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第8話 クレアの助言⑤

          ※         ※         ※


「——……という話だよ」


 僕はクレアに昔の話を聞かせた。クレアは僕の話を、目を輝かせながら聞いていた。

「それ、とても暖かい話だね。シンにもわくわくすることがあったんだ!」


僕はうつむく。


「ああ、わくわくすることはあったよ。でも、今はそんなもの、すっかり忘れてしまったんだ」


「それで、そのケンって子はその後どうなったの? シンは会ってないの?」


「小学校卒業と同時に会わなくなってしまったから、今はどこにいるのか分からないんだ」


「そうなんだ……それは少し寂しいね」 クレアは少し寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに顔を上げ、明るい声で提案した。


「それなら、久しぶりに絵を描いてみるのはどう?」 クレアの思いがけない提案に、僕の心臓は跳ね上がり、言葉を失った。


 ——そんなの、もう十年近くも前のことだ……。


 小学生以来、僕はほとんど絵筆を握っていなかった。あの頃のような熱意をもう一度取り戻せるか、正直自信はなかった。しかし、かつて絵を描くことに夢中になっていた記憶が、心の奥底からじんわりと蘇り、胸の奥がかすかにざわめくのを感じた。

 しばらくどう彼女に答えるべきか迷っていると、クレアの純粋な期待が込められた瞳が、僕の心を見透かすように感じられ、それと共に静かに僕の背中を押してくれた。

 ちょうどその時だった。エアリアさんとの会話を終えたレーアさんが、いつの間にか僕たちのすぐ傍に立っていた。どうやら、僕たちの話を遠くから聞いていたらしい。僕の迷いと、クレアの純粋な期待が交錯する雰囲気を察したのか、レーアはにこやかに口を開いた。


 ——……⁉


 僕は突然の気配に驚き、体が少し跳ね上がった。


「ほうほう、そういうことね……。この道をまっすぐ下ると、アリエス市の市街地に出るよ。そこに、画材を売っているお店があるんだ。実は明日、うちの子たちのために私が買いに行く予定だったんだけど、シンとクレア、ついでに私の分も二人で行ってきてくれない? 私のホバーバイク、貸してあげるから」


  レーアはそう提案してくれた。 それを聞いたクレアはキラキラと目を輝かせ、「行こうよ!」と僕の腕を引っ張った。その勢いに押され、僕はレーアからバイクの鍵を借りた。近くに停めてあるホバーバイクに乗り込み、助手席にクレアを乗せて出発した。



 冬の冷たく乾いた風を顔に浴びながら、僕らはアリエス市の市街地に向かってバイクを走らせた。ホバーバイクの運転は久しぶりだった。以前乗ったことはあるが、それはライアンが運転する助手席だった。最初は不慣れだったが、戦闘機を操縦するよりは圧倒的に簡単で、僕はすぐに慣れた。たくさんの木々が生い茂るエミュエールハウスのある森を抜け、坂道を下っていくと、大きな盆地が広がり、アリエス市の街並みが見えてきた。僕は胸を高鳴らせ、クレアも外の景色に目を輝かせながら、木々が整然と並ぶ市街地の、入り組んだ街路へと入っていった。レーアさんに教えてもらった情報を元に、ステラリンクでナビを表示させ、ぎこちない様子で店を探していく。すると、ある商店街の突きあたりに、小さくこじんまりとした店構えの目的の画材屋を見つけた。僕らはそれがレーアさんに教えてもらった店だと確信し、店の前の路上にホバーバイクを停めた。


 店の中は暗く、長い年期を経たことがわかる古い佇まいで、年配の女性が一人、店番をしていた。珍しい客の来店に、老婆は目を細め、視線が定まらないのか、じっとこちらを窺うような眼差しを向けてきた。その視線に一瞬身構えたものの、僕らは気を取り直し、目的の画材を探して店内を歩き回った。奥へ進むと、様々な種類の絵の具が並んでいるのが見つかった。油絵の具、水彩絵の具……。僕は小学生の頃、夢中で描いていた水彩絵の具を選んだ。


 ——品質はどうしようか?


 久しぶりの絵の具選びに、僕は少し迷った。その時、絵を描くことに熱中するあまり、学校で支給された絵の具をすぐに使い切ってしまい、ケンと一緒に絵の具を買いに行った日のことを思い出した。

『この安い画材と高級そうな画材、どっちを買った方がいいかな? ケン』


『う~ん、初めて何かに挑戦する時は、少し高価なものを選んだ方が良いよ。そのものに価値があると知っているから、大切に扱うようになるんだ。大人が子供に何かを習わせる時も、そうすることが多いんだよ』


 ——僕には今、子供はいないのにな……。


 ふと蘇った懐かしい教えに、胸に温かさが広がった。昔を思い出しながら、僕は少し値段の高い水彩絵の具を手に取り、店内を探していたクレアと合流した。クレアは僕の代わりに、たくさんの筆と水差し、そしてパレットを抱えてやってきて、「どれがいい?」と尋ねた。


「じゃあ、これとこれで」


 僕は彼女の厚意に甘え、その中から特に品質が良さそうな筆を二本選び、「ありがとう。あとは元の場所に戻してくれるかな?」と頼んだ。クレアは、一つ一つ丁寧に、様々な画材を元の棚に戻していった。 その後、僕らはカゴに入れた画材を店番の老婆のもとに運び、会計をお願いした。ステラリンクに搭載された電子通帳の残高から、アメリア連邦国の通貨₵(クレスト)が自動的にレガリス共和国家の通貨£(ルリス)に換算され、支払われる仕組みになっている。ところが、老婆は不思議そうな顔で尋ねてきた。


「イオニアコインで払うかい?」


 僕はその言葉に一瞬戸惑い、どうしようかと考えていると、クレアがすかさず横から「はい、イオニアコインでお願いします」と言って、僕のステラリンクのホログラフィック表示を横から操作し、アメリア連邦国の通貨をイオニアコインに変換して支払ってしまった。 僕はクレアの突然の行動に驚いたが、「お買い上げありがとう」と老婆がにっこりと微笑むと、少し緊張していた気持ちが和らいだ。店を出て、ホバーバイクに乗り込みながら僕はイオニアコインについてクレアに尋ねてみた。


「これはイオニア県で使われている地域通貨なの。これを使うと、エアリアさんが言うには、私たちの国に良い影響があるらしいから、私はできるだけイオニアコインを使うようにしているの」とクレアは説明してくれた。僕は「そんな仕組みもあるのか」と感心しながらホバーバイクを運転し、クレアと共に帰路についた。




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また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

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