第10話 意図せぬ来客⑤
降恒8時00分
天気:晴れ
場所:レガリス共和国家イオニア県ダノン市
衡平党の一行がエヴァンさんの家を後にすると、エアリアさんは帰らずそのまま残った。彼女は元々エヴァンさんに用があったようで、しばらくの間話した後、エミュエールハウスへと帰っていった。ライアンとリアンも、程なくしてそれぞれの家へ戻っていった。
彼らが去り、家の中にはエヴァンさんと僕だけが残された。先程までの張り詰めた空気が微かに残る静寂の中、僕たちは夕食の席についた。今日はエヴァンさんの気が進まないらしく、料理の準備もままならず初めて僕が夕食の準備を任された。素直に喜びたい気持ちはあったものの、彼のどこか物憂げで寂しそうな様子が気になり、心から手放しで喜ぶことはできなかった。
今日僕が作った料理は、ビーフシチューにハンバーグを添え、ライスを盛り付けたワンプレートに、ボイルしたブロッコリーとミニトマトを彩りとして加えたもの。薄暗く、少しひんやりとした空気が漂う中、僕ら二人は黙々と食事に向き合っていた。
僕は食事中、少し行儀が悪いかもしれないと思いつつも、衡平党のオーチューブライブのアーカイブを再生していた。画面右上にはH・ホールが映し出され、撮影時刻は現象が発生したとされる時間と一致している。映像の中で、確かにアレンと呼ばれた人物が画面表示の端から現れ、四方に向かって丁寧に一礼した後、何もない場所に立てられた幕の中へと入っていく。直後、あたり一帯が淡い光に包まれ、表示右上に映っていた巨大な物体は、きれいな円形の消失跡を残して忽然と消え去った。そして、全てが終わったのか、アレンが再び幕の中から現れ、同じように一礼をしてから表示の外へと消えていった。最初は本当にこんな方法で解決したのかと信じられなかったが、様々な情報を調べていくうちに、これは実際に起こったことであり、アレンという人物が問題を解決したらしいと分かってきた。これ以上考えても堂々巡りだと思い、僕は目の前の食事に意識を集中させた。
しかし、僕は今日の出来事が、やはり頭から離れない。ヨシュアとは一体何者なのか?ヨシュアとエヴァンさん、そしてエアリアさんの間には、どんな関係があるのだろうか?ヨシュアとエアリアさんが身に着けていた、どこか見覚えのあるチョーカーは何を意味するのだろう?そして、ただならぬ雰囲気を漂わせていた、アレンと呼ばれた人物……。様々な疑問符が頭の中で渦巻いていた。まずはエヴァンさんが何かを知っているかもしれないと考え、僕は意を決して口を開いた。
「エヴァンさん、あの……僕はエヴァンさんのことについて、あまりお聞きしてこなかったと思うんですが、今からいくつか質問してもよろしいでしょうか?」
エヴァンさんは、食事に集中していた手を少しゆるめ、僕の方を見て言った。
「ああ、俺に分かることなら、何でも答えるぞ」
「ありがとうございます。あの、エヴァンさんとエアリアさんの関係って、一体何なのでしょうか?僕がここ、レガリアに来た時、あまりにもスムーズにエアリアさんに助けていただき、そしてこちらに来てからも、すぐにエヴァンさんの仕事を手伝わせてくれるなど、あまりにも事が上手く運びすぎているような気がしているんです。もし差し支えなければ、その辺りのことを、分かる範囲で教えていただけませんか?」
ビーフシチューを食べ終え、ゆっくりと煙草に火をつけたエヴァンさんは、少し色褪せた金髪を指で払いながら、静かに口を開き始めた。
「エアリアさんと俺は二歳違いの先輩後輩の仲で、共にアメリア軍に技術提供をするI.F.D.O.で働いていたんだ。エアリアさんがここに来たきっかけは分からないが、俺は数年前にあることをきっかけにここに流れついた。その当時は自分の存在が……なんだかちっぽけに感じてしまって、何もできない自分を奮い立たせるため——いや、それよりも……逃げて、ここに流れ着いたんだ。着いた時、丁度ライアンのお父さんが俺を拾ってくれて、農作業の仕事をくれた。それがそのまま今の仕事になってるんだ」
エヴァンさんも、きっかけは違うが、僕と同じようにアメリア軍での出来事を経てここに辿り着いたのかもしれない。その境遇に、胸の奥に静かな共感が広がり、じんわりと重なっていくような感覚を覚えた。そして、僕はまだ心に残る疑問をエヴァンさんにぶつけた。
「エアリアさんとヨシュアがつけていた、あの特徴的なチョーカー。あれには一体どのような役割があるんですか?確か……僕が知っている限りでは……あれを身につけているのは真護会とI.F.D.O.の上層部のメンバーだけだと聞いたことがあるのですが……エヴァンさんは知っていますか?」
「ああ、あれか。俺も詳しいことは知らないんだが、エアリアさんや先ほど見たヨシュアは、俺が軍に入った頃にはもうすでに着けていたよ。噂だと、二人は小さい頃からずっと身につけてるらしい。何か用件でつけているのか?位の印としてつけているのか?仲間の印としてつけているのか?推測は出来るが詳しいことは、本当に俺も分からない。ただ、あれを付けている奴らは、エリオス様に認められた者として、人からは崇高な存在として見られるのは確かだ」
——そうなのか……。やはり、彼らには何か特別な繋がりがあるのだろうか。
そして僕は、エヴァンさんが知っているかもしれない、最後の質問を投げかけた。
「あの、なぜ僕が初めてエヴァンさんのところに来た時、あんなにもすぐに働かせてくれたんですか?あまりにも全てがスムーズに進みすぎて、正直、自分でも少し違和感を覚えてしまったんです。もし差し支えなければ、教えていただけませんか?」
エヴァンさんは、「ああ、そういえばそうだったな」といった様子で、天井を見上げ、遠い記憶を辿るようにゆっくりと言った。
「何だったかな……。確か、シンが来るほんの二日くらい前に、エアリアさんから連絡があってな。『エヴァンのところに、今度新しい子を連れて行くから、しばらくの間、面倒を見てやってくれないか』って頼まれたんだ。だから、お前の機態が見える場所で待っていた。そしたら、エアリアさんの言った通り、シンが本当に現れたんだ。それで、今みたいに、ここで一緒に働いてもらっている、というわけだ。だからなんでと言えばそう言われたからやっただけで本当のことはエアリアさんにしか分からないんだ……」
——あの人は、一体何者なんだ?……預言者なのか?
僕がこの場所に落ちてきた時も、まるで僕がここに現れることを知っていたかのような、あの落ち着いた対応。エアリアさんという存在は、一体何なのだろうか?
僕はしばらくの間、思考の迷宮に囚われていたが、考えても明確な答えは見つかりそうになかった。おそらく、エヴァンさんが知っているのは、この辺りのことまでだろう。そして、H・ゲートと呼ばれるあの恐ろしい現象を、まるで魔法のように止めてみせた、綺麗な銀髪の青年アレンのことが、まるで焼き付いたようにどうしても頭から離れなかった。
僕らは静かに食事を終え、食器を洗い、順番に風呂を済ませ、全てが終わると、それぞれの簡易寝床に潜り込んだ。今日はあまりにも多くの出来事がありすぎた。頭の中を整理するためにも、僕は目を閉じた。すると、意識はあっという間に闇に包まれ、またいつもの、あの奇妙な夢を見るのだった。
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