにも将来何をして生きていきたいのかと聞かれたが、あの時はゆっくり考えればいいと答えてしまった。しかし、臨時職員とエヴァンさんからの給料は微々たるものだ。このままでは、アメリアに帰国した時に生活していけるだけの収入を得られない。仮に帰国できたとしても、皆に遅れをとった状態からのスタートでは、さらに遅れを取り戻さなければならない。彼らに追いつくには何十倍もの努力が必要になるだろうし、そもそも追いつける可能性すら低いかもしれない。僕はこれからどう生きていけばいいのだろう。きっと同期の皆は、自身の昇進に向けて努力しているだろうし、将来の給料も高いのだろう。考えれば考えるほど、胃がむかつく感じを覚える。
そんなことを考えているうちに、ふとステラリンクを見るといつの間にかジェイコブさんの面会時間の十分前になっていた。しかし、子供たちはまだ帰ってきていない。ふと不安がよぎる。
——まあ、三人いれば大丈夫か……。
少し考えすぎたかもしれないと、思考を切り替え、僕は一人でジェイコブさんの病室へ向かうことにした。
一階のロビーからエレベーターに乗り、上階へ。ジェイコブさんの病室は病院の院内学級の近くにあるようで子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。そんな騒がしい廊下を抜け、目的の病室を探す。
——1,727、1,728……1,729号室……あった!ここだ!
少し予約時間が来るのを待ち一二時になり入室時間になったので、僕はドアに設置されたタッチパネルに触れ、ステラリンクをかざして認証を済ませる。そして、“コンコン”と控えめにドアをノックした。
「失礼します。シン・ヨハン・シュタイナーと言います。以前ジェイコブさんにお世話になった者です。お見舞いに来ました」そう言って僕は病室に入った。
——……!
するとジェイコブさんらしき人物の目の前に、既視感のある青年が立っていた。それは以前ニュース番組で見た青年だった。画面で見た印象とは異なり、今はラフだが動きやすそうな私服姿、そして軍用バックを背負っている。ふと視線を上げると、首には精巧な作りのチョーカー。その存在に少し感覚が敏感になるが気にせず彼の特徴を把握する。リブレスのオーバル型の眼鏡の奥には、大人びた輪郭。綺麗に整えられているものの、黒茶色の少し跳ねた髪はロミによく似ている。僕はすぐに分かった。彼はロミの兄、I.F.D.O.総長補佐のエリオットだ。そんな彼はジェイコブさんの傍を離れると、僕を一瞥して去って行った。その視線には、どこか僕を刺すような強い光が宿っているように感じ、しばらくその残像に囚われた。しかし、本来の目的を思い出し、僕は再びジェイコブさんへと近づいた。
だが、それ以上に衝撃的だったのは、ジェイコブさんの姿だった。
彼の輪郭が一瞬見えると、焦る気持ちを抑え僕は急いで駆け寄った。しかし、そこにいたのは、今まで想像していたジェイコブさんとは全く異なる、目を疑うような姿だった。両腕は何かによって引きちぎられたように失われ、片目は頭蓋骨の一部ごと抉り取られ、傷口には特殊な医療器具が嵌め込まれている。その凄惨な姿に、僕は言葉を失った。彼は虚空の一点を見つめているようだったが、瞳には光がなく、ただ茫然と前を見ているだけ。声をかけても反応する様子はなかった。それでも僕は、彼に少しでも僕の存在を認識してもらおうと、おそるおそるベッドに寄りかかるジェイコブさんに近づき、病院の床に膝をついて囁くように語りかけた。
「ジェイコブさん、お久しぶりです。僕です、シンです。シン・ヨハン・シュタイナーです」
「……」
しかし、ジェイコブさんは全くと言っていいほど反応を示さない。僕は何度も語りかけたが、彼からはただ沈黙だけが返ってくる。粘ってしばらく様子は見ていたがなんの変化もない。僕は仕方なく、一旦彼のそばを離れることにした。
特に僕が一番驚いたのは、ジェイコブさんの変わりようだった。以前は威勢がよく、自信に満ち溢れていて、僕はその態度に逐一苛立たされていた。そんな彼が、こうもあっけなく、何かが抜け落ちたような姿になってしまうとは。彼らは僕と同じノンキャリア組からのスタートで、努力でのし上がってきた強靭なメンタルの持ち主のはずだ。そんな彼でさえ、このような状態になってしまう。その事実に、僕は身震いを感じずにはいられなかった。僕はしばらくジェイコブさんの病室の中を歩き回り、何と声を掛けようか逡巡していたが、どうすることもできず、諦めて病室を出ることにした。
——!
ふと病室の外に出ると、エリオットが壁にもたれかかり、僕をじっと見つめていた。僕はその視線に一瞬体がこわばったが、気づかないふりをして立ち去ろうとした。すると、彼が僕を追いかけるように声が後ろから飛んできた。
「君はシン・ヨハン・シュタイナーだね?」
——そうですけど、何か?
言い返したい気持ちを抑え、僕は無視して歩き続けた。今の僕には、そんな質問に答える気持ちの余裕などなかった。それでも彼は追いかけて来て言うのだった。
「ちょっと待ってくれ!君に質問させてほしいんだ。あの場面、全五〇機のうち、あの状況からかろうじて抜け出せたのは君とジェイコブさんだけ。だけど君だけ、機態の動きがまるで時間を停めたように、そしてH・ゲートの第一フェーズ、A・スぺースが見えていたかのような動きをしていた。私はその時のパイロットの状況がどんなものだったのか確認したくて君を追っていたんだ。こんな時に君に偶然出会えて、今がチャンスだと思っている。だから、質問に答えてくれないか」
——アブソリュートスペース?あの時、僕の機態が?どういうことなんだ?
僕は足を止め、考え込んだ。確かにあの時、僕は空に浮かぶ赤い光を漂わせる金属球体を見て、本能的に危険を察知し、咄嗟に行動した気もする。それと、もう一つ気になることがあった。アーマーが体に密着し、機態と一体化したような、不思議な感覚。しかし、はっきりとは覚えていない。ただ、
——外部からのデータではそのように計測されていたのか……。
そんな思考の渦に呑まれかけていると、エリオットが追いつき、さらに質問を畳みかけようと迫ってきた。僕は思わず身構えようとした、その時だった。
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