第9話 突然の赴任!②
昇恒七時一五分 天気:晴れ
目が覚めると外の窓から、眩しい朝日が部屋いっぱいに差し込んでいた。窓枠についた水滴が、外の空気が乾いて冷たいことを静かに教えてくれる。朝光に誘われるように目を覚ました僕は、はっと我に返った。すぐに体を起こし、リビングへと足が向かう。昨日のスレイの様子が、どうにも気がかりだったからだ。
リビングでは、すでにロミ、クレア、スレイ、そしてエアリアが、食卓を囲んでそれぞれの朝食をとっていた。階段を降りてくる僕の姿を認めると、エアリアとクレアが顔を上げ、屈託のない笑顔で挨拶してくれた。
「シン、おはよう」
「シン、おはよう!」
その明るい声に応え、僕も小さく「おはよう」と返した。昨日、助けを求めてきたロミは、僕を一瞥したものの、すぐに視線を落とし、目の前の味噌汁に必死に向き合っている。まるで何かと格闘するように、音を立てずに喉の奥へ流し込んでいる。昨晩、あれほど激しく泣いていたスレイも、まるで別人だった。昨夜の涙などなかったかのように、小さな箸を丁寧に使い、米粒を一つ一つ、静かに口へと運んでいる。
彼らの普段と変わらない様子を見て安心した僕は、ふと昨夜レーアさんから聞いた話を思い返した。どうしても彼ら三人を、これまでのようにただの『普通の子供』として見ることはできなくなっていた。僕は朝食の席に着くまでの極短い時間、複雑な思いを抱えながら、彼らを観察しながらゆっくりと歩みを進める。そして、ようやくスレイの隣の椅子に腰を下ろすと、エアリアさんが手際よく用意してくれた温かい朝食が、僕の目の前に次々と置かれていく。今日のメニューは、白いご飯に熱々の味噌汁、そして千切りキャベツの上に目玉焼きとウィンナーが乗った、定番の朝食セットだ。昨晩の出来事で、心身ともに想像以上に疲弊していたのだろう。箸を手に取り、一口。すると、疲弊していた心身に熱がじんわりと染み渡るように、堰を切ったかのように食欲が湧き上がった。僕は無我夢中で箸を動かした。
しばらく食事に集中していると、エアリアさんが何かを言いたげな様子で、ゆっくりと口を開いた。
「シン、今日から平日だし、子どもたちと一緒に学校に行ってみない?」
エアリアさんが、突然朝食をあらかた食べ終えた僕に提案してきた。僕は彼女の突然の誘いに、一瞬にして全身に力が入った。
「え、そんなところに行っていいんですか? 僕、部外者ですし……あまりそういうところに行くのは良くないんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫よ。私たちの小学校は、そんなに大規模な学校じゃないし、ちょっと校長先生に話を通しておけば、すぐに見学許可も下りるわ」
エアリアは、あっけらかんとそう言った。それを聞いていたクレアが、瞳をきらめかせながら僕の方へ顔を向けた。
「え、シンが一緒に学校に来てくれるの? 嬉しいな!」
「えー、やだよ。身内みたいな人が学校に来るなんて、参観日みたいで緊張するし、恥ずかしいから絶対やだよ」
「いいじゃない、別に顔の悪い人が行くわけでもないし、私たちの学校若い先生少ないから逆に行けば学校が盛り上がるよ!」
「それでも……嫌でしょ、知っている人が後ろにいる感覚、緊張して授業でいつものパフォーマンスが出せなくなる」
無邪気に喜ぶクレアとは対照的に、ちらりと僕を見たロミは不満そうな抗議の声を上げると、クレアが目を細めて、意地悪そうにからかう。
「え~でも、ロミだって、ちょっと最近はシンのこと、認めてきてるんじゃないの?」
「そ、そんなことないって! 今でもシンは部外者だし、僕たちにとっては正直、迷惑なんだよ!」 必死に否定するロミだったが、その頬はほんのりと赤く染まっている。
「はいはい、二人とも、そこまで。とりあえず、今日はシンには、私たちのクラスの授業を、見学してもらいましょう!」
エアリアさんが、二人の言い争いを制止し、僕に優しく微笑みかけた。
「シン、見学と言っても、特に気負わなくていいのよ。ただ、子どもたちがどんな風に授業を受けているのか、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ覗いてみてほしいの。それと……」
エアリアさんは一瞬言葉を切り、真剣な眼差しで僕を見つめた。
「もしかしたら、シンにとって、何か……良い刺激になるかもしれないわ」
彼女の言葉は僕を思考させた。確かに今日はエヴァンさんの農園の手伝いもない。せっかくの機会だし、行ってみるのも悪くないかもしれない。もしかしたら、子どもたちの学ぶ姿が、停滞気味だった僕の心に、何かまた新しい風を吹き込んでくれるかもしれない。
「——分かりました。せっかくのお誘いですし、エアリアさんのご厚意に甘えて見学させてもらいます。皆よろしくね、ちょっと邪魔になるけれど気にしないで」
僕がそう答えると、クレアは「やったー!」と飛び上がって喜び、ロミはまだ不満そうな表情を浮かべながらも、小さく「——まぁ、シンが見学するだけなら、別にいいけど……」と呟いた。一方のスレイは、その様子を静かに見守りながら、黙々と食べ物を口に運んでいた。
「じゃあ、準備ができたら、みんなで行きましょうか」
エアリアの明るい声が、リビングに響き渡った。こうして、僕の予期せぬ「学校見学」が始まることになったのだ。
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