第10話 意図せぬ来客②
昇恒8時20分 天気:晴れ
外は快晴で、まさに絶好の作業日和だった。今日は久しぶりにバーティカル・ファームセンターで仕事をすることになっている。自転車を漕ぎ、遠くに見えるエヴァンさんが管理するバーティカル・ファームセンターに近づくと、懐かしい姿が目に入った。あの冬の日とは違い、パーカーの下にはデニム、足元は作業用の動きやすい靴を履いている。一般人らしいラフな格好だが、それでもなお、彼を包み込む柔らかく、異様な存在感は健在だった。そう青年リアンがそこに立っていた。僕にこの土地で動き出すきっかけをくれた彼に久しぶりに会えたことが、素直に嬉しくて思わず彼に駆け寄った。
「リアン、久しぶり! 本当に会えて嬉しいよ!」
「やあ、シン君、久しぶりだね」
リアンも、小さく手を振り返してくれた。
僕らは傍らにあるベンチに腰掛け、近況報告をし合った。
「リアンは最近何をしているの?野暮な質問かもしれないけど、僕が以前見かけたときも、僕と同じで何かに所属しているわけでもなさそうだし……いや、答えられなかったらいいんだよ」
僕は以前会ったときに感じた疑問を、素直にぶつけてみた。
「いや、シン君が以前、自己開示してくれたから、僕もするよ。実は僕も、君と同じように逃げて来たんだ……いられなくなったってこともあるけれど……現実からめをそむけたくなってね……」
——僕と同じだ……。
少しうつむきがちになったリアンを見て、僕は心配になり、言葉を返すのを躊躇してしまう。彼は僕と同じように、自分の居場所にいられなくなって逃げてきたのに、あの時、僕のことを気にかけて声をかけてくれたのだ。そんな彼の優しさを思うと、感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。僕らはしばらく、言葉を交わすこともなく、沈黙の中にいた。しかし、その沈黙を破るように、僕は思い切って言葉を発した。
「ところで……、なんでここに来てるの?しかも、よく僕がここで働いているって分かったよね」
「実は僕も、君も知っているであろうエアリアさんにいつもお世話になっているんだ。エミュエール財団は、子どもの保護以外にも様々な事業を展開しているからね、で、その関係で。それで、僕はシンのことを聞いていたんだ。アメリア軍の事件に巻き込まれたこと、エヴァンのところで働いていること、ロミたち子どもたちがお世話になっていること……。だから、久しぶりに君に会いたくなって、ここに来たんだよ」
「そうなんだ……」
リアンもまた、心に深い傷を負っていたのだ。同じ境遇の存在がいることに安心感を覚えると同時に、彼の身に一体何があったのだろうかと、胸が締め付けられる。彼の抱える苦しみを思うと、いたたまれない気持ちになり、自然と悲しみが込み上げてきた。そんな僕の様子を察したのか、リアンは少し困ったような、それでいて優しい笑みを浮かべて言った。
「そんな顔しないで、シン君。僕はもう大丈夫だよ。エアリアさんや、エミュエール財団の人たちのおかげで、少しずつ現実と向き合って前を向けるようになってきたんだ。それに、こうして君と偶然再会できた。これは、きっと何かの縁だよ。ね?」
——エン……前にもリアンは言っていたけど、一体どういう意味なんだろう……?
リアンの言葉に、僕はハッとした。確かに、彼の言う通りだ。僕たちは、偶然にもここで再会した。これは、きっと縁とはきっと運命的な何かなのかもしれない。
「そうだね、リアン。僕も、リアンとまた会えて本当に嬉しいよ。……あのさ、もしよかったら、これから一緒に働かないかな?エヴァンさんのところで、俺とエヴァンさんだけだと、この農場を管理しきれてなくて人手が足りないんだ。リアンが来てくれたら、きっとすごく助かると思うんだけど……どうかな?」
ふとそう思いつき、僕はリアンに声をかけてみた。リアンと一緒に働けば、きっと心強いだろう。それに、彼にとっても、新しい生活を始めるいいきっかけになるかもしれない。リアンは、僕の言葉に少し驚いた表情を見せた。けれど、すぐにいつもの優しい笑顔に戻り、何かを言いかけたその時、聞き慣れた明るい声が横から飛んできた。
「久しぶりだにー、シン。お、その隣におるんは、知り合いけ?」
声の方を振り返ると、ライアンがいつものように大きな笑顔で手を振りながら、颯爽とこちらに近づいてくるのが見えた。
「久しぶり、ライアン。こちら、僕の隣にいるのはリアンだよ。彼とはちょうど今、話していたところなんだ」
するとライアンはすぐにリアンに歩み寄り、手を差し出した。リアンも笑顔でその手を取り、握手を交わす。ライアンは満面の笑みで言った。
「初めましてだね!俺はライアンっていうんだ。君はリアンだね、よろしく!」
「こちらこそ、よろしく」とリアンも穏やかに応じた。
ライアンはくるりと踵を返し、僕に向かって提案する。
「で、これからどうするだ?せっかく三人もおるんだし、どこか遊びに行かんだか?」
「いやでも、これからエヴァンさんのところで作業が始まるから、そんな時間はないよ!」
「大丈夫、大丈夫!俺が今からエヴァンさんに許可をもらってくるから!」
「いいのか?」と僕は少し心配になり尋ねた。
「ええよ、ええよ。シンにも友達がでけたから、俺もうれしいよ。前遊んだ時なんか、目が死んどったでな。それに比べりゃ、すごい進歩だに!」
そう言うと、ライアンはエヴァンさんに許可を取りに行くため、勢いよく走り出した。しばらくして、エヴァンさんから許可を得られたのだろう、ライアンが両手で大きな丸を作り、満面の笑顔で戻ってきた。
「よっしゃ!エヴァンさんに許可もらったで、遊びに行くぞ!」
「それじゃあ、どこに行くの?リアンもいるし、前みたいにギャンブルをするのは、あまり気が進まないんだけれど」と僕は尋ねた。
「大丈夫!大丈夫!今日はそんなところ行かんよ、う~んそうだな……それじゃあ最近できたばっかのダノン市街にあるカラオケ店に行こうと思っとるんだ!それなら、だれでもいけるだろ」
僕は一応リアンに確認を取るつもりで質問をする。
「リアンは、カラオケ店に遊びに行くのは大丈夫?」
「シン君が楽しめるのなら、僕はどこへでも行くよ」とリアンは快く頷き、それに応えるようにライアンうなずく。
「よし、じゃあ行こう!ついでに、エヴァンさんのホバーバイクも借りてきたで、助手席も使えば三人で行けるよ」
そう言って、僕らはホバーバイクが置いてある倉庫へと向かった。この三人で出かけるのは初めてで、なんだか久しぶりに心が浮き立つようなそんな感覚を覚えた。
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