プロローグ 黄昏
僕はいつも夢を見る……。
こんな書き出しで始まる物語の話の内容はきっとこうではないだろうか。主人公は夢を見る。でも、それは単なる睡眠中の白昼夢じゃない。夢と現実の境界線は曖昧に溶け合い、夢そのものが物語の進行をかりたてる重要な要素となっている。例えば夢は、未来を暗示する預言者の言葉のように、主人公に未来の出来事をちらつかせる。あるいは、過去のトラウマが具現化した悪夢として、心の奥底に隠された傷を抉り出す。時には、夢は未知なる異世界への扉として開き、主人公を僕たちの想像を超えた冒険へと誘う……。
真なる神を保護する会(Society for the Protection of the True entity 略名:真護会)が作る全ての科学的かつ様々な知識の掲載されたデジタル百科辞書「全智典」。そこには夢は基本二つの意味でこう定義される。
一つ目は眠っている間に見る一連の心的現象。
二つ目は将来実現したいと願う事柄、希望、願望。 (引用:全智典)
この二つに共通することは非現実的であるということだ、『そんなこと当たり前だ』『違う、それはただの夢だ!』そう皆は思うだろう。だが、睡眠中であれ、覚醒状態であれ皆が夢に触れている時だけ皆、錯覚してしまう。「ここは現実の世界である」と僕はそれが不思議で仕方がない。人間の知覚においてわざわざ現実でないものに夢中になる必要性はないのではないか? 現実で自身の身に危険が迫ったとき、そんなものに侵されていたら夢を見る前に『無』になってしまうのではないのか。たしかにそんな危険な状態時は非現実な夢は見ないといえる。だが、人間は自身の意思に反して後者の意味でさまざま夢を見てしまう。幼児であれば○○戦隊のレッドになりたい。小学生であればお医者さんに、看護師になりたい。中学生であればスポーツ選手になりたい。高校生、大学生になれば有名な大学へ行って、いい会社に就職したい。そして会社員、公務員になったら仕事をして、定年には仕事を終え、余生を過ごしす。そして、皆がいずれ必ず死ぬ……。
——たいていの人は皆、望み通りにはうまくいかず、最後は『無』になるのに……。
それならば、そのような非現実に心を侵食されるよりも目の前の確実なことに目を向けることが大切なのではないのか? 目の前の視覚、目の前の仕事、目の前の役割、そして目の前の現実に……。その方が自身の未來も分かり心穏やかに過ごすことが出来る。いずれ訪れるであろう絶望に対しても覚悟を持って……。
散々夢ばかり批判しているそんな僕だが、今、目下夢の中にいる。しかも、それは僕が小さい頃から共通しているルーティンのようなものだ。
睡眠に就き、意識を消失させ、気づくと僕はただ一人、いつも白い虚無の中に、ぽつんと立っている。周囲を見渡しても、どこまでも続く白い虚空の空間。それはまるで僕を飲み込もうとしているかのようにいつも目の前に現れ、僕の不安を仰ぐ。しかし、不安が降りてくる前に決まって目の前に現れる。それは謎の青く淡い光が漂う、六つの無機質なビットに囲まれたゲートだ。
その謎のゲートは僕を異世界? 異空間?いつも強引にいざなおうとする。どんなに拒もうとしても無駄で、そのゲートは容赦なく近づき、僕の体を侵食するように別空間に引きずり込む。だが、行った先はいつも映画やドラマで見るような夢の世界ではない、いつも悲劇だ。
特に昨日の「バッタになって鳥に喰われる夢」。あれは最悪だった。
僕が夢中になって草を食べている時、奴がやって来て僕を食べた。バッタは人間と違って痛覚が限定的なので、僕の足が鳥の一噛みでもぎ取られる感覚は人間でいう痛みという表現では表せないなんとも不思議で不愉快な感覚だった。二噛みで胴体をやられるともう動かせる場所は殆どない。哺乳類のような明確な意識や思考はそこにない。ただ、何かしらの「志向性」と呼ぶべきものが、体の残骸の中に、ただありありと存在していた。それが一体何だったのかは分からない。ただそれは、存在しないはずの胸のあたりに、形容しがたい熱い塊となって渦巻いていた。そして、無慈悲な三噛み目が、僕の意識を、存在を、完全に『無』へと消し去った……。
こんな感じでいつも悲劇が数日間隔で繰り返される。例えば四日前の夢、あれは特殊なものだった。肌が焦げ付くような熱苦しいジャングルの空間。木からたれ下がる蔦を掴みながら
「ア~アア~」
などと変声を声を上げ、僕は上裸の姿で空中を移動していた。むわりとした空間の中、風を切るたびに撫でる鋭利な冷風は心地よいものだった。しかしそれは突然に訪れた。
横から突然謎に巨大なハンマーが飛んできて僕の脳天を直撃した。意識は完全に消滅したが、その時も「無」であるはずなのに最後の最後、絶命する瞬間、何か熱い塊のようなものが胸の近くで実在していたようなそんな気がした。
こんな悲劇的なものが大半の僕の夢だが、唯一そうでないものが一つ存在する。それは、いつも夢に挑む僕にとっては唯一の安らぎのような時間であり、一番の謎であり、それは今、体験している事実だ。
いつも通り白い空間から謎のゲートに侵食されると。そこは漆黒のベールが世界を覆い、見つめれば、息を呑むほどの星空が広がっている。無数の星々が、まるで黒曜石の盤に散りばめられた宝石のように輝き、銀河雲は一条の光の河となって夜空を横切る。下に視線を移すと地面は液状の様な鏡となり、星々の光を寸分違わず映し出す。そして視線をもとに戻すと地平線は曖昧になり、上下の区別がつかなくなる。それはまるで自分が宇宙空間に浮かんでいるかのような、不思議な感覚に包まれる。風の音さえ聞こえず、ただ静かに、星々の光が水面と呼応し、二つの宇宙が重なり合う幻想的な光景が広がっている。僕は全ての身体が満たされるそんな感奮にふけっていると、宇宙と宇宙を分つ地平線の向こうから光の塊が瞬いて見えた。よく目を凝らし、集中して見る。すると向こう側から少しずつ何かが近づいているようだった。姿はよく分からない、だが、それは軟体生物らしいなめらかな動きでこちらに向かって少しずつ少しずつ前進しているようだった。
しばらく見ているとその存在が、形が少しずつ明瞭になってきた。ぼやけた三角形を思わせるその輪郭。
——いや、上にあるのは……頭と呼ぶべきか……。
そこには何らかの突出部があり、神秘的でありながら硬質な、そして信じがたいほど精巧な意匠を凝らした、ドレスのような衣装を纏った直立生物が、ゆっくりと近づいてくる。その衣装の裾は、まるで液状の地面と一体化しているかのように溶け合い、生物がわずかに前進するたびに、樹状の光模様が地面に瞬く間に描き出されては消えていく。僕は様子をしばらく観察していた。だが、そのあまりにも緩慢な動きにもどかしさを覚え、正体を見極めようと前に向って身を捩ろうとした。
——!
しかし、僕の身体はおろか、頭部すら固定されているかのように微動うだにせず、自分の体の状態さえ確かめられない。もどかしさで指を咥えることもできない。ただひたすらに対象の輪郭が分かるまで目の前の現象を凝視する。
——もう少し、あとほんの少しで……。
そんな焦燥感にかられていた。だが、時は来てしまった。視界の端から忍び寄る白い靄が、暗闇を伴って空間を侵食し始め、僕の意識は唐突に現実へと引き戻されてしまった。
——また、奇妙な夢を見てしまった……。
ここは淡く青い光漂う戦闘機態の機内。この二期間、僕はパイロットアーマーを着たまま寝泊まりを続けている。海鮮の腐った匂いの香りが腐敗臭へと変わり、生臭さと腐卵臭が入り混じった、二人乗りが限度のこの狭い空間は、僕にとって外界を隔絶する、さながら第二の子宮のようだ。外界との繋がりを断ち切られた、閉鎖された空間。もはや生まれ変わることすら拒絶しているかのような、諦念にも似た感情が今、僕の胸を満たしている。
「おはようございます。シン 本日、先導暦(D.C.)二二五五年一二期一〇日。現在の所在地はレガリス共和国家、座標は南環状定位三四・二度、東経時定位一四八・三度。本日の天候は、惑星エリシアのアメリア連邦国首都ハイネセンでは気温二二度で晴れ、アメリア軍本部 フォートヘリオス市では気温一三度で晴れ、 レガリア王権国家では気温一四度で雨となっております。惑星アレア、エリーゼ群島自治領……」
知りたい知識を補完してくれる知能機関「シオン」の女性の合成音声を頭の中で止める。
今、聞かされているのは、手首にはめたフェムト・ユニット内蔵型ウェアラブル知覚拡張統合型情報端末。通称:ステラリンクと呼ばれるデバイスからの神経接続を通して、脳内に情報を音声と認識させ知覚した情報だ。この音声は自身の脳内のレム睡眠とノンレム睡眠の脳波に呼応して起床を感知した瞬間、自動的に再生されるようにプログラムされている。
そう。つまり、僕が今目覚めたのは降恒四時三十四分ということになる。
“は~”と長い溜息をつき、外はそろそろ夕暮れに差しかかるだろうと思いながら、僕は完全に開いていない目を擦りステラリンクをいじりだす。ステラリンクは腕時計型の万能デバイスでちょこん小さい表示を顎でタップすると小さなホログラフィック表示が浮かび上がる。通常はそれをつまむことで自由自在に表示の大きさを変えることが出来るのだが、今はシオンの助けを借りながら脳内で操作していた。僕はただ、だらだらとした時間に身を委ね、思考停止状態で表示を操作し、ネットサーフィンに耽る。今見ているOtubeでは、新進気鋭の若手俳優が、大物オーチューバーからインタビューを受けていた。
『今度の映画、“才色兼備の幼馴染の君が、なぜか記憶喪失になって異世界の僕の家に居候することになった件”という作品ではどのような役を演じるのか視聴者に紹介するつもりで教えてくれる?』
——うわ、最近流行りのラノベの実写化か……。
あのキャラクターのイラストレーターが描いた、独特なデフォルメは、読者みんなの頭の中に共通のイメージとして焼き付いてる。だからこそ、原作ファンは安心して作品世界に入り込める。けれどそれを再現できない実物では痛い作品が生まれる傾向がある。そのことを僕は知っているので僕はあまり実写映画化は期待していない。
『はい……、この物語は主人公のシンの幼馴染が記憶喪失になって、シンの家に居候することになった場面からそれぞれが勘違いしながら仲を深めていく話で……、そんな彼らの葛藤と友情の物語をぜひ見てください』
あまりに無難すぎる回答、視聴者が初見で知見したいこの作品の特徴的な肝心の主人公シンの天真爛漫な性格、それと共に時折見せる過去のトラウマから顕現する暗いキャラクター性について、まったくと言って触れられていない。それにこの若く、なよなよしい雰囲気の俳優にそれが演じられたのか?この人は一体いくつなのだろう?——さまざまな疑惑が沸き起こり、興味本位に芸能事務所のウェブサイトを開いてみた。
——一五歳……。僕より三歳も年下じゃないか。全然そんな風には見えない……。
しかし、そんな彼でも毎期事務所やスポンサーから多額の収入を得ている。僕よりも年下の子たちが目覚ましい活躍を見せ、中には既にトリリオネアになっている者もいるというのに、僕はといえば成人しているのにもかかわらず軍隊から離脱し、無職で無給の状態だ。偶然にも映画の主人公と名前が同じというだけで、現実とはかけ離れた完璧な男性像を想像してしまうと、急に全身から力が抜けていくような気がした。僕は無意識のうちに、脳内からの操作で表示をスクロールする。
続いて映し出されたのは、経済討論番組の一場面を切り抜いた動画だった。表示の中では、眼鏡をかけた若手の経済学者が、司会者に向かって未来の経済について熱弁を振るっていた。
『——現在の社会は、一部の巨大企業や富豪が全体の九五%以上の資産を独占しているという、極めて不均衡な状態にあります。この異常な状況は、「経済成長が人間の繁栄と幸福の源泉である」という根強いイデオロギーによって維持されており、今や富裕層に特化した政策さえ生まれています。資本主義が環境破壊や貧困の一因であることは明白であるにもかかわらず、この事実は十分に認識されていない。依然として、経済成長が継続すれば、技術革新によって気候変動や貧困などの問題も自然に解決されるという、根拠の薄弱な楽観論、あるいは信仰に近い考え方が存在している。このような状況下では、競争は必然的に激化し、本来、人類の豊かさを実現するための社会が、そのシステム自体の正当性を維持するための社会へと変質していると言わざるを得ない。したがって、私たちは今後、既存の資本主義に代わる、全く新しい経済システムを探すことを喫緊の課題として捉えるべきではないでしょうか——』
僕は最初、彼の主張を聞いていて確かに正論だと考えていた。しかし、彼の際立った容姿、そして身につけているものが全て有名ブランド品であることに気づくと、彼の言動全体に対して徐々に疑念を抱くようになっていった。
——全く、現実というものを理解していない……。
今の世の中、資本主義が唯一、少なくとも現時点では最も現実的な政治経済の枠組みであることは、誰の目にも明らかだ。ちゃんと理にかなった代替案なんて、今のところない。しかも、数百年前とは異なり、二つに分断されたこの世界では、個人の競争はかつてないほど激化している。あらゆるものが市場価値という尺度で定量化され、評価されるこの時代、この人物の反資本主義的な活動すら、例外ではない。結局のところ、この人物は「反資本主義」という名の市場で利益を得ている紛れもない経済人なのだと確信した。しかし、そんな思索に浸る中、内に存在するその事実は僕の心を蝕んでいく。
——彼らと比べると、僕は……。
頭の中でどんなに完璧な理論を構築し、世界を否定してみても、それは虚空に消えるだけだ。誰にも届かない。誰にも評価されない。そんなことを考えていると、心の奥底から冷たい虚無感が湧き上がってきた。それは、まるで深海の海に沈んでいくように、僕の心を深く、暗い迷宮に引きずり込んでいく……。僕はふいに息苦しさを感じ、ホログラフィック表示を乱暴に閉じた。しかし、その暗闇の中で、僕は何か光を探していた。何か、この空虚を満たしてくれるものを。その渇望に突き動かされるように、すぐにまた表示を開き、今度は無意識のうちに、映画のサブスクリプションサービスを起動していた。脳内で勝手に操作していた、と言ってもいいかもしれない。
しばらくして映画を見終わり、表示を閉じた。僕はあまりの内容の薄さ、視聴に費やした時間の無駄使いにしばらく幻滅していた。さまざまな有名な漫画、アニメ、小説はここにいる間に大体網羅した。最近のエンタメの傾向として、異世界に行って自身の得た知識や能力を活用し無双する話が隆盛している。“ブサイクな無職が転生して美女になり、逆ハーレムを築く話”“中二病が転生後は無敵の存在になり、裏社会から世界を救う話”“普通のさえないOLが転生し最強の女王になる話” どれもこれも、現実世界で居場所を見つけられない人が、自己顕示欲を満たすための逃避先として異世界を求めているのだろう。市場で評価されない人が、別の世界でチヤホヤされたいという願望。現実世界からの避難場所としての救済をこれほどまでにストレートに表現したものが流行るのは、この世界の定めのようなものだと感じる。だが、そんな夢の世界に行ったところで、夢は現実にはなりはしないし、夢で食っていけることはない。そうゆうふうに僕の頭の中を夢で満たしたところで、僕の体は応えてくれない。
そう……ついに、僕の体は栄養不足で既に痙攣をおこしていた。戦闘機態に備蓄してある予備の食料も水も四日前に底をついた。だから今まで僕は空腹を紛らわすため、無駄にエネルギーを消費しないためにネットサーフィンをして時間をつぶしていた。ただ、それももう限界だった。どうにかしなければならない。
——食べ物、水……いや、先に食べ物を……。
僕は、座席裏に備え付けられた緊急用客室区画を、這うようにして脱出しようと必死にもがいていた。しかし、左脚と右腕はまるで溶けたゼリーのようにぐにゃぐにゃで、辛うじてアーマーによって形を保っている状態だった。本来冷たいはずの地面が、焼け付くように熱く感じられた。ついに、脳の機能までもが侵され始めたのか、ここは現実なのか夢なのかさえ判別がつかないほど、意識は混濁し始めていた。視界もぼやけ、思考も途切れ途切れになっていく。それでも、残った片手、片足の力だけを頼りに、必死に前進し、ようやく緊急脱出用ハッチまで辿り着いた。僕は、祈るような気持ちで、脳内で知能機関「シオン」に意識を集中させ、心の中で強く呼びかけた。
「(開けてくれ……‼)」
するとそれに呼応したのか緊急用ハッチが“チチチチ”と微細な音を立てて開き、僕は第二の子宮から生まれるように、ぽんと生み出される。ようこそ地獄の世界へ——と、外は今や恒星ルミナが完全に沈んだ暗闇の雨降りで、今さら知能機関「シオン」から流れたモーニングコールをしっかり聞くべきだと後悔したが、それはもう後の祭り。今の僕の体は泥にまみれまるで巨大な新種のミミズのようだろう。
“ジュボボボ……”
水は確保できるとふいに地面の泥水を吸うと食道になんとなくな感覚を感じる。味は当たり前だが生きてきた中で史上最悪の味だった。だが、そんなことは気にしない。何か食べれる葉や茎は……と何か腹に入れるものはないかと周囲を探る。だが、外は激しい豪雨で視界は悪く、植物性のものはほとんど見当たらない。しばらくの間、外に出て地面を這いずり回っているうちに、僕の体温は徐々に低下してきたのか、震えは一層激しくなってきた。
——寒い……苦しい……!
そう心の底から叫びたい衝動に駆られるが、意志とは裏腹に身体は言うことを聞かない。僕の人生もまた、そのようなものだった。何かに情熱を傾けても、数値が、社会が、世界がそれを否定する。あらゆるものが定量化、言語化、可視化、される世界で、僕を承認という名の温かさで包み込んでくれる存在などいない……。
全ての出部から残りの液体が流れ出す錯覚させ覚えながらふと横を見ると、一匹の蟻が豪雨の中、自分の体よりも大きな、小さな食料を抱えながら懸命に移動していた。降りしきる雨は地面を叩きつけ、水溜まりは容赦なく広がり、蟻の小さな体は今にも流されてしまいそうだった。本来、蟻は整然と隊列を組んで行動し、組織的な動きで効率よく食料を運搬するものだが、今はただ一匹、孤独に、自らの責務を全うしようとしている。視覚を持たない蟻が、これほどの豪雨の中で単独で行動することは、死に等しい行為と言えるだろう。自然の猛威に抗うこともできず、水流に飲み込まれてしまえば、その小さな命は容易く絶たれてしまう。しかし、その小さな身体で、まるで何かに突き動かされるように、必死に食料を持ち運ぶ姿は、僕には途方もなく大きな、混沌に挑む様は力強い存在に見えた。巨大な蟻と、何もできずに雨に打たれている自分を重ね合わせるうちに、自分が、より小さな存在であると認識するとともに自分は何なのだろうか、という疑問が、深い絶望とともに湧き上がってきた。この嵐の中で、食料を得ることも、雨を凌ぐことも、人の形さえ保つこともできない自分は、一体何なのだろうか。こんな状況で生きている生物は、もはや原生生物くらいしかいないのではないか……。形が小さくなるにつれ、この雨に洗い流されるように、まるで色が失せて透明に、『無』なっていく僕はほとんど無意識のうちに呟いた。
「僕は……僕は、誰なんだ……?」
——もう駄目だ……。
アメーバになりしばらく時間が経過した。諦めの感情が頭の中で渦巻き、ついにはその感情さえも失いかけていた、まさにその時だった。
胸上に熱く、瑠璃色の光がふわりと灯った気がした。
——これは夢の中で感じた……いやそれだけじゃない……。
それは、凍えかけていた僕の身体を内側から暖めるような、力強く青く暖かい光だった。
“パッ!”
すると、まるでその光に呼応するように、暗闇の中から二つの、強い光を放つ何かが、こちらへ近づいてくるのが見えた。その光は、降りしきる雨と暗闇を切り裂き、迷うことなく、僕を捉えているようだった。
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