第11話 クレアの異変①
~20期中旬~ 昇恒8時00分 天気:晴れ
場所:レガリス共和国家レガリア県
首都レガリア郊外で発生した地震の災害復興支援のため、今日、僕らはエアリアさんたち一行と共に現地へ向かっていた。このボランティア活動は、エアリアさんのエミュエールハウスの活動の一環らしく、僕らは彼女が運転する車に乗り込み、夜中から出発し、長い時間をかけて目的地を目指していた。いつものように、後部座席ではロミとクレアが僕を挟んで些細なことで言い争っている。助手席に座るスレイは、その様子を微笑ましそうに、口元に手を当ててくすくすと笑っていた。その柔らかな笑顔を見るたび、僕は胸の奥がほんのりと温かくなるのを感じた。以前のスレイは、心を閉ざし、他者を寄せ付けないような冷たい少女だった。だが、僕が彼女に絵を描いてあげて以来、彼女を覆っていた硬い殻が少しずつ剥がれてきている。そんな些細な変化を感じていた。
僕はくつろいだ姿勢を正し、後部座席の椅子に深く座り直した。窓の外に目をやると、景色はすっかり春の装いから夏の季節に近づいており、道沿いの木々は夏に向けて瑞々しい若葉を芽吹き、暖かな陽光が車内に心地よい空気感を運んでくる。しばらくは単調な道のりが続き、やることもないので、僕はエアリアさんにふと頼んだ。
「エアリアさん、そのナビでニュースを見てもいいですか?」
「いいわよ」
彼女に許可を得て身を乗り出し、ナビ画面を操作すると、最初に飛び込んできたのは衡平党関連のワイドショーだった。H・ゲート消失事件以来、衡平党の知名度は飛躍的に向上し、今やその名を知らぬ者はいないと言っても過言ではない。画面には、以前エヴァンさんの家で会った衡平党の党首ヨシュアが、オーチューブに投稿した動画が映し出されていた。
ヨシュアは動画内で深々と一礼し、落ち着いた佇まいで、今後の活動について発表した。
『我々、衡平党は、真に力ある政党であることを示すため、次回のH・ゲート発生においては、あえて対処を見送ります。これにより、既存の権力が如何に無力であるかを白日の下に晒し、真の救済とは何かを民衆に示すことこそ、我々の使命と考える所存です。以上で今回の発表を終わります。右下のアイコンをタップしてチャンネル登録と良いねボタンをよろしくお願いいたします』
動画紹介後、スタジオでは様々な意見が飛び交っていた。
ジェルで髪を固めた精悍な男性コメンテーターは眉をひそめ述べた。
「この異端者たちの考えには疑問を感じざるを得ませんね。個人的な意見としては、私は全く信用できません。現代、エリオス様の科学的思考こそ正当であるにも関わらず、彼らの主張は理解に苦しみ、愚劣と言わざるを得ないでしょう。私たちとしては、より確固たる根拠に基づいた説明がなければ、現状を理解するのは難しいでしょう」
一方、派手な服装の若い女性タレントは興奮気味に訴えた。
「もしかしたら……この未知の組織は、本当に私たちを守ってくれる存在なのではないでしょうか?この暗い国の状況を変えて、人類の未来を導いてくれるような……そんな新たな力になってくれるかもしれません。もう少し彼らの活動、その様子を見てもいいのではないでしょうか?」
額にアメリア連邦国の国旗のデザインがあしらわれた鉢巻を当てた男性コメディアン。彼は厳しい表情で語気を強める。
「いや、違うな。このような国家の秩序を乱す可能性のある存在は、今すぐに排除すべきだ!彼らが本当に私たちを守る存在なのか?いや……むしろ奴らこそが危険な存在と繋がっているのではないか!アメリア国民の未来を売り渡す様な売国奴どもを絶対に許すわけにはいかない!」
すると、再び男性コメンテーターが反論した。
「科学的見地から見れば、そのような非科学的な主張は受け入れられませんね。ただ、真実を知っている学者が積極的に声を上げなければ、国民は心配で夜も眠れませんよ。彼らの実態を知った暁には、我々国民がもっと「これはおかしい!」と否定的な声を上げ監視しなければなりません、そうでなければ彼らは少々危険な存在ですね……」
「いいえ、そうではありません!彼らを保護し、その力を先ほどの方が申し上げた通り科学的に検証するべきです 今はそんなに焦る必要はありませんよ」
「やはり、国はもっとこの奇妙な政党の動向を監視し、必要であれば取り締まるべきだ! それでこのことに関して警察は何をやっているんだ! もっと働くべきところでしっかり働くべきではないのか? 治安を守るためにあるんだろ?」
議論は白熱し、誰もが自身の意見を主張していた。具体的な解決策を期待していたが、結局、彼らは僕ら軍隊とは異なり、傍観者に過ぎない。そう感じた僕は、彼らの何の効果もない議論にうんざりした。
彼らの喧噪はさておき、僕は依然として、この予測不能な組織に対し、注意深く画面の情報を追っていた。彼らの真の目的は何なのか?本当に民衆を救済しようとしているのか?それとも何か別の思惑があるのか……?考えても、正直なところ全くと言っていいほど分からなかった。
しばらくするとワイドショーは終わり、朝のニュース番組に切り替わった。画面には、空港で華やかな式典が開かれている様子が映し出された。アメリア恒星間航行研究機構(I.F.D.O.)のトップと、レガリス共和国家の軍事技術提携合意に向けた重要な会談が行われるらしい。画面には、I.F.D.O.の幹部と思われる、仕立ての良い制服に身を包んだ若い男性が、政府専用機らしき飛行機のタラップを降りてくる様子が映し出された。彼を出迎えるように、落ち着いた青紫色のジャケットを着た若い女性が、笑顔で歩み寄った。
「ソフィー皇王女よ!」
すると突然クレアが、まるで憧れの3DCGアニメ映画のヒロインにでも出会ったかのように、前のめりになって叫んだ。再び画面に目をやると、長い黒髪に明るいオリーブ色の肌を持つ美しい女性が、格式高いレガリス共和国家の制服を身にまとい、タラップの下で男性を笑顔で迎え入れている。男性は、リムレスのオーバル型眼鏡をかけ、左右に分けた黒茶色のミディアムヘアをしていた。
——どこかで見たことがあるような……。
その姿に、ふと右隣を見ると、後部座席のロミがなぜか露骨に不貞腐れた表情を浮かべていた。すると、「もう、チャンネル変えてよ」とでも言うように、ロミはエアリアさんにナビの画面を指さし、ニュースを消すように促した。
「もう見たくない! スレイ消してくれない」
「何ロミ、お兄ちゃんが出てきて妬いてるんでしょ」
クレアがからかうように言う。
——そうか、だからあんなに髪色と顔の輪郭が似ているのか。しかし、僕とそれほど変わらない年齢でこの階級とは……。名前は何というのだろう。
ちょうどそう思ったその時だった、画面にテロップが流れた。
『エリオット・ベンジャミン・ハリンストン(I.F.D.O.総長補佐)』
——総長補佐か、この年で……。
僕は画面をしばらく見ていたがかなり疲れてきた気がした。気分転換にふと窓の外を見る。車は被災地に近づいているらしく、青空の下、広い範囲に瓦礫が広い範囲に散乱していた。特殊な青いシートで覆われた家屋、倒壊したままの建物、ひび割れた道路。地震の爪痕が、生々しく残っていた。
——確かこの土地はアルフレッドさんが言っていた……復興には、まだまだ時間がかかるだろうな……。
僕は久しぶりに、アルフレッドさんが機態内で話してくれた故郷の話を思い出し、懐かしい気持ちが心の奥底から込み上げてきた。そんな温かい感傷に浸りながら、しばらくエアリアさんの運転する車に揺られていた。やがて、作業現場となる、学校を緊急の避難場所とした会場が見えてきた。
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