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第11話 クレアの異変②

 僕たちは車を指定された場所に停め、会場に降り立った。見渡すと、広大なグラウンドにはすでに多くのボランティアが集結している。老若男女、様々な年齢層の人々が、作業着に身を包み、ヘルメットや軍手、マスクなどを装着し、作業開始の指示を静かに待っていた。その中に、エヴァンさん、リアン、ライアンの姿も見つけることができた。レーアさんも、数人の子供たちを引き連れて来ているのが見える。


 ——……!


 ふと、僕は群衆の中に、見覚えのある顔を見つけてしまった。以前エヴァンさんの家で出会った、衡平党のあの二人組だ。最近ニュースで頻繁に見かける彼らは、目立つことを避けるためか、以前着ていたようなグレーのボディースーツではなく、他のボランティアとほとんど変わらない地味な作業着姿だった。それでも、彼ら特有の、人を惹きつけるような不思議な雰囲気が漂っている。そして何よりも驚いたのは、彼らがこんな場所で、他のボランティアに紛れて活動しているということだった。


 ——本当に、地方政党として活動もしているのか……?


 一抹の疑念を抱きつつも、今は目の前の作業に集中すべきだと自分に言い聞かせた。周囲には、被災地の痛ましい状況を反映してか、切迫した緊張感と、どんよりとした重い空気が混在し漂っていた。そんな張り詰めた雰囲気を和らげるように、拡声器から、凛とした中に温かさを感じさせる、落ち着いた女性の声が響き渡る。僕は思わず視線を壇上に向けた。


「エミュエール財団に関わる活動家の皆さん、その他ボランティアの皆さん。本日は地震災害復興支援活動にご参加いただき、誠にありがとうございます!」


 その声には、被災者の方々を思う強い気持ちが込められているのが、ひしひしと伝わってきた。遠くの壇上に目をやると、先ほど車中でニュース映像に映っていたソフィー主席王女が、豪華な正装ではなく、今回は動きやすそうな作業着姿で立っていた。


「今回の地震では、この地域に甚大な被害が発生いたしました。家を失い、大切な方を亡くされた方も、数多くいらっしゃいます。私たちの力は、決して大きなものではないかもしれません。しかし、それでも、被災された方々の力になりたい。その一心で、皆さんは今日、この場所に集まってくださったのだと思います。私はその温かいご厚意に、心から深く感謝申し上げます」


 彼女の言葉に、参加者たちは誰一人として言葉を発することなく、真剣な眼差しで聞き入っている。その誰もが王女の優しくも力強い言葉に励まされ、勇気を与えられているようだった。彼女の言葉は、静かな感動を呼び起こし、会場全体を温かい静寂が包み込んだ。


「今日の作業は主に瓦礫の撤去、避難所での物資の仕分け、そして被災者の医療行為などです。危険を伴う作業もありますので、くれぐれも無理はせず、安全第一でお願いします。重機などの専門免許をお持ちの方は、私から見て右側、医師やメンタルケアの専門家の方は真ん中、特に専門技能がない方は左側にスタッフが目印を持って立っています。私の話が終わり次第、それぞれの場所に集合し、各リーダーの指示に従って行動してください。また、被災された方もいらっしゃいますので、彼らの邪魔にならないように活動し、分からないことがあれば、遠慮なく周りのスタッフに声をかけてください……」



 皇王女の説明が終わると、参加者たちはそれぞれの持ち場へと、静かに、しかし決然とした足取りで移動を始めた。僕たちは一旦エアリアさんのもとに集まり、彼女からの指示を待つ。エアリアさんは、僕、ロミ、クレア、スレイ、エヴァンさん、リアン、そしてライアンの全員が揃ったのを確認すると、淀みなく指示を出し始めた。

「みんな、集まってくれてありがとう。それでシン、あなたは重機の操作はできるかしら?」


「はい。士官学校で、各種機械の操縦免許を取得しているので、問題はないです」


 エアリアさんは僕の言葉に頷き、

「それなら、シンはエヴァン君と一緒に重機が扱えるグループへ。私は医療関係のグループに行くわ。ロミ、クレア、スレイは、リアンとライアンたちと一緒に行動してね。さあ、行きましょう!」


 僕とエヴァンさんは共に瓦礫の撤去のグループへ、子供たち三人はリアンとライアンの方へ、それぞれ指示された場所へと向かって行く。別れ際、僕はライアンとリアン互いに三人で励ましのエールを送り合った。


「じゃあ、二人ともそっちで頑張って!特にロミは何しでかすか分からないから、しっかり見張っておいてほしいんだ 頼むよ!」


「シンこそ重機を扱うから怪我に気を付けろよ!」


 ライアンあっけらかんと言い、そのそばでロミは口をくの字に曲げている。一方で、僕は恐れながらリアンの今にも折れそうな体つきに支障をきたさないか不安になる。


「リアンは怪我しないように! 言うと悪いけど……ちょっと怖いから……」


「大丈夫だよ、シン君! これは僕が今までやりたかったことの一つだから、それに……ライアンもいるからきっと大丈夫だよ!」


 リアンは問題ないかのようににこやかに答えた。


「じゃあ頑張って!皆!」


「「そっちもね!」」


 会話を終え、ふと目をやると、クレアが心配そうにエアリアさんに何かを相談しているのが見えた。クレアの顔色は優れず、エアリアさんも少し眉をひそめている。作業で困っているのだろうか。何かあれば近くにいる大人たちに聞けば解決するだろう。僕はそう思い、特に気にせず現場に向かった。

 僕とエヴァンさんは、重機を扱える作業員たちが集まるグループに合流し、リーダーからの説明に耳を傾けた。周囲では、僕たちのグループ以外はすでに作業に取り掛かっている。土埃を上げながら崩れた瓦礫を運び出す人、轟音を立てて重機を操縦する人、額の汗を拭いながら的確な指示を出す人。誰もが真剣な表情で、黙々と作業に没頭していた。その熱気に押されるように、僕も瓦礫の撤去作業に取り掛かるべく、ヘルメットを深く被り直し、気持ちを奮い立たせた。


 ——よし、僕も全力を尽くそう!


 僕とエヴァンさんは交代で重機を操作し、まずは比較的小さな瓦礫の撤去から始めた。機械を使っているとはいえ、全身の筋肉を総動員するハードな作業で、額からは汗が容赦なく流れ落ちる。想像していた以上に過酷な重労働だった。

 この時代の巨大建築、軍事設備、高級住宅には、フェムトユニットという特殊素材が使われている。それは、生物の皮膚のような柔軟な環境適応性と、金属のような強靭な耐衝撃性を併せ持つという。だが、その素材は高価で、この地方都市の建物に使えるのは一般的なものだけだった。だからこそ、今回の大地震で甚大な被害が出たのも、ある意味では仕方のないことなのだろう。

 全智典によれば現人類の文明レベルの指標は、レベル二に近いとされている。しかし、それはごく一部の分野や地域だけの話だ。格差が広がるこの社会では、レベル一にも満たない場所が数多く存在する。僕は、瓦礫を片付ける作業を続けながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 それはそうとして、特にここに来てから僕の頭から離れない不思議な光景があった。それは、人々が瓦礫の山に向かって手を合わせ、祈るように佇んでいることだった。僕は彼らの謎の行動に対する素朴な疑問をエヴァンさんにぶつけてみた。すると、エヴァンさんは僕の言葉が信じられないといった表情で目を丸くし、少し考え込むように言った。


「ああ……まあ、そうか。シンは、まだそういうのを見たことがなかったんだな……。彼らは、ここで亡くなった方々が、少しでも安らかに、より良い場所へ行けるようにと願っているんだよ」


 ——より良い場所……?


 エヴァンさんは一体何を言っているのだろうか。科学が発展した僕たちの世界では、僕たちの世界では、人が死ねば意識は消滅し、全ては『無』に帰すと考えられている。そんなことをして、一体何の意味があるというのだろうと、僕には全く理解できなかった。


「それでは……エヴァンさん、この国では、亡くなった方に対して、他に何か特別なことをするんですか? 例えば……死体の処理については?」


 頭の中からあふれ出てくる率直な疑問をぶつけると、エヴァンさんは答えた。


「ああ、そのことに関してはな……ソウシキというものをするんだ。今さっき、瓦礫の前で手を合わせていた人たちの行為の、もっと大規模なものだよ。親族や故人の友人、知人たちが集まって、故人の思い出を語り合ったり故人が天国という場所に無事に辿り着けるようにと、様々な儀式を行うんだ。そして、一連の儀式が終わると、火葬場で遺体を焼却して、骨が少しだけ残るからそれを墓地というところに入れて全てが終わる、という流れだな」


 以前、クレアとの何気ない会話の中で天国の話をしたことがあったが、なぜ、この国の人々は、科学的な根拠のないそのような概念を、これほどまでに信じているのだろうか。僕たちの国ではソウシキと似ているが、親しい人が亡くなると、慰労会が開かれる。故人の生前の功績や労をねぎらい、集まった人々が食事をしながら思い出を語り合う程度のイベントだ。遺体は、見ていて気持ちの良いものではないため、死亡後速やかに焼却場で処理されるのでソウシキとは順序が逆だ。いかに早く、いかに効率的に遺体を焼却できるかを競い合っている企業もあるほど。そう思うとこの国の人々は、なんと非効率的なことをしているのだろうかと、僕は不思議な感覚を抱えながらも作業を続けていた。


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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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